畝傍
琉球からの海路で嵐にあって命からがら鹿児島に逃げ込んだ俺、石田三成は、肥前名護屋、小倉、神戸と仕事をしながら移動しっぱなしだった事もあり、有馬温泉についた後、風呂を楽しんでから酒を飲んだら疲れがどっと出ていつの間にか眠ってしまっていた。
…深夜にふと目を覚ますとなにか様子がおかしい。見ると戸板のような物に布団が敷かれており、その上に寝かされて手足が縛り付けられているではないか!薄明かりが付いているので目を凝らすと…女性がいる。
「お気づきになった?」
よく見るとそれは淀の方様…茶々様であった。
「茶々様!これは一体何ごとで!」
「うふふ。唱門師(陰陽師)どもと念入りに『祈念』を行って鶴松が生まれたの…けれども鶴松はあっさり死んでしまったの。」
『祈念』というのは子宝に恵まれない貴人が祈念所に籠もり、多くの場合は香や薬を使って酩酊状態となり・・・要は唱門師共とやることをやって子を授かる、という方法だ。秀吉様は鶴松様の時もやむを得ない、とはしてもやはり許せなかったらしく、関わった唱門師や女房共を処刑している。
「鶴松様は不幸なことでありました…心中お察しいたす…けどこれは?」
「鶴松はね、よく分からない唱門師などと関わって生まれたからあの様に貧弱な体だったのよ!…けれども子がいなければ私は太閤様に数多いる単なる側室の一人…このままでは年若い姫たちに寵愛を奪われて朽ち果てていくだけなのよ!」
「それはお気の毒ですが、ですからこれは一体?」
「だから私には『強い男』が必要なの!あなたの種が!」
…え?茶々様壊れてない?普通に殿下とすればいいじゃん。ぶっちゃけ殿下がやっぱり不妊だったら他の側室に『祈念』されなければ子供できないから大丈夫では?てかこういう時は前回みたいに身元不詳の唱門師とかとして誰の子かわからなくしないと意味ないじゃん。と頭の中を考えごとが駆けめくる。
「うふふ。だから私は思ったの。石田三成は『長篠のスコップ鬼』を始めとして『当代最高の戦鬼』とまで言われているわ。上杉家が倒せなかった新発田重家を一刀のもとに首を刎ねたという話を聞いて私は濡れたの!」
「…おお、ゴルゴ13、みたいな話になっていませんか茶々様。でもって大体おお、ゴルゴ!とか言った女って死んでますよ!」
「さすが軍務尚書、南蛮の物語に詳しいのね!そこに痺れる憧れる!」
「茶々様、落ち着いて!こんなことが殿下に知られたら我々は身の破滅です!というか痺れるのも憧れるのも殿下にしてください!」
「大丈夫よ…大坂城を抜け出したのは誰にも知られていないわ…殿下が教えてくれた私と殿下しか知らない秘密の脱出路を使ったの…」
おお、本能寺の反省から更に強化した脱出路がこんな事に使われるとは。
「そして私が目的を果たして帰ったら我が配下『豊臣家のために尽くしてくれる真田十勇士』が身代わりの唱門師や女房を全て始末してくれる手はずになっているの。」
真田信繁くん、豊臣家を守るために忍軍を養成しなさい、と言って指導はしたけど使われ方が間違えているよ。だいたい処分するために集められた唱門師共は…まあいいことイタそうとしていたんだからちょっと同情できないか。信繁くんと十勇士は後で伊賀忍軍率いて説教だな。
「だからあなたは身を任せているだけでよいのよ!」
「そんな事を言ったってできないかもしれないじゃないですか!」
「うふふ。いい男。顔はどうでもいいけどこの肉体が。」
「顔はどうでもいいの?俺の存在価値って下半身だけ?ね、茶々様話を聞いて、ね?こんな事しても授からなければ意味ないし。」
「大丈夫よ。三成殿が私達婦人たちに指導してくれた『基礎体温法』で今日はバッチリなの。」
…余計なこと教えるんでなかった。
「だから身を任せなさい。」
「うわああああ。NOOOOOOOOOOO!!!!」
…そして翌朝、気がつくと手足は開放されており、何事もなかったかのように茶々様の姿も消え失せていた。部屋は臭かったけど。燃え尽きた俺は佐和山に行くことを諦め、神戸からそのまま弩鬼丸に乗って小倉に帰った。鉄船の試験航海としてはバッチリな結果だな。
小倉で弩鬼丸の補給を済ませた後、肥前名護屋城へ向かい太閤殿下に拝謁した。
「お、三成。琉球征伐はご苦労だったな。」
「はい。」
「なんか疲れているようだが無理もないか。話は聞いたぞ。肥前名護屋から小倉に行って督姫と逢った後は小倉でついに完成した『蒸気船』の試験をしていたとか。その様子だとだいぶ督姫殿に搾り取られたな。ははは。」
どうやら誰かが手を回して俺が神戸に行ったのはそもそもなかったことになっているらしい。
「こちらがその蒸気船、弩鬼丸でございます。」
「おお、凄まじい音を立てるが実に速いのう!」
「この船はあくまでも技術検証用の実験艦で実戦にはあまり役に立たないかと。これをたたき台に神戸で作らせている新艦こそが本命であります。」
「うむ。しかしこの船ももったいないな。その試験用の装備を下ろせばそれなりに使えるのではないか?名を『畝傍』と改めよ。」
「う、うねびですか?」
「神戸で建造中の新しい大艦はまた『扶桑』と名付けたそうだな。以前三成は快速船を『金剛』『比叡』と名付けていたからまた山の名前で『畝傍』で良かろう。」
と殿下に『畝傍』と名付けられた元弩鬼丸だった。畝傍は旧日本海軍でフランスから購入された新艦だったが、行方不明になってしまったゲンの悪い名前なのだ。だから反対したかったのだが、こんな事で腹を切ってしまってはモッタイナイので黙っていた。
そして畝傍は、やはり名前が悪かったのか、琉球に向かった航海で行方不明になってしまったのであった。だから日本艦で『畝傍』は不味いんだってば。
それから程なくして、茶々様のご懐妊が発表された。
「わしが九州に行っている間に…また唱門師どもか!探らせろ!関わったものは始末しろ!(実話)」
と号令をかけた太閤殿下だったが、無駄足に終わった。
なぜなら太閤殿下が怪しい唱門師共を捕らえるよりも早く、淀の方(茶々)様は、有馬で俺に話したとおり、大坂城にしれっと誰にも気づかれずに戻ってから程なくして、『怪しそうな関係者』として用意していた唱門師などを先手を打って皆殺しにしていたのである。
「摩利支天様に丈夫なお子を授かるように祈念したの!」
と茶々様は言い放ち、茶々様が住んでいた屋敷はあまりにも血まみれになったので取り壊して建て直されることになった。そしてジョーダンの影響ではやっていた英語を学んだ者たちから、茶々様は
『ブラッディーマリー』
と呼ばれるようになったのであった。




