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神君伊賀こええ

 徳川家康は京の変事を堺で聞きつけると早速脱出の算段をねった。


「信長様が討たれたんだかなんだか誰がやったんだか生きているんだかさっぱりわからないがとにかく信忠様が死んだらしい。」

「野盗だか明智勢だかさっぱりわからんがそこら中に現れて武士を襲っているとか。」

「堺の町も明智勢が向かってきて押領するという話だぞ。」


 様々な情報が錯綜する。


「穴山殿」


 家康は同道していた穴山信君に声をかける。


「穴山様は私の影武者とともにこの堂々たる行列で大手を振って甲斐にお戻りください。これだけの行列、かつ徳川家康と穴山様がいるとなればそうそう手は出せないでしょう。

私は囮としてこちらで向かいます。」


 と言って土鬼隊を模した土気色の簡素な衣装をまとった一団に加わる。


「…そちらに本多忠勝様のような重臣や饗応役の長谷川秀一様もいらっしゃるようですが…」


 穴山が疑念を持った目で見てくる。


「そこなのです!こんなみすぼらしい集団にまさか徳川家康や本多忠勝がいるとは誰も思わないでしょう。ですから野盗はこちらをくみしやすいと見て襲ってくるはずです!」


 と言いくるめて穴山を送り出した。


 穴山は案の定目立ちすぎて野盗の集団に襲われ、その生命を失うことになった。

武田の血筋に最も近い穴山信君が邪魔だったのかもしれない、というのは想像の範囲である。


 なんどか野盗に襲われ、それを撃退しつつも徳川家康一行は伊賀にたどり着いた。


伊賀は信長と折り合いが悪く、先年の戦いで国中が焼き払われた後であり、道中でもっとも危険な難所と考えられた。


国境を超えてしばらく進むと、一行の前に地侍らしい男が現れた。本多忠勝は密かにすぐ戦闘できるように身構えた。


「あれ~。その枯れ葉っぽい衣装、石田様の所の土鬼隊か?」


 男が気さくに声をかけてくる。敵意はないようだ。


「そこにいるのは伊賀の茂平次殿ではないか!わしじゃ、服部半蔵じゃ!」


 家康一行に加わっていた服部半蔵が声をかける。


「おお、服部殿かぁ!ひさしゅうなぁ。」


 茂平次が返事をしてきた。


「服部殿は徳川様の家臣だっかと聞いたが?」

「いかにもこちらは徳川家康様の一行でござる。この印籠が目に入らぬか。控えおろう。」

「ははっ!」


 と言って茂平次は素直に控えた。家康に対して害意はなさそうである。


「よい、顔を上げて楽になされよ。」


 と家康が声をかける。


「茂平次どうしてこちらに。織田の軍勢に里は焼き払われたのでは?」

「いやぁ石田様が『そろそろほとぼり覚めたと思うからこっそり戻っても多分大丈夫よ。』っていうからぼちぼち戻ってきてたのよ。徳川様はいかがなされた?」


 京で変事があってなにがどうだかわからないが明智光秀の軍勢が来て織田信長と信忠が死んだらしい、今は事態を収めるために三河に帰るところだ、と半蔵は話した。


「頼む。」


 徳川家康は頭を下げた。


「徳川様のほどが頭を下げるもんじゃねぇ。徳川家の皆さん、長篠以来の付き合いでうちの大将の石田三成さんと仲いいっていうじゃねーか。三成さんの友達はみな大事なお客さんですわ。」


 と言って村に案内してくれた。


 家康一行は警戒しつつも村に到着したが、歓待は本物であった。温かい食事や寝床を与えられ、旅の疲れをいくばくか癒やすことができたのである。


「ここからは伊賀者もお守りいたす。」


といって茂平次は『凄腕の忍者』を数人護衛につけてくれた。

伊賀を出てからの山道で本物の野盗に襲われたことも度々あったが、全て忍者が瞬殺した。


「私の出番すらないですな。」


 本多忠勝が感心して言った。


こうして徳川家康は無事に伊勢までたどり着き、三河に戻ることができたのである。


後で家康は忠勝に


「伊賀で休んでいる時に気配すら悟ることが困難な恐るべき忍者が周囲にたくさん潜んでおりました。彼奴らがこちらを害するつもりでしたら赤子の首を捻る如く簡単に討たれていたでしょう。」


 と言われて家康は思った。


「伊賀こええ。」

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