竹中重治のΨ難
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有岡城攻略戦とその戦後処理が終わった俺は、三木城を包囲中の羽柴秀吉様の所に戻り、本陣を訪ねた。
「秀吉様ぁ!」
俺はいきなり秀吉様に飛びついて泣き出してしまった。
「明智十兵衛光秀が怖かったです……あれこそ『人面獣心なり』、です。」
面食らう秀吉様に俺は続ける。
「どうか秀吉様は『太陽の子』のままでいてくださいね。」
「よしよし、佐吉よ、何があったのかわからんが、わしはわしのままじゃ、ははははは。」
とカラカラと笑う秀吉様を見て、俺はなんだかひどく安心したのであった。
秀吉様は竹中半兵衛様と黒田官兵衛様のご両人の軍略に基づいて、謀反した播磨の諸城を次々と陥落させていった。俺の部隊は秀吉様いわく、
「ま、弾薬代もえらくかかるでな、出番でなくてよかろう。」
ということで三木城を包囲しつつお留守番だ。
そうして三木城がほとんど丸裸にされたある日、ついに想定されていた事件が起きた。
竹中半兵衛様が血を吐いて倒れたのである。
ここで俺は心のなかでガッツポーズをした。病人が出てガッツポーズというのはあまりにも不謹慎かもしれないが、『三木城攻めの最中に発病して斃れ、若くして死んだ』竹中半兵衛様の死因としては有力な説が二つあったのである。
一つは『風立ちぬ』や武田信玄入道等で有名な肺結核。もともと病弱とされている半兵衛様なのでその原因が肺結核だったのでは、という説。
もう一つは陣中で発症した肺炎、の二つなのだ。
肺結核だと正直困ったことになる。なぜなら薬の開発が難しく、現代でも克服されたのはここ数十年が良いところなのである。とうてい半兵衛様の病気には間に合いそうもなかった。
しかし、肺結核ならそんな死にそうになる前に重い症状が徐々に出てくるのが通例であり、倒れる前にはもう相当に弱っていたはずだった。
けれども半兵衛様は明らかに最近までピンピンしていた。痰をぜろぜろ出すようになったのもつい最近である。これは肺炎の可能性が高い!
肺炎だと苦労して開発した秘密兵器、あのペニシリンが使えるのである。
絶対効くとは言えないが、(効くことはあるけど可能性の低い)肺結核に使うよりはずーっと期待できる。
俺は秀吉様の許可を得て、石田隊が陣取っている寺に竹中半兵衛様を連れ込んだ。
(拉致したとも言う。)
「佐吉君、私をこんな所に連れ込んでなんだね!私はもうダメだ…命の最後の花を戦場で咲かすのだ!佐吉君、どうして私は台に縛られているのだ?離してくれたまえ!」
と死を覚悟した半兵衛様が叫ぶ。いや、病人ですから余計な体力は使わないでください。
「竹中様。竹中様は肺炎という病気なのです。肺炎には私が開発していたあの薬、『ペニシリン』が効くのでございます。」
「薬があるというのはありがたいがこんなに病状が重くなってしまってはもう私は駄目だ。それになんで君は「うひひ」とか言って笑っているのだ。それに何だその面妖な面は。」
俺は感染防止のため、と悪ノリしてダースベイダーを模した面とヘルメットをしていたのだ。コー、ホー。
「竹中様、我々の技術ではペニシリンの飲み薬は造れないのです。
ですから、この注射を静脈に投与して治療いたします。」
とスターウォーズエピソードIVでダースベイダーがレイア姫を拷問しようとして器具を取り出したシーンを思い出しながら半兵衛様に迫る。
「嫌、嫌だ。そんな針を私に突き刺そうというのか。私は改造人間になってしまうというのか。」
『仮面武将竹中重治は改造人間である。彼を改造した石田三成は世界制覇を企む悪の秘密転生者である。竹中重治は人間の自由のために治部と戦うのだ!』
とか訳のわからないナレーションが脳内に流れてきた。強そう。
「だいたい竹中様、大の大人が刀で斬られるならともかく、こんな針で刺されるのが怖いとは。」
「刀で斬られる方がずっとましだよ、佐吉君!わたしはその先が細いものが怖いのだ!ヒイイ」
半兵衛様は先端恐怖症らしい。やっぱ縛っておいてよかった。ダン先生に緊縛を習っておいてよかったぜ。亀甲縛りはお断りしたが。
「問答無用。」
と言って俺はでっかい注射器を付けた針を半兵衛様の静脈に刺した。いや『仁』とかタイムスリップものだと点滴してるじゃん。点滴できるならそちらのほうが楽だと思うのだけど、ガラス注射器と針はなんとか細工職人さんとかに頑張ってもらってできたけど、ゴムがちゃんと手に入らないからゴム管が造れなかったのよね。だから直接注射するしかないの。
「そんな多量の液体を!ああ、入ってくる!入ってくる!」
半兵衛様錯乱して変なエロっぽい事言わないで落ち着いてください。
「ああ、私が私でなくなってしまう!」
これだけ意識はっきりしているなら急性のアレルギーとかは大丈夫そうだな。
「半兵衛様、魔法使いにでもなられますか?」
「うちは重矩という立派な跡取りもいるから私は断じて魔法使いではない!」
むしろ元気な様子でよかったです。
と大騒ぎをしつつも無事にペニシリンの静脈投与は終わった。
「ほら、体調全然変わらないではないか!無駄無駄無駄無駄。」
それだけ騒げれば体力まだ大丈夫そうだ。
「ペニシリンは朝夕2回、1週から2週間は投与を続けます。」
「一日2回で2週間も!無理無理無理無理。」
逃げ回ろうと怯えた表情の半兵衛様に伝える。
「秀吉様からは『くれぐれもしっかり治療してくれ』と仰せつかっておりますので。ガッチリやらせていただきます。」
「この恨み晴らさでおくべきか。ううう。」
こうして2週間が過ぎた。
「佐吉君!今日でペニシリンは一段落でいいかな?」
注射をされながらにこやかに周囲と話している半兵衛様に訊かれた。
さすが戦国武将。慣れるの早っ。
「うーん。体が実に軽いね!生まれ変わったようだよ!」
と腕をぶんぶん振り回す。
こうして竹中半兵衛様の肺炎はすっかり治癒した。
「生死の縁から蘇ってしまったので、もう死んだものと思って家督は重矩に譲って隠居して佐吉君の家に潜り込もうと思います。」
とか秀吉様に申し出て認められてしまった。むしろいつもいられると怖いのですけど。
足萎えにならず肺炎も治った羽柴の両兵衛の活躍に、播州の諸城は軒並み味方になるか攻め落とされて、すっかり孤立した三木城は抵抗する余力を失っていた。毛利からの補給も海岸沿いなどに哨戒強めてかなり潰したし。
支えきれない、と判断した別所一族から講和の打診があり、俺が使者に派遣されることになった。
「…というところで、別所長治殿と一門の主だった者は切腹する代わりに妻子や城兵など他の者の生命は保証いたします。」
「…石田様。今日は白装束ではないので。」
別所長治が失望を隠せない表情で言う。
「名誉ある降伏も許さないということか!」
一門と思しきものが絶叫した。
「落ち着かれよ。」
俺は続ける。
「別所一族の羽柴様、ひいては信長公に対する叛逆、許すことはできません。しかし城兵や家族の生命を鑑みて、別所長治殿と一門のみの切腹と引き換えに他の者をお許しになる方針ということはお話した通りです。」
「しかしなぜそれなら白装束ではないのだ!!」
「黙らっしゃい!」
俺は一喝した。
「羽柴様、織田信長様に謀反したその心根、本来なら根切りにするべき所業である!
…有岡城のようにな。
そこを秀吉様の深い慈悲の心から切腹にしたのだ。単なる見栄とわがままで逆らうのみならず、多くのものを死に至らしめたその心、武士のあるベき姿とは到底言えぬ。」
一息ついて続ける。
「よって切腹は許すが私の『切腹御免状』は許さぬ。己の罪深きこと、とくと心得よ!」
別所長治は引き下がらざるを得なかった。ここで無理を言えば切腹すら取り消されて、斬首や磔になるのである。
こうして別所長治と一族は自刃し、三木城は落城した。
ふぅ。史実より1年数ヶ月早く落とせて『干し殺し』で悲惨な目に合う城兵の数も減らせたから上々だと思うの。
竹中様も元気いっぱいだし。
今宵はここまでにしとうございまする。続きはまた明日。




