九州平定 IV
「なに?教会領?日の本にバテレンの領地があるというのか?」
関白太政大臣豊臣秀吉様は訝しんだ。
「はっ。肥前の大村純忠が長崎を献上したとのことです。さらに大村や有馬晴信が南蛮人に献金し、長崎は教会が建つのみならず、南蛮人共の城までも築かれているとか。」
「おのれ、大村、許せん。どこにおる!」
「その大村純忠は先日亡くなったそうでございます。死去の前日には可愛がっていた1匹の小鳥を籠から出して空に放たせたそうです。「小鳥はデウス様が作られたものであるから、予はそれを可愛がっている。それゆえ今後とも愛情をもって扱ってほしい」と侍女に語ったかとか。」
「その心根は美しいかもしれんがその行動は言語道断である!大友義統と言いどいつもこいつも。南蛮人の城か…迂闊に手を出すと厄介だな。
おい、三成!どこぞある。」
というわけで俺が呼ばれた。
「イスパニアの教会が勝手に長崎を所領として城を築いた。そこに大友義統が匿われておる。早速攻めて大友義統を我が前に引きずり出せ!」
「はっ!」
俺は隷下の軍団を戦列艦、扶桑改二に乗り込ませ、長崎に向かって出港した。扶桑は第二次木津川口の戦いで活躍した対毛利水軍用の鉄甲装甲戦列艦だが、毛利水軍の焙烙玉対策に過剰に背の高い装甲が施されており、戦後上部の装甲を除去して安定性を改善した扶桑改、として運用していたのだが、この度、大砲を改良したものに交換すると共に特に後方の砲の数を減らして外洋での航行を安定させ、そこに兵員搭載用の広い甲板と上陸用舟艇として小舟を複数搭載した、言ってみれば強襲揚陸艦的な性格を持ったものに改造し、改二、と名付けていたのだ。
扶桑改二は順調に航行し、長崎の姿を望遠鏡でとらえられるようになった。
「三成さま、いい加減船に慣れてください!」
渡辺勘兵衛さんが叱咤激励してくる。とはいっても俺、船は好きだけど船酔いは慣れないのよ。酔止めのアネロンが欲しい。とはいえ、望遠鏡を覗いてみると
「こりゃまた随分立派な西洋風の城だな。」
「お、ガレオン船が出てきましたな。明らかに敵対するつもりのようです。いきなり撃ってきました。」
「問答無用だな。砲門開け!こちらの炸裂弾の威力、見せつけてやれ。」
扶桑改二から次々に砲弾が放たれる。敵の砲弾もこちらをかすめるが、当たる前にこちらの砲弾がガレオン船に直撃し、炸裂弾が爆裂すると共にマストが折れ、もう数発の命中弾を受けると見る見る間に沈んでいった。
「城の方からも撃ってきましたな。」
「城に砲撃を食らわせて沈黙させよ。」
しばらく撃ち合いが続いたが、こちらの方が長射程だったのもあり、城壁からの砲撃はじきに沈黙した。
そして後方に登載した舟艇に陸戦兵を乗り込ませ、援護射撃を加えながら次々と上陸させた。一度上陸してしまえば相手のマスケットに対してこちらのライフルは射程・精度ともに段違いであり、扶桑改二からの援護射撃と上陸させた軽砲の攻撃で、長崎の南蛮人はほどなくして抵抗力を失った。
俺が長崎に上陸したときには、大友義統と長崎の教会を牛耳っていた司祭、ガスパール・コエリョはすでに捕縛されていた。
「両名、殿下の沙汰を待つように。」
俺は告げた。長崎の残兵を掃討して掌握を進めた頃、秀吉殿下が到着した。
「三成よ、この者たちはどうするのがよいであろうな。」
「殿下がご覧の通り長崎には大量の大砲を始めとする武具が準備されておりました。」
「うむ。また日本人、特に女性を売買したり、さらったりして奴隷として売買していた証拠も見つかったな。お主が以前話してくれたクリストファー・コロンブスやエルナン・コルテスのように現地のものをキリスト教で奴隷化し、国を滅ぼしてイスパニアのものとする用意をしていたようだな。」
「キリスト教の教えそのものに非があるとは思いません。しかしイスパニアなどの南蛮がそのようにしてアステカ帝国などを滅亡させたのは事実です。」
「うーむ。まあ、他の教えを否定して寺社などを破却させたり他信徒を殺害している時点で、非がないとまでは言えぬと思うが…新しい考え方を学ぶのは良い刺激にもなるからな…
しかして、この両名はいかがいたそうか?コエリョも義統も到底許すことはできぬ。
磔にして死罪にするか?」
「なりませぬ。」
「なんと、両名を救えというのか。さすがは石田三成。が、こいつらは許せんぞ。」
「いえ、このような者の命を救うことはありませぬ。大友義統は自ら浅薄さで多くの者を死に至らしめましたし、コエリョはそもそも日の本を滅ぼそうとしていれば。」
「ならばなぜ。」
「磔にして処刑してしまえば、殉教した事になり、バテレンの間では最悪聖者にされてしまいます。」
「なんと、聖者に。」
「ですから両名には首を吊っての自死を賜るのが良いかと。」
「なぜじゃ。」
「デウスの教えでは、自死は絶対に許されぬことなのです。救世主キリストを裏切った弟子のユダが自死しましたゆえ、自死したものは決して極楽、パライソにはいけず、地獄、インフェルノで永劫にさまようことになります。」
「おお!永劫の地獄か!それこそがこの者共にふさわしいな!」
「やめてくれ!それだけは!」
大友義統が叫ぶ。
「なら俺はたった今キリスト教を棄教する!」
「そんな心にもないことを言ってはならんよ、大友義統、いやコンスタンチノ殿。」
秀吉様はニヤニヤしたような、嘲笑と憐憫が入り混じったようななんとも言えない顔をして言った。
「早速自死させよ。コエリョ殿は見分のために見ていてくだされ。そちの順番はその後だ。」
「われわれクリスチャンに自死させるとは何たる所業!殿下も三成もインフェルノへ堕ちますぞ!」
「まあ見ておれ。」
そうして大友コンスタンチノ義統は刑場に引き出され、目隠しをして台の上に立たされた。
「コンスタンチノよ。」
殿下が呼びかける。
「今更なんだ!この成り上がりの猿めが!」
「おお怖い、怖い。お前が今立っている台の足元を見てみよ。」
目隠しが外される。
「台が何だというのだ…嗚呼。神よ。」
足元の板は聖母マリアと幼子イエスが書かれたイコンとなっていたのだ。義統は聖母と救世主を踏みにじった形となった。
「なんと言う…なんと言う…」
「絵踏みをさせたのか!神のみ姿を踏みにじるとは到底許されない…」
コエリョが呻いた。
「コンスタンチノよ、耶蘇教徒として死して永劫の地獄に落ちるが良い!」
コエリョは恐れおののいた。
「関白殿下…あなたは悪魔か…いやこれを唆した石田三成こそが悪魔か…」
「どうであろうなぁ。」
と幾分のんびりとした風情すら漂わせて秀吉様は答えた。
それから錯乱した大友義統が暴れたとこと足元の台が倒れ、義統は縊死した。そして死体に入念に油をかけて燃やし尽くし、わずかに残った灰もかき崩して跡形も残さず散らしてしまった。
「復活すら許されないのか…」
コエリョはそれを見て恐怖のあまり気を失ったのであった。
気を失ったコエリョを叩き起こして殿下は聞いた。
「どうだコエリョ。これでもわしを滅ぼしてこの国をイスパニアのものとする気はあるか?」
「とんでもありません。」
「ならば以後身を謹んでいればその生命は助けよう…」
「殿下の慈悲に心から感謝をいたします。エイメン。」
エイメンはいらぬ、と応えた殿下の前からコエリョは下がらされた。
そしてコエリョはこの後平戸に移り、本国や呂宋などに『決して日本に手を出してはならぬ。地獄に落とされる。』と書を送り、必死で世の中から身を隠すように隠棲した。後に宣教師のオルガンティノが訪ねてきた時に、オルガンティノは手取川の合戦の後、建築途上の安土城での出来事を思い出して
「関白殿下は神の子のようであられた。」
と語ると、恐怖に身体を震わせながら
「何をいうか、殿下は悪魔だ。それもサタンだ。」
と語ったという。




