小田原征伐 III
石田三成が忍城を降伏させた少し前の話になる。九州攻めの責を負い、改易された仙石秀久は徳川家康公に陣借りをして参陣していた。駿河の辺りで家康公に陣借りの礼を言いに行くと、家康公から声をかけられた。
「仙石殿!ひさしゅうな!」
「家康様!この度はありがとうございます!」
と平伏する秀久。
「いやいや、貴殿とわしとは姉川の戦い以来の仲ではないか!気を楽にされよ。」
「助かります。」
「ところで仙石殿、貴殿の隊にこの者共を加えていただけないだろうか。」
「はい…って秀忠様!?」
「この秀忠、数えで12ではありますが、源氏の牛若丸も幼い頃から戦っておりましたし、秀久殿の陣に加えていただけましたら。」
「秀忠様のお力は大阪の石田殿の道場でよくしっておりますが…家康様、よろしいので?」
「秀久殿、頼む。」
「はっ!秀忠様は必ずこの秀久がお守りいたします!」
「この榊原康政も秀忠様にお付きいたします!」
「榊原殿がいれば頼もしい!」
「それとだな…軍務尚書殿から預かっている者たちがいてな。」
「といいますと。」
「佐久間玄蕃盛政です。久しぶりの戦場が俺を呼んでるぜ。」
「土屋昌恒です。狭い通路があったら任せてくだされ。」
「仁科盛信です。小田原攻めは我家の悲願。」
「…盛信様三成様の本隊でなくてよかったので?」
思わず聞いてしまう仙石秀久。
「いえ、わしは『小田原城を落としたい』のです。我が父を超えるために。」
「そのためにわしも最後のご奉公を…」
「馬場様!ご無理なさらずに。」
「戸次川では敵味方だったが、どうか我々にも手伝わせて欲しい。」
「島津家久、豊久様!いえ、今となっては心強い味方です。どうかよろしくお願いします。」
「戦の感が鈍ってはいけないので私たちも参加させていただいたよ。」
「竹中様。」
「ちょっと三成くんから預かっているものもあってね・・・ふふふ。」
こうして陣借りと言うには結構な規模の一隊となった仙石隊は東海道を進んでいき、北条の守りの要、山中城を攻めることとなった。
「一柳直末様!討ち死に!」
「おお、さすがは北条の誇る山中城、堅牢なようだねぇ。」
竹中重治がちょっとのんきな調子でいう。
「堀が滑りやすく角度もキツイようで。」
「ふふふ。石田くんからね。『こんな事もあろうかと。』と言われてこれを預かってきたのだよ。」
とギザギザの鉄の塊を取り出す。
「これは?」
「靴につける『アイゼン』というものだそうだよ。これがあれば滑りやすくても駆け上がれるだろ?」
そして諸将が山中城の土塁に梃子摺る中、仙石秀久隊はまたたく間に土塁を駆け上る!
「近づけるな、撃て、撃て!」
城兵の必死の反撃に佐久間盛政は
「そちらのヘナチョコ矢鉄砲が届くか!喰らえ!」
と麾下のライフル銃兵でアウトレンジから城兵が少しでも姿を見せると射殺していく。
そして土塁の上の塀の梁に土屋昌恒は片手で取り付くと、器用に空いた手で爆裂弾を城内に投げ込んだ。爆発音とともに城内が沈黙したすきに塀を引き倒し、仙石隊は城内に突入した。
「お前大将首だろ?そうだろ?」
島津豊久が城内の身分が高い対象と見るや、次々と首を刈り取っていく。
「仙石様、豊久様の果断な攻め口、実に勉強になりますな。」
と声をかけてきたのはこちらも首をいくつもぶら下げている徳川秀忠様。
「ああ…そうだな。」
「おいてけよ、首、おいてけよ!」
次々と襲いかかる島津豊久を尻目に城兵は落ち延びようとする。そこに
「待っていました。こちらに逃げてくると思ったのでな。」
と島津家久率いる鉄砲隊の斉射が無慈悲に襲いかかり、城内は阿鼻叫喚の地獄と化した。
城主である北条氏勝は必死に守り続けた松田康郷など家臣たちの努力もあってどうにか脱出に成功したものの、松田康長、間宮康俊など主だった武将は根こそぎ討ち取られ、山中城の上に仙石隊の『無』の旗が翻った。
「おお、あの旗は。」
秀吉の本陣からも見えたその旗に諸将が反応する。
「『無』となれば徳川殿の家臣榊原康政か。」
「それもありますが色違いの『無』が!」
「おお、あれは仙石秀久殿の…」
そして仙石隊の活躍の噂で諸将はもちきりとなり、箱根の広い草原はその活躍を讃えて『仙石原』と名付けられた。
「権兵衛め、面目を施しおったわ…」
と豊臣秀吉はいつになく上機嫌であったという。
山中城を突破すると主な防御拠点はなく、諸将は小田原城を包囲した。そんな中、西の早川口を担当する名人、堀久太郎秀政は病に倒れていた。
「堀秀政がご病気と伺いまして。」
「おお、竹中半兵衛様。お見舞いありがとうございます。しかし我が主君秀政の病は重く…」
と堀秀久の親族にして筆頭家老、天下三名陪臣と讃えられた堀直政が答える。
「秀久殿が調子を崩した様子をお教え願えますか…」
「実は小田原に付く少し前までは体調に問題なく…」
と直政の話を手に持った書をふんふん、と眺めながら竹中半兵衛は聞いていた。
「わかりました。」
「え?と申しますと?」
「この石田殿から預かった書き置きによりますと、それは『食中毒』という病なようです。」
「食中毒、ですか…」
「必ずではありませんが、この石田殿から預かった薬で助かるかも知れません。」
「おお、竹中様!ぜひ!」
と堀秀政の所に案内された。
「竹中殿…私はもうダメだ…せめて言い残した・・・い?竹中殿そのお持ちのものはなに?」
声が裏返る堀秀政。
「堀様ぁ、私と同じ世界へようこそ・・・ひっひっひ。」
「竹中様?竹中様?その針は一体?」
「噂には聞いたことがあるでしょ?これがあの石田家の秘薬『ペニシリン』と点滴ですよぉ。」
「ペ、、、ペニシリン!?」
「残念ながらこのゴム管とやらを石田様が手に入れてしまったので日に1回刺されるだけで薬も水分補給もできてしまうのです!嗚呼、私は日に三度も四度も刺されたのに!」
「何を…うわっ竹中様、竹中様、おやめくだされ!直政!止めてくれ!」
「殿のためにございますれば。」
「直政!お前まで押さえつけるのか、いや、待ってくれ、ぐわぁああ…って竹中様が騒いだ話ほどは痛くないじゃないですか、これ。」
「うううぅぅ。私と同じ領域を味わっていただきたかったのに…なにか物足りない…」
幸いペニシリンは堀秀政の食中毒によく効き、石田三成が小田原城に到着するころには本復してすっかり元気になっていたのであった。
私は仙石原が仙石久秀の武功を記念してつけた、という俗説が好きなのです。




