スコップ無双
俺、石田三成が率いる土鬼隊(しつこいが俺自身はラスト・バタリオンと呼びたかった)は、砲撃支援と共に穴山信君隊を壊滅に追い込み、一条信龍隊も撤退させた。
そしてついに我が隊の本来の正面である鉄華団と戦闘していた土屋昌続の隊の後ろ側に出る事に成功したのである。
これによって土屋昌続隊は鉄華団と土鬼隊に挟み撃ちされる事になった。
土屋隊は穴山隊の混乱をみて警戒していたものの、正面の鉄華団からの激しい銃撃を受けて後方に十分に備えることは間に合わなかった。そこにほぼ背後から土鬼隊の襲撃を受けた形になった。
穴山隊は壊滅させたが深追いや首取りは無用、と下知し(穴山信君本人には逃げられたっぽいからどうせ大物はいないので)銃を再装填して、かろうじて後方の土鬼隊にも兵を割きつつある土屋隊に一斉射撃を浴びせかけた。
それまで整然と見事な統率を見せて鉄華団に対して攻撃をしていた土屋隊だったが、背後からの突然の轟音と銃弾に乱れを見せてしまう。轟音と、先程穴山隊に降り注いだ炸裂弾の被害を遠目とはいえ見た兵がいたのがパニックを引き起こしたのだ。
そこに『土鬼隊』は猛然と突っ込んだ。乱戦の中を銃撃を浴びせてはスコップで薙ぎ払っていく。土鬼隊に押し込まれて前方に動くと今度は鉄華団の銃撃が待っていた。(流石に鉄華団の方も心得たもので追い込まれてくる土屋隊に狙いをつけ、味方を誤射することはほとんどなかった。)
一人、また一人と土屋隊の兵士が倒れていく、と書くとカッコいいが、実際にはまとまった人数が撃ち倒され、銃撃からかろうじて生き残った者がスコップで首を刎ねられる有様だった。
「貧弱貧弱ぅ!」
バッタバッタと俺は敵をスコップで切り飛ばしていく。このスコップ、尋常じゃない切れ味だな。流石に塹壕の土掘りは俺はしなかったけど。
「殿、まるで人間を止めたような様子ですな…」
付き従ってくれていた渡辺勘兵衛が言った。ま、戦いの場だから褒め言葉なんだと思っておこう。
突き進む俺の前に一人の武将が現れた。その立派な身なりからしてこの隊の大将、土屋昌続か。
「くそう、織田め!みっともない物乞いのような扮装でどいつが名のある武将かわからぬ!
正々堂々と尋常に勝負せよ!われは土屋昌続!」
大音声で名乗りを上げた。どいつ、って確かにこちらのヘルメットはドイツ軍のデザインだけどな。戦の趨勢が決まって最後の死に場を求めているのかもしれない。
「われは羽柴秀吉が配下、石田三成!土屋殿にお相手いたす!」
俺は土屋昌続に敬意とちょっとした憐憫を感じ、つい、飛び出してしまった。見栄などはらずに一斉射撃で倒してしまったほうが楽だったけど。
「石田殿!いざ!」
土屋昌続が槍を振るって来る。速い。すごく鋭い。しかし俺はかろうじて穂先を躱すとスコップで槍の柄を切り落とした。
「ぬぅ。小童、やりおるな。」
と言って土屋昌続は太刀を抜き、切りかかってきた。俺はそれをスコップで受ける!これで割れたり斬られたりしないんだからすごいなこのスコップ。
こうして太刀を受け止めては薙ぎ払い、こちらもスコップで首を狙って斬撃を繰り出すも見事な体捌きで躱され、俺と土屋昌続は何度も打ち合っていた。(ちなみにこの一騎打ちを邪魔しないように勘兵衛が周囲の手出ししようとする奴から守っていてくれていたそうだ。)
激しい打ち合いにも耐えて、俺は日頃のフィジカルトレーニングをサボらなかった自分自身とスコップを褒めてあげたくなった。これからも頑張ろう。
そして激しい攻撃に耐え続けていたその時、一瞬土屋昌続の息が上がって手元が鈍った。朝から戦い通しだったのである。すかさず俺はスコップを相手の篭手に激しく叩きつけ、昌続はついに刀を落とした!
昌続は素早く小刀を抜こうとしたが、俺のスコップが首を斬るほうが早かった。頸動脈が切れて激しく鮮血が吹き出す。
「もはやこれまでか。最後に良き将と戦えてよかった…」
こうして俺は武田二十四将に数えられる名将、土屋昌続を討ち取ったのだった。
一瞬亡骸に手を合わせると、部下に首を獲って(流石に大将首は打ち捨てにはしないよ。)丁重に扱うように命じた。
それからこの場全隊に響くように大声を出して次の指示を出した。
「石田隊、全軍出撃!目標、馬場信春隊!」
敗北を悟った馬場信春は整然と隊列を整えて撤退を開始していたのだ。
「全軍とは?」
と聞かれたので
「全軍は全軍だ!土鬼も鉄華団も全軍馬場隊に向かって突撃!とりあえず大砲隊はこちらが取り付くまで全弾ぶち込め!
…それから馬場信春本人は殺さず捕らえてくれ。」
そう、俺は馬場信春を生け捕る気でいたのだ。ここまで不敗で傷一つ負ったことがないと言われる『不死身の鬼美濃』馬場信春は、この後史実だと武田勝頼を逃がすために殿軍を引き受けて討ち死にしてしまうのだが、そこを捕まえようと言うわけだ。
炸裂弾こそ弾切れだったものの、大砲から放たれた通常の球形弾は着弾後跳ねながら前進を止めず、兵を押しつぶしていく。前装滑空砲の時代の砲撃ではこちらの効果の方がむしろ恐ろしいのだ。
砲撃で隊列が乱れた所に、数を減らしたとはいえ大量の鉄砲を並べて一斉射撃をする。そしてそのまま隊列を入れ替えて前進。いくら優れた統率で率いられていたとはいえ、負け戦で撤退する時に雨あられと銃弾が降り注いではたまらない。
こうして戦いの最後になって、やっと『戦列歩兵鉄華団』は本来の姿で威力を示すことができたのだった。
激しい弾幕を受けて馬場隊はみるみる内に数を減らしていき、馬場信春と近習の姿をついに捉えた。
「馬場美濃守信春殿とお見受け致す。私は羽柴秀吉が配下、石田三成と申します。
馬場様、どうか降ってください。」
と俺が声をかけると
「何をいう、この老骨、こうなったら討ち果んばかりよ。」
と言って刀をこちらに向けてくる。
「ですよね。でもこんなこともあろうかと。」
と言って、俺は秘密兵器を発射した。大鉄砲に投網を仕組んだものを作っておいたのである。一個で失敗するといけないから何個かね。それを一斉に馬場信春に発射して、彼は網の下に敷かれてしまった。
「何をする!卑怯だぞ、ここから出せ!出してくれ!」
と暴れる馬場信春を俺の部下は手早く縛って武装解除した。
「信春殿、私の部下になってくれないか。」
「儂は武田にお仕えしてきた身だぞ!何をいう、殺せ!そんなことできるか!」
「ご覧のように武田は破れ、多くの将が失われました…」
「何を平然と言っているのだ。多くの将を討ち取ったのはお前がその当人だろ!!」
「報告によれば(単に史実知識で知っているだけだけどね。)内藤昌秀殿と山県昌景殿も徳川家康様に討ち取られ(徳川隊すごいな。)真田兄弟や土屋昌続殿のような若く有望な将官も討ち死にいたしました…」
「だからやったのは主にお前だろ!」
「残る武田の名臣は春日虎綱殿しかおりません。まあ武藤喜兵衛(真田昌幸)殿や横田尹松殿は数えていい気もしますが…」
「…小童、何が言いたい。」
「私には信長様から私の隊の捕虜の生死は私に一任する、という御免状を頂いております。
馬場様がここは恥を忍んで生き残っていただければ『武田家の将来のためには』決して悪いようにしません。『諏訪四郎』ではなく、『武田家』の。」
「だからその武田家に打撃を与えたのはお前…」
ふと気づいたように馬場信春がいう。
「『諏訪ではなく武田家の』、と申したな。それはいかなる意味じゃ。」
「ご覧のように諏訪四郎勝頼(武田と呼ばない事で蔑称を示す)は無謀な戦を起こし、多くの犠牲を払いました。武藤喜兵衛の智謀を持ってしても、もはや勝頼に任せておいては武田家に未来がないのは明白です。
しかしここで馬場様に生き残っていただけたらまた新しい道が開けると思うのです。」
「うむ、たしかに諏訪四郎では行く先は暗いな…こうなってしまっては儂の方も身動きは取れず、仕方あるまい。
そちのいう通りにしよう。
ただし今後納得行かなかったらすぐに脱走したり反乱したり自刃したりするぞ。」
「お心のままに。」
こうして俺は馬場信春を捕らえ、俺の長篠の戦いは幕を閉じたのであった。




