小牧・長久手の戦い II
森長可が損害を受けなかったとはいえ、羽黒から後退したことで、徳川家康は陣を進め、織田信長がかつて築城した小牧山の廃城を整備してそこに陣をとった。
「さすが家康…あの小牧城、容易に落とすことはできぬな。」
羽柴秀吉は顎を手についてゴチた。
「長篠以来石田殿と仲が良かったせいもあって鉄砲の装備率も半端ないですからな。」
「さすがに銃騎兵こそはいないが管打銃でも穴に籠もられて防御されるとなかなか手強い。」
「しかも榊原康政が…」
そう、徳川家の重臣、榊原康政は秀吉の陣の近くに白装束の男を連れてきて、メガホンでこうアジったのである
「秀吉は信長公の恩を忘れて息子の信雄に敵対する義なき者ぉ!」
康政の部下が唱和する。
「「「「義なきものぉ!」」」」
「秀吉はそれを恥じて自害すべきてあるぅ!」
「「「自害すべきであるぅ!!」」」
「折角部下に切腹を極めし匠、石田三成が居るのだから指導してもらえぇ!」
「「「「指導してもらえぇ!!」」」
とやった後、横にいる白装束の男をペチペチと叩く。
「なんじゃありゃああああ!」
秀吉は激怒した。後の話だと本当はむしろニヤニヤしたかったそうだが戦いに来ている手前、激怒した。
「あの者を捕らえたものには10万石をやるぞ!」
…ちなみに後日徳川家康が関東に転封された際、榊原康政は『小牧で誣言を働いていた榊原康政を捕らえてきました~』と言って自分で秀吉の所に現れたため、大笑した秀吉が館林10万石を与えるように家康に申し渡したという。
とはいえ、戦線が膠着している上に面子まで潰された羽柴秀吉にとって、事態の展開を図る必要があるのは明白だった。
「…して池田恒興殿、中入りして岡崎を落とせば、家康が降伏、悪くても退却するということか。」
「そのとおり!いくら徳川家康といえども本城の岡崎城を落とされては安穏としていられないでしょう。ちょうど甲斐で石田殿に捕まった北条勢のようにな!」
「なるほど、ならば『中入り』の軍を出すことを許そう。先手は恒興殿とご子息元助殿、それに森長可殿、それに続き軍監で堀久太郎、総大将に我が甥、羽柴秀次を付けよう。」
「総大将はなくともむしろ動きが軽快になるかと…」
「長可殿異論が?わしの甥に不安があるか?」
「いえ、問題ありません…」
森長可は頭の中で反芻していた『三成殿のいう通り秀次殿が付いてきたか…』
「では出陣の準備を!」
と羽柴秀吉が言って解散になったのを受けて堀久太郎秀政に声をかける。
「堀殿、御願いしたい儀が。」
「森様、いかがいたした?」
そうして堀秀政と話をした翌日、『中入り』隊は出発した。
その数、池田恒興6千、森長可5千、堀秀政3千、そして羽柴秀次は1万を率いていた。
(森長可は川中島四郡も領しているため史実よりも大分多い。)
「まずは小牧の家康に悟られず尾張に入れましたな!」
「幸先良く、この調子なら岡崎も容易に落とせましょう。」
と気楽に言ってくるのは池田元助である。池田親子は可愛そうな丹羽氏重(丹羽長秀との血縁関係はない。)が必死に籠もる岩崎城を落としていい気になっていた。
しかも羽柴秀次の『本隊』はどうにも統率が今ひとつ取れていないようでノロノロと進軍していてこちらに全く追いつかないのである。池田・森隊はやむなく休息を取ることになった。
「各務!」
森長可が家老、各務元正を呼ぶ。
「三成殿によれば、『そろそろ』であるな。」
「殿、『そろそろ』ですな。」
森隊はむしろ戦闘体制を強め、銃を準備し、今にも戦闘を始めよう、という勢いである。
「森殿!秀次様が来るまでには時間がある。今は一息つくがよかろう!」
と気楽な表情で鎧も付けずに池田恒興が陣を訪れた。遠くを見ていた森長可はクワッと目を開くと
「池田殿!まさに良い時であった!逃げるぞ!こうなっては元助殿は間に合わん。
各務!池田恒興殿をそこの輿に押し込め!池田隊には退却と伝令!森家は全力で戦場を離脱するぞ!」
「森殿!なにをする!」
「問答無用なのじゃ!言い訳なら後でするのじゃ!」
と言い放ち、森隊は全軍で元来た方向に後退を始めた。
「森は何をやっているのだ…?秀次様の部隊でも迎えいくのか…?」
と不審に思っていた池田隊に襲いかかったのは井伊直政率いる井伊の赤備えであった。
「ちくしょおおおおおおお!!石田三成のせいで山県隊の高名な生き残りとかみんな仁科盛信の所に行ってしまったから主に小幡隊なんだよっ、この赤備え!カッコつかないじゃん。四名臣じゃないじゃん!」
と怒りを載せて先頭で突撃してくる井伊直政。後で本多忠勝に怒られたとおり重装過ぎて鉄砲や矢が当たるが、
「当たらなければどうということはない!」
と言い張って突撃してくる。家臣は『思いっきり当たってんじゃん…』『美童と言われた身体に傷がついて大丈夫なんか、殿』『逆に家康様が傷萌なのかもしれないぞ…』『とりあえず急所にあたってないようだから良いか…」とヒソヒソ話しながらも、
一応さすが武田家の精鋭、赤備えの名を継ぐ部隊だけあって精強に突っ込んでくる。
取り残された池田隊はすぐに壊乱状態になった。
「馬、引け!ここは立て直して戦うぞ!」
「遅うございますな。池田元助様とお見受けした。」
「お前は?」
「水野勝成と申す。いざ、ご覚悟を。」
と言った次の瞬間には池田元助の近習は水野勝成の槍に貫かれて全滅していた。慌てて引き下がろうとする元助だったが間に合わず、水野勝成に討たれてしまったのである。
「やはり『井伊の赤備え』と水野勝成か!」
「池田隊はすでに壊滅状態です。もう助かりません。」
「森殿!わしを降ろせ!元助を!元助を!」
「元助殿は間に合いません!恒興殿を全力でお守りしろ。」
「殿!井伊が追いついてまいります。」
「うむ、石田殿から『井伊を倒すにはこの策に限る』と仰せつかっている。」
「それは!!」
「捨て奸だ!!お前達、すまないが森家のために死んでくれるか。」
「殿のためなら!森家のものはみな忠義を尽くします!」
そうして集めた志願者を、幾人かずつ鉄砲と槍を合わせて分け、本隊が退却した後に留まらせて潜ませた。
そして居残った者は井伊隊が追いついてくると立ち上がって銃撃を仕掛け、槍とともに死ぬまで戦い続けて足止めしたのである。
「ぬう、こいつら死兵か!いくら討ち取っても湧いてきて先に進めぬ。」
「殿!すでにお怪我をなさっていれば無理はなさらず!」
「池田元助を討ち取っただけでも上々か。いたしかたない。後は家康様に任せるか。」
井伊直政が負傷したこともあり、井伊隊と水野隊はついに追撃の速度を緩めた。
こうして森長可隊は数を半分ほどに減らしながらも井伊直政と水野勝成の攻撃から逃れることに成功したのだった。
現在日に二本ずつ投稿しておりますが、次の話だけ切りが良いので本日夜投稿します。




