徳川家康が最も恐れた男
徳川家康の本陣、その数は3万。対する小早川秀秋は1万5千(諸説あるが多め採用)
それでもほぼ狂戦士と化して突撃してくる小早川軍は、海道一の弓取りと言われた徳川家康を以てしても厄介な相手であった。
「たぬきっ!さっさと狸鍋になれ!それとも青くなって腹に手を突っ込んでいるか?
ほら、どらどらどらぁ!」
もう小早川秀秋が言っていることはメチャクチャである。
クソガキの相手はできん、と家康は吐き捨ててもう残っていない爪を噛みだした。
「酔狂なやつの相手ならおまかせを。」
家康が振り返ると水野勝成がいた。
「お主、大津へ出発していたのではなかったのか?」
「調略の準備をしていまして、出発が遅れていて、嫌な予感がしたもので。」
「ここは任せた。見事金吾めを討ち果たしてみよ。」
「ははっ!」
こうして徳川家中最強の狂戦士、水野勝成が出陣した。
「それ狸の首を獲れ!あはははははははは!」
突撃する小早川秀秋の前に槍を構えた水野勝成が立ちふさがる。
「金吾め、ここを通れるとは思うなよ。」
「何をいうか水野の小倅めが。」
自分も18歳でむしろ小倅なのだが。
構わず襲いかかろうとする小早川隊、しかし水野勝成の槍が一閃して先鋒が吹き飛んだ。
そのまま先陣が次々と崩されていく。
「秀秋様!いけません。水野の武勇、侮れません。」
「鉄砲だ、鉄砲で囲め!」
槍では手が出ないと見て鉄砲隊に指示を出す。しかしその鉄砲隊に水野隷下の部隊が突入して混乱しているではないか。
「何事だ!」
水野が答える。
「金吾よ、俺が我が父から勘当された時に西国を巡っていたのを忘れたのか。
あれは家康様の密命による密偵だ。西国諸将の戦法などは全て俺は習熟している。」
何をいうか、と地団駄を踏む小早川秀秋。ここに来て勢いは止められつつあった。
その時
「内府、許さんぞ!我が家臣を誑かして宇喜多家を滅ぼそうとするとは!!」
松平忠吉隊を突破して宇喜多秀家の軍勢が現れたのだ。
徳川家康から見たらこれは単なる言いがかりである。別に宇喜多家の弱体化を狙ったのではなく、太閤の猶子である事を傘に着て威張り散らし、お気に入りの佞臣(明石全登のようにまともなものもいるが)ばかり可愛がったために困り果てた家臣の方から家康の方に泣きついてきただけなのだ。
しかし宇喜多秀家は話を聞いてくれない。
激しく攻めかかる宇喜多隊だが、そこに本多忠勝率いる一隊が立ちふさがった。
「宇喜多殿、そなたはなにか勘違いをしている。」
「黙れ忠勝!俺は家康の首を討つ!」
「問答無用ですな。」
激しい戦いが始まった。
宇喜多隊の中心は明石全登と本多政重である。
本多政重は「腸の腐れもの」と呼ばれた徳川家康の謀臣、本多正信の次男である。
父によく似て政治に優れた謀略家となった長男正純と違って、武辺者として知られ、
宇喜多家に侍大将として仕えていたのだ。
本多忠勝が声をかける
「政重、家康様に弓を引くとは父上も困るだろうよ。」
「忠勝殿、何をいう私は自分の本分を果たすまで。」
と本多政重は応えて、そのまま戦闘の指揮を取り続けた。
しかし、わずかではあるが、政重の心に引っかかりが残ったようで、宇喜多隊の勢いは
微妙にだが落ちていたのだった。
俺、石田三成は笹尾山の陣から全体的な状況を確認していた。
小早川秀秋は約束通り徳川家康に襲いかかり、すでに桃配山の家康の本陣付近で
戦闘が始まっている。宇喜多も福島正則を突破して家康のところまでたどり着いたようだ。
俺の隊は笹尾山の自陣で引きこもって襲ってくる黒田隊を塹壕から適当に射撃して
防衛していた。
「毛利勢は池田輝政の陣を抜けないようですな。」
と左近が声をかけてくる。
「毛利勢が浅野幸長と池田輝政を退けて家康の本陣を攻撃してくれれば包囲完成
なのだけどな。」
ま、でもほとんど完成に近いでしょ。とちょっと気楽になってきた。
「なんか飛んでくる鉄砲玉や矢が増えてない?」
攻撃が激しくなってきている気がして左近に聞いてみる。
「ええ。黒田隊には島津殿があたっていて下さったのですが、立花宗茂殿が松平忠吉を破って前進したので一緒に突出していまして。」
黒田隊の攻撃がこちらに全部むいてきたのか。
「立花殿の相手をしていた細川忠興と加藤嘉明の部隊もほぼ抜けられてしまって
こちらに向いてきたようです。」
ヤバい。
なんか東軍の攻撃もこちらに集中してきている。
でも塹壕トーチカ作戦で黒田・細川・地味加藤連合軍の攻撃はなんとか防いでいた。
なんかこちらがやられるのが早いか家康本陣を突き崩すのが早いか、の話になってきた。
水野勝成と本多忠勝の活躍により、小早川、宇喜多の軍勢の勢いは弱まった。
しかしそこに更に立花宗茂の精鋭が現れたのである。
「なぜ立花が?西国無双が?もう儂は切腹する。」
「また家康様が切腹すると言い出したぞ!」
「いつものことだがお止めしろ!」
近習たちが慌ただしく動き出す。
「いやじゃもうだめじゃ、切腹するのじゃ!」
駄々をこねだす徳川家康。
後の史書に「徳川家康が最も恐れた男」に小早川秀秋と立花宗茂が加わった瞬間であった。




