虎之助と市松
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今後とも宜しくお願いします。
僕、佐吉。ラブリーな小坊主さんだよ。頓智を効かせて一休さんの再来と言われて自由に生きることを目指しているんだ。(もう14歳だけどね。)
と現実逃避をしてみたものの、俺佐吉、将来の石田三成はあえなくサタンこと羽柴秀吉様に見いだされてしまって長浜城に連れてこられてしまったのであった。
俺はフラグ回避のために兄、石田正澄が元服する時に
「兄上、諱はきっと三成がいいと思います。石田三成を名乗れば大活躍間違いなしです!」
と激しくおすすめしてみたのだが、兄は笑い転げると
「そんなに三成という名前が気に入っているのならお前が三成を名乗ればいい。」
と遠慮されてしまった。
兄上身代わり計画失敗。兄上が石田三成になれば俺はどっかの寺で坊主の元の計画に戻れたのに。
俺の石田三成人生にここまで『計画通り(ニヤリ)』の文字はない。
長浜城に到着してから自室を与えられ、荷物の整理などをしていると秀吉様に呼び出された。
「佐吉よ、この虎之助と市松がお前の同僚だ。仲良くせいよ。」
と近習達の前に引き出されて紹介された。虎ノ助が加藤清正殿、市松が福島正則殿だな。
秀吉様はなにか用があるようで後は仲良くな、などと言って立ち去ってしまった。
後の仇敵の前に取り残すとはこのサタンめ。
「佐吉!相撲取ろうぜ!」
と虎之助殿が声をかけてくる。
二人とも年下なのだが、体格はだいぶこちらより大きい。ジャイアンとスネ夫、じゃなくてピッコロ大魔王とセルがいるような風情だ。
断るわけにも行かないので庭に出て相撲を取ってみたが…すぐに投げ飛ばされた。何度かやったがもう空を飛ぶ勢いで投げられる。
相撲の決まり手にジャイアントスイング、なんてあったっけ?
「なんだよ、こいつやっぱり小賢しいだけの茶坊主じゃないか。」
と市松さんが言い出す。お主は正しい。しかし思ったことをすぐに口に出すのは止めたほうがいい。
特に酒を飲んだときとか。将来のために(中身の)おじさんとしてはよく言っておきたい。
「佐吉、お前、なにか自慢できることあるのか?」
とちょっとバカにしたような感じで虎ノ助が言ってくる。
呼び捨てとはそもそもこちらは後輩とは言っても歳上なのだが…と苦笑いしながら答えた。
「切腹なら自信があります。」
切腹?と一瞬二人はあっけにとられたが、市松がすぐにムキになって言い返した。
「だったらやってみろよ!!」
承りました。と言って俺はすっと立ち上がる。
「どこに行くんだよ!逃げる気か!!!」
市松がさらに言ってきたのに対して
「切腹には正しい作法というものがあります。準備をいたしますのでそのままお待ちくだされ。」
と言い残して俺は自室に戻って切腹の準備をして虎之助と市松の待つ部屋に戻った。
「本来でしたら周囲にもがりや屏風を立てるのですが、急な話ですのでそこはご容赦ください。
また、湯浴みをしてから着替えなければなりませんが、そこも自室で済ませてまいりましたので。
食事も用意が時間がかかりますので心苦しいのですが省略させていただきました。
場所はせっかくの晴れの舞台なので大名並みに部屋の中とさせていただきたいのですがよろしいですな。」
と言って白無地の小袖と、浅葱色の無紋麻布製の裃を着て俺は現れた。
それから部屋の中央に畳を敷き、盃と、短刀をおいた三方を置いた。
時代劇だと白装束だが、血で汚れて見苦しくなるので、あれは映画用のコスチュームらしい。
短刀は秀吉様に頂いた準備金であちこち駆け回って名刀「石田正宗」をゲットしてあったのだ。
俺の愛刀、ようこそ。なんか最初で最後になりそうだけど、でも武士はなめられたら終わり!だから許してね。
「では辞世を詠ませていただく。」
「筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり」
これだけは本来の三成さんに敬意を表してどんな状況でもオリジナルを採用しているのだ。4度目みたいに戦闘中でふっとばされて戦死したような時は前もって用意しておいた形になってしまうけど。
粛々と準備される間に虎之助と市松の顔は真っ青になってきた。
「では市松殿、最後の酒をお願いいたす。」
盃を差し出して酒を注いで頂く、まだ元服前だが最後なんだから酒でいいよね。
市松はガタガタ震えて手元が乱れまくり、酒をあちこちに振りまきながらなんとか注いだ。
酒を飲み干すと虎之助殿に向かって
「虎之助殿、介錯をお願いいたす。」
虎之助は刀を抜いて後ろに立ったけれど、振り返らなくてもガタガタ震えているのがわかる。
もう刀がブルブル震えてカタカタ床にあたっている。
「虎之助殿、介錯は最も大事な仕事なのです。介錯の際に手元が乱れると何度も斬ることになって切腹をするものが苦しみますし、また見苦しく介錯人の恥となります。
どうか心を決めてズバット怪傑!で!
なに、虎を狩るよりは簡単ですよ(まだこの時点で加藤清正は虎狩りしてないけど)」
といい、右から肌脱ぎをし、左手で刀を取って右手を添えて押し頂いた。
「では。」
と言い、刀の向きを変えた時に声がかかった。
「そこまで!」
ふと振り返ると二人の男性が立っていた。
「竹中半兵衛様…」
もうべそをかいてどうやら失禁しているらしい市松がすがりついた。
「佐吉殿、切腹の作法、見事であった。虎之助と市松に武士の覚悟を見せるために演じてくれたのだろう?」
と半兵衛様が声をかけてきた。
「さすが今孔明と言われる半兵衛様。おっしゃるとおりでございます。」
と言って三方に石田正宗を置いて、平伏した。
もうひとりの男性はパニックになって刀を振り回しそうな虎ノ助を後ろから抱きとめると声をかけてきた。
「お前すごいな!!俺は仙石権兵衛!よろしくな!」
市松と虎ノ助はなんとか二人になだめられ、それから半兵衛様に促されて、こちらに土下座して『やりすぎました。どうか許してください。』と
謝ってきた。土下座までしていただかなくても全く問題なかったのだが…。
こうしてその場は収まり、俺は切腹の用意を撤収して自室に下がったのだった。
その後虎之助と市松はなんか優しくなり、
「あ、佐吉さん、それはやっておきますので。」
とか言って色々気を使ってくれるようになった。
なんかよく分からないけど、よし!としよう。
…俺の名前は虎ノ助。加藤虎ノ介だ。秀吉様に近習として仕えて、日々鍛錬をしてきた。武士たるもの、戦働きこそが第一と思っていたからだ。まだ元服前だが槍を振るえばそのへんの雑兵など物ともしない腕前にはなっている、と自負していた。仙石権兵衛様も『お前強いな!』って言ってくれるし。
そこに現れたのが佐吉だ。俺よりも年上のはずなんだがなんかひょろい。
聞けば秀吉様がでかけた時の茶の出し方が面白かったので仕えさせることになったらしい。どうせ頭でっかちの茶坊主など戦場では役に立たないだろう、とバカにしていた。
からかってやろうと思って相撲を取ったら案の定弱かったのだが…そこでやめておけばよかった。
売り言葉に買い言葉で佐吉は切腹することになったのだが、佐吉はなぜか本格的な準備を始めやがったのだ。大げさにすることで止めさせてごまかそうとしているんだろう…と思ったのが甘かった。刀を取り、いよいよ切腹、という段になっても佐吉はあまりにも堂々としていた。その落ち着きっぷり、そして醸し出す死を覚悟した空気、その重みに俺は押しつぶされそうになった。というか押しつぶされた。いい方に言えば不動明王がそこにいるよう、悪い方、というか本当のことをいうと悪魔か阿修羅がそこにいるように思えた。
半兵衛様が止めてくれなかったら佐吉は堂々と切腹をそのまま行っただろう。もし本当に切腹されていたなら、俺はあまりの恐ろしさに佐吉に呪われたと思い込み、もうこれから生きていくこともできなくなって早々に死んでいただろう。
佐吉、と言ってきたがとてもこれからは呼び捨てなどはできない。佐吉さんのことは武人のあらまほしき姿として見習っていきたいと思う。市松なんかまだ佐吉さんの前に出るとなにもなくてもガタガタ震えているし。




