鉄条網
「まだあるのか?」
とニヤニヤしながら信長様が聞いてくる。
「それは鉄条網というものです。先を尖らせた針金を縒り合わせて有刺鉄線というものを作ります。これは鋭いので必ず革の手袋などで扱わなければなりません。それを…。」
といってスラスラ怪しい絵を書く。
「このように柵に用いたり、丸めたものを並べたりして鉄条網というものを作ります。これは簡単に壊せないので馬は通れませんし人も通るのが難儀します。また軽いのであちこちに簡単に設置できるので容易に守備陣地を作ることができるのです。」
「竹束や馬防柵よりも軽いのは確かだが、これでは向こうが丸見えで弓はともかく銃弾が通ってしまうではないか。」
「そこが良いのです。丸見えですから攻めてくる敵がよく見えます。そしてその内側に溝を掘って塹壕とし、そこで待ち構えて射撃するのです。相手は鉄条網に阻まれて前進できず、こちらは鉄条網をすり抜けて自由に射撃することができます。」
「こちらから一方的に射撃できるということですか…先に言っていた悪天候でも使える管打式の銃と組み合わせれば攻撃し放題ですな。」
さすが半兵衛様は飲み込みが早い。そこに秀吉様がふと気づいたように言った。
「このようなものがあれば先の戦列歩兵を組まなくても自在に攻めることができるのでは?」
恐るべきは戦の天才。そこにたどり着いてしまうとは。
「秀吉様、まさに仰るとおり鉄条網で簡易な陣を敷き、敵の強いところは受け止め、弱い所に銃兵が集中的に攻撃して入り込む『浸透戦術』こそが戦の最終形です。」
「なんと、浸透戦術。」
信長様が感嘆したように言ってくる。
「しかし浸透戦術を実現するためには銃も、砲も、兵も今のものや練度では足りません。大規模な会戦にも向いていますし鉄砲の数も足りず、まずは大隊編成から始めるのがよいかと。」
三人とも黙り込んでいる。あ、ちょっと調子に乗りすぎたか。変な妄想いう気狂いとか思われて今度こそ切腹か斬首かも。
「いや佐吉。お前の言うことは全面的に正しい。お前は国友衆と協力して銃や砲の改良や鉄条網の開発に勤しめ。
また鉄砲隊の数が充足するまでは備えを『大隊編成』の形で長槍隊と鉄砲隊の組み合わせで編成していこう…佐吉、お前は禿鼠のところで戦列歩兵の部隊を編成しろ。」
え?戦列歩兵?本当に?
「言い出しっぺなのだから責任を持って戦列歩兵隊を作るのだ、いいか?」
信長様に厳命されました。逆らったらすなわち、死。頑張るしかない。
「最後に一つだけよろしいですか?」
「なんなりと申せ。」
と信長様。
「カンナエでローマ軍にカルタゴは勝利しましたが、その後結局ハンニバルはイタリア半島から追い出され、ザマで破れてカルタゴは滅びました。その原因は…」
「分かっておる。一つはローマがカルタゴの兵站を徹底的に潰したこと。もう一つはカルタゴの調略が失敗して離反した町がなく、拠点を作ることができなかったこと。それによってローマの支配に対抗する軸になる勢力ができなかったこと、だな。」
織田信長様はすらすら応えた。半兵衛様からカンナエの戦いの話を聞いた後、質問攻めにして得た結論だそうだ。こんなすごい方々と同等以上の徳川家康に俺は将来勝つことができるのだろうか?




