明智光秀 II
『おたぁ』さんがいるのでララァが居てもいいじゃない、と思いました。
ああ、石を投げないで。
武田家が滅亡した甲州征伐から遡ること4年前、明智光秀は丹波八上城の波多野兄弟を攻めていた。しかし波多野兄弟は丹波の国人衆を味方につけ、執拗にゲリラ戦を繰り返し、戦の名手と謳われる明智光秀を持ってしても八上城を落とすことは難しかったのである。
八上城を攻めあぐねているある日、丹波の農村で明智光秀は一人の少女と出会った。
目鼻立ちは人並み外れてくっきりしており、青い目と、浅黒い肌をしていた。
少女はその外見のためか村人からは良い扱いを受けていないようであり、細々した下働きをしてどうにか糧を得ているようであった。光秀は興味を抱いた。
「そこの娘よ、名はなんと言う?」
「お殿様、ららぁと申します。」
「ららぁ?また変わった名だな。娘よ、お前はもしや南蛮人の出か?」
「仰るとおり私の母は南蛮人に従ってきた天竺の父と結ばれて私を生みました。
青い目のために後ろ指をさされ、人目をはばかりここまで流れてきました。生きるためにはあらゆることをしてきました…。恥の多い生涯を送ってきました。
殿様はお名前は?」
「明智光秀と言う…殿ではなく軍団を率いているだけだがな。」
「明智光秀様…きれいな目をしているのね。
殿ではなく軍団を…幼い時に父から聞いた話では、連隊、という軍団を率いている将を『ころねる』もしくは大佐、と呼ぶそうです。私も大佐とお呼びしてよろしいでしょうか?」
父から色々聞いた、というららぁの利発さに魅入られた明智光秀はららぁを引き取り、その後どこにでも連れて行くようになった。ららぁと出会った前年に最愛の妻煕子を病気で亡くしていた寂しさを紛らわそうとしていたのかもしれない。
丹波の平定は八上城に味方する国人衆を確保撃破していくことで順調に進んでいた。
ある時、羽柴秀吉の家臣、石田三成が助勢に現れたことがあった。
三成はさる国人が籠もる城を降伏させようとして白装束を着込んで城門の前に向かった。しかし交渉は決裂したようで、城門から国人衆がわらわらと押し出してきた。
三成は酷く立腹したようで、配下の枯葉色の幽鬼のような『土鬼隊』と共に雄叫びを上げながら、その有名なスコップを振り上げながら、次々と国人衆の首を刎ね、討ち取っていった。
「白いほうが勝つわ。」
ららぁは言った。数刻もしない内に国人衆は沈黙し、全滅した。城門の上で石田三成が雄叫びを上げている。
「ららぁは賢いな。」
光秀はそう言ってららぁの頭を撫でた。
こうして仲睦まじく出陣していた光秀とららぁだったが、八上城がいよいよ降伏、ということになった時、八上城から人質を取りたい、と申し出があった。波多野兄弟を安土に向かわせ、降伏をする際に代わりに人質がほしい、とのことであった。
その時、ららぁが私が行く、と言い出したのだ。
光秀はひどく渋り、ならむしろ人質など渡さず力攻めでも、とまで粘ったが、八上城からどうしても波多野兄弟を安土に送るためには人質がほしい、と強固に主張された。
そしてとうとう光秀は粘り負けしてしまったのである。
「大佐どいてください。邪魔です。」
押しのけるようにららぁは八上城に行ってしまった。
入れ替わりに八神城主の波多野兄弟は安土城に到着した。
安土城で波多野兄弟を迎えた織田信長は委細を聞くと、
「殺せ。」
とだけ命じた。お付きの森乱丸成利が
「こたびは波多野兄弟は降伏の交渉に参ったと聞いております。また明智光秀様は八上城に人質を出しているとのこと。
よろしいのですか?」
「聞けば明智の縁者と言っているが、その辺の農村でひろったただの少女と言うではないか。
大げさに騒ぎ立てることでさも重要な人質のように見せかけているが、いつもの光秀の謀略だろう。」
「といいますと?」
森乱丸の疑問に信長は続ける。
「どうでもいいものを大事なように見せかけて捨て石にしているのよ。これで波多野兄弟をおびき出して討てれば八上城は落ちたも同然。その後少女が処分されようとも光秀には痛くも痒くもないわ。」
「さすが信長様でございます!」
乱丸は感服して平伏した。
そして波多野兄弟は問答無用と処刑されてしまった。
波多野兄弟の処刑を聞いて、八上城に残された弟波多野秀香はららぁを磔にして処刑してしまった。それを聞いた明智光秀は烈火のごとく怒り、八上城を皆殺しにして落城させた。
落城後、八上城の廃墟に立って光秀は血涙を流しながらつぶやいた。
「ららぁは、私の母となってくれたかもしれない女性だった……」




