バルバトス
銃や銃兵の実践的な運用を教えてくれる指導者を探していたある日のこと、鉄華団の訓練場に人だかりがしていた。
そこには一人の南蛮人がいた。
見ると濃緑のマントを羽織った、欧州の狩人のような衣装を着た眼光の鋭い白人だ。日本によくいるイスパニアやポルトガルの人々のようなラテン系でなく、ドイツや英国のようなゲルマン人に見える。しかし金髪ではなく、ストレートの長髪でそばかす顔に眼鏡を掛けている。
異人さん(南蛮人よりこっちのほうが似合いそうなので)は手慣れた手付きで管打銃に弾を込め、実に自然な立ち姿で銃床を肩に当て、的を狙うとあまり間を開けずに発砲した。
再装填も極めて流暢に行って次々と的の中央を射抜いて行く。
そのうち、『とりあえず作っておいたけどまだ誰も当てたことがない』遠当て用の的にも向かい、こちらもズバズバと百発百中で当てていく。
思わずその場にいた兵たちから歓声が上がった。
異人はこちらを振り返ると、
「イシダミツナリさまですねぇ。堺でヒデヨシさまからこちらにくるようにイワレマシタ~。」
日本語うまいな。秀吉様がちょうど先日堺で仕事があったので、その際に頼んだのかもしれない。
先程は遠くから見たのもあって気にならなかったのだが、あらためて傍で見るとその服装で最も珍奇で目を引くのは、特異な被り物だった。
白いウサギのような顔の形の帽子で、両脇にダラっと白くて長い耳が垂れている。
「僕と契約して魔法少年になってよ!」
いきなり更に流暢な日本語で話しだした。いや、こちらは中身はともかく実年齢は15歳だから少年といえば言えなくもないのだが。あまりにも怪しすぎる。
「い、異人さん、名前はなんと?」
「バルバトス久兵衛と申します。」
「久兵衛とは日本風だな?」
「元の名前はバルバトス、なンですが、ヒデヨシ様が堀久太郎秀政様と竹中半兵衛重治様の名前をとって日本では久兵衛と名乗れ、と。」
…秀吉様が何を考えて久兵衛、とつけたのかはわからぬ。しかしこいつの頭に乗っかっているのは紛れもない、まどかマギカのキュウべえだ。
「断る!魔女になんかなりたくないしこれ以上『円環の理』とか抱え込んだらもう訳がわからん!」
「そういうと思ってました。」
といってバルバトスはニヤリと笑った。
「でも契約すれば私のこの力が手に入りますよぉ。力が欲しくありませんか?」
と言って羊皮紙のようなものをひらひらさせている。お前はジャバウォックか。
「それほどの銃の腕前ならいくらでも引き合いがあるだろうに。」
「私はバルバトス、ですから鉄華団にいなくてはいけないのです。」
ガンダムバルバトス、鉄華団で主人公が穫っていた機体だ。鉄華団だからバルバトス、ではますます鉄華団の死亡フラグが立ってしまうではないか。さらにマジでエース級だし。
「ミツナリさま、わたし、こんな射撃もできますよ。」
とバルバトスがいうと、先程に比べて更に素早く装填してちょっとしたポンプ式ショットガンぐらいの勢いで次々に射撃していく。おい、これ前装式マスケットなんですけど。
「さらに魔弾というのも撃てますが。」
と言われてはっと思った。バルバトスは確かに鉄華団のガンダムなのだが、本来の意味は…魔導書ゲーティア序列8番の公爵。つまり大悪‥
「ミツナリさま、それを口に出してはいけません。」
…思考を読まれるのか?
まずい。
あ、まずいと思ってしまっては『何がまずいというのだ』とか言われて無惨に首が物理的に飛ぶかもしれない。
大体悪魔との契約なんて所詮普通の人間ごときではたいてい契約の条件を微妙に失敗して(もちろん悪魔のほうがミスらせるように仕組んでいる。)最後は惨めに敗北して地獄行きになるのが定番ではないか。俺にそんな難しい契約できぬ。五芒星でも切ってお帰りいただく方がいいか。
「そんな素人に五芒星切られても私には効きませんよ。それに契約、といったのはちょっと遊ばせてもらっただけなのです。
先に言ったとおり、さるお方に命じられてミツナリ様に協力するように言われているのでぇす。」
さるお方って誰だよ。どこぞの総統代行の太った少佐かよ。流石にその人はこの時代にはいないだろうけど、誰なんだ?
「そこを詮索してはいけません。」
また思考を読まれたようだ。しかし俺が探ったり拒否したりはしないほうが良さそうだ。
「バルバトス、よろしく頼む。」
「はぁい。こちらこそよろしくお願いしますぅ。」
話し方が微妙に変なのは外人だから、と納得することにしよう。しかしここに送ってくれた人はこんな存在を俺にどうしろ、というのだ。
たぶん秀吉様に会う前に、日本に来た船か、堺で降りてまもなくその『誰か』に頼まれたのだろう。
「そうです。誰なのかは探ってはいけなぁいのでぇす。」
「ところでミツナリさま、私にはもう一つ能力があります。動物の声が聞くことができるのです。動物がどこにいてもそこで何が話されているのか聞くことができます。」
え?なにそのすごい能力。どこにいる動物でも、ってバルバトス、お前チェンソーマンのマキマさんか?なんか手のひらグイッとかやって俺潰されない?
「大丈夫でぇす。私はあなたを守りまぁす。」
バルバトスが応えた。
こうして迂闊に詮索するとマジでヤバい存在である大悪魔バルバトスが我が鉄華団に加わった。
バルバトスは変な帽子を被っているほかは普通に人間のように振る舞っていた。銃の扱いや運用については、期待通りに舌を巻くほど見事なものであり、みるみるうちに鉄華団は精強な銃兵に作り変えられていったのであった。
そんなある日、俺は信長様に岐阜に呼ばれた。鉄華団を見せに来い、と。




