長篠の日は暮れて
戦い終わって日が暮れて、俺、石田三成15歳は羽柴秀吉様に伴われて、論功行賞が行われている織田信長公の本陣に来ていた。すでに長篠城を守りきった奥平貞昌殿には徳川家康様の長女・亀姫を娶せて、さらに信長公から偏諱「信」を与えられて名を信昌と改め、さらに加増されるなどの褒賞が与えられていた。
俺の正面には織田信長公が座り、その脇には徳川家康公がもうホックホク、と言うような上機嫌で座っていた。長篠城の救援に成功して名を挙げたのみならず、武田の重臣で天下に名が轟く山県昌景や内藤昌秀を配下が討ち取り、今後武田に脅かされる危険性も劇的に少なくなっただけに家康様には上々の結果だろう。家康公の近くには先の通り恩賞を頂いた奥平貞昌あらため信昌殿等も控えていた。
そして信長公を挟んで反対側には、何人かの家臣と、信長公によく似ているけど若く、やや線が細く神経質そうな武将がいた。その並びのさらに奥の方には以前お会いしたことがある丹羽長秀様が座っていて、胃の当たりを押さえながら渋い顔をして
「あの高い銃が262丁、あの国庫を空っぽにした銃が262丁も壊れた…ヒヒヒ。
城の金蔵はもう空っぽなのに。ヒヒヒヒ。」
とちょっと壊れ気味にブツブツつぶやいていた。
重苦しい雰囲気に俺は思わず信長公の前に五体投地した。
「……佐吉、何をしている。」
信長公からお声がかかった。
「これは五体投地というモノで、吐蕃の聖山、須弥山とも言われるカイラス山を礼拝する時に用いられます、仏教において最も丁寧な礼拝方法の一つとされ、対象への絶対的な帰依を表しております。
信長様の温情は須弥山のように高く、管打銃の開発を行わせていただいた上に、今回の戦では鉄華団を率いることまでさせていただいたのに多数の管打銃を失ってしまい、鉄華団も他の家臣の皆様と戦果は代わり映えがしないものでした。
本来なら白装束を着けさせていただいた上で切腹すべき状況ですが、先に鳥居強右衛門様に差し上げたため白装束の持ち合わせがなく、せめて、と思い五体投地をしております。」
「相変わらずよく分からないどこの国の話だかわからない言い訳を持ち出してくるのう。」
信長様は厳しい顔をしてこちらを睨んでいるが、ちょっと口角はニヤニヤしている…気もする(希望的観測)
「そうだ!無駄に高い銃を大量に作りおっただけではなく、さらには簡単に一回の戦で大量に壊しおってからに。それに何だあの『鉄華団』とやらは。むざむざ武田勢に押し込まれて逃げ回っていただけではないか。その上あの河原の物乞いの様なみっともない土鬼隊とかいう兵はなんだ!あの様なみすぼらしい兵がこの偉大なる織田に属しているなど吐き気をもよおすわ。
大体、隊の動かし方も正々堂々と正面の兵に挑まず、こそこそ裏側に回り込んで後ろから襲うなど卑怯千万!
我が織田家は天下に恥じぬよう堂々と王道を持って戦うべきである!このような者は死罪とするか、せめて追放するべきでありましょう!!
この信忠、この様なものを家臣とは認めたくありません。」
うう。手厳しい。あのちょっとキツそうなヤング信長さんが信長公の嫡男、信忠殿か。なんか正々堂々日本の正しい伝統を、ってさすが御曹司。でも悲しいけどこれ、戦争なのよね。綺麗事を言ってちゃいつか殺されると思うの。そんなこと言っているから本能寺でわざわざ明智光秀の軍勢に突撃して玉砕するのだよ。坊っちゃんだからさ(俺より3歳年上)
「そうだそうだ!あんな汚い格好して走り回るなど、猿の所の茶坊主は織田家には不釣り合いだ。物乞いは物乞いらしく叩き出すか元の寺に返すのが良い。」
柴田勝家様が同調する。権六様、いくら羽柴様の配下だからってそんなに目の敵にしないでください。
「でも叔父上、そのちょっとみっともない土鬼隊があの土屋昌続と真田信綱兄弟を討ち取ったんですぜ。」
と佐久間盛政殿が助けを入れてくれる。何このイケメン。女だったら抱いてとか言いたい。(とはいえ俺は衆道は激しくノーサンキューなので、あくまでも女だったら、という例えだ。為念。)
「それに。」
「何だ勝蔵。」
信長様が声をかけたのは勝蔵こと森長可様だった。人間無骨(十字槍)超怖い。
「石田の隊が穴山信君の隊を攻めて壊滅させ、信君の隊だけじゃなく一条信龍や武田信豊の隊を撤退に追い込んだのが、この戦全体の一番の転換点だったと思うぜ。」
「勝蔵!お前までこの茶坊主の肩を持つか!」
森長可様の直属の上司の信忠様が声を荒げる。
「なあ、三成。」
信長様が声をかけて来た。
「『鉄華団』が通用しなかった後に軽装備で動きの早い兵を用いて、明らかに弱い穴山隊を撃破して突入したの、あれ、お前が『戦列歩兵』を熱弁した後チラッと言っていた『散兵戦術』の『浸透戦術』だろ。」
「はい、参りました。上様のお見通しのとおりであります。」
「上様、は言いすぎだ(苦笑い)。」
「さらに」
と竹中半兵衛様が話し出す。この人信長様から派遣された寄騎扱いだからこの場では信長公直属の部下、という立場でいる。
「穴山隊を抜いて土屋隊の後ろに回り込み、鉄華団の銃撃で身動き取れないようにした土屋隊を後方から叩く戦術、あれって『鎚と鉄床戦術』ですよね?」
「鎚と鉄床戦術?」
諸将から疑問の声が上がる。
「古くはマケドニアから世界を制覇した大王と言われるアレクサンドロス三世が得意とした戦術で、正面の大兵力で敵の主力を拘束しつつ、精鋭が背後や側面に回って包囲・挟撃する戦法です。我が国ですと一ノ谷の源義経が有名ですね。」
半兵衛様相変わらず戦史に超詳しい。この人どこでその話仕入れてきたんだ。茶室とか行って謎のノートパソコンいじってるんじゃないだろうな。
「半兵衛様、まさに仰るとおりであります。」
「うむ。当初の鉄華団の動きはともかく、その後の動きは佐吉の狙ったとおりだったということだな。」
「しかし父上!この者、あの馬場美濃守を捕らえてきて、助命のみならず自分の配下に、とまで言っております。これは重大な利敵行為では?」
信忠様が声を荒げる。お願い、何でそんなに目の敵にするの?
「武田はすべて殺し尽くすべきです。慈悲もなく。この茶坊主も織田家に害をなすに違いありません。処するべきです。」
いや、あなた婚約者武田の松姫でしょ。天下人になる予定なんだらもっと慈悲の心持とうよ。せめてウチの上司のラスボス(秀吉様)みたいに天下取るまでは穏便にしようよ。
「私は反対です!」
奥平信昌様が声を上げた。
「石田三成様が鳥居強右衛門に白装束を送っていただいたお陰で長篠城の皆は士気を奮い立たせて武田に打ち勝つことができました!強右衛門も三成様の御免状をいただき、満たされて逝ったと思います!もし織田家が石田様を処分される、と仰るならぜひ我が家に迎え入れたいです!お願いします!」
しばらく目を閉じていた信長様がクワッと目を開いて言った。
「皆の言い分は分かった。佐吉、これから沙汰を言い渡す。」




