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E.3 誰がための未来(Layer:1 Main Story)

「紹介しよう。本日、新たに騎士に叙された、マイケル・ステューダー・ヴォールス男爵だ。諸君も承知のことと思うが、このたびのソールズベリー=ロンドン戦役では、黒騎士セシルとともにオーバーロード『イスカンダル』と闘い、これを打倒した殊勲者だ。自ら、我ら騎士団の一員になることを望み、本日、正式に騎士に叙された」

 ハノーヴァー公の言葉に、盛大な拍手が起こる。

 マイクを譲られたマイケルは、ひとつ深呼吸をして会場を見渡した。

 高い天井のシャンデリアから、暖かな照明が降り注いでいる。高級ホテルのバンケットさながらの広大なホールには、中央の大きな円卓を取り囲むように、数多くの円卓が設けられていた。盛装した老若男女の招待客は、ざっと見ただけでも数百人はいるだろう。ヴィクトリア朝風の豪華な衣装を着たメイドたちが、テーブルの間を忙しそうに歩き回って、乾杯用のシャンパンをサーブしている。

 マイケルは、スコットランドヤードに入署したばかりのころ、警備に駆り出されたバッキンガム宮殿の晩餐会を思い出す。あのころは――いや、つい一ヶ月前までは、自分の正義と社会の正義は同じものだと、疑いもなく信じていた。いまや世界の深さは変わり、自分の価値観も同じ深度に達した。

 深呼吸をひとつして、マイケルはその世界の空気に、自身を馴染ませた。

「マイケル・ステューダー・ヴォールスです。この世界と愛する者を守るために、この力を使わせてもらうつもりだ。俺が守るものはきっと、ここに集まってくれたみんなと同じものだと信じている」

 ハノーヴァー公の掛け声で乾杯が行われたあと、マイケルは中央の円卓に誘われた。

 そこには、真紅のプルオーバーを着た男、中国風の青い長袍を着た男、日本の神社にいる巫女の装束を身に着けた若い女が、マイケルたちを待っていた。いずれも初対面の人物たちだったが、彼らがローゼンクロイツ騎士団の主要メンバーであろうことは、すぐに察しがついた。

 円卓には空席が三つ残っていた。マイケルとハノーヴァー公と、そして……。

 本来なら彼女が座るはずの椅子が、人待ち顔でぽつんと空いていた。

 気落ちしたマイケルに、最初に声をかけたのは赤いプルオーバーの男だった。すらりと背が高く、茶色の長いストレートヘアを一つに括って背中に垂らしている。マイケルといくつも違わない若々しい顔だちで、切れ長の目の中でライトブラウンの瞳が怜悧な光を放っている。真紅のプルオーバーの胸には、交差する鍵の紋章が描かれていた。

「カーディナル・ナイツ筆頭騎士の、コンスタンティン・バシレウスです」

 彼は名乗り、そして「君には、期待していますよ。ヴォールス卿」と付け加えた。

 中国服の男は、ラフな言葉遣いで握手を求めてきた。

 がっしりとした体格を持つ壮年の男で、その手は叩き上げの軍人か肉体労働者のように武骨だった。無精ひげを生やした四角い顔には満面の笑みが浮かんでいたが、黒縁の丸い眼鏡の奥にある茶色い瞳は、すこしも笑っていなかった。日常的に命のやりとりをしてきた男だと、マイケルはすぐにわかった。

「俺は、東方青龍騎士団の(ファン)火龍(フォロン)だ。じつは俺も、騎士になったばかりでな。まあ、よろしく頼む……」

 ハノーヴァー公が言っていた「同期生」というのは、この男のことかとマイケルは納得した。

「それにしてもあんた、初っ端から派手にやったな。しかも、あのお嬢ちゃんと組んでっていうのが、たいしたもんだ。俺なら、一日で逃げ出すぜ」

 黄と名乗ったこの男は、セシルのことを知っているようだった。

「エミリー……いや、黒騎士を知ってるのか」

「ああ、ついこのあいだ香港で会ったぜ。恐ろしい娘だったよ」

 その言葉に、マイケルは耳を疑った。ついこのあいだ香港にいた、だって? あれからまだ十日も経っていないのに、怪我は治ったのだろうか。

「彼女、元気だったか?」

 心配するマイケルに向かって、黄はおおげさに両手を広げて首を振った。

「彼女が元気だったか、だって? 悪い冗談だろ。もうちょっとで、俺はあの世に送られるところだったんだぜ。まあ、とにかくよろしくな」

 最後に待っていた巫女装束の若い女は、マイケルに向かって丁寧なお辞儀をした。白い紙で束ねられた長い黒髪と、吸い込まれそうな黒い瞳が印象的だった。

「センチュリアン・コーア筆頭騎士の、アナスタシア・悠姫(ゆき)布留宮(ふるみや)と申します。お見知りおきください」

 挨拶をしたあと、彼女はマイケルをじっと見た。そのまなざしにわずかな敵意が含まれているのを、マイケルは敏感に感じ取った。

「こんな男が……」

 アナスタシアは、そうつぶやくと顔を背けた。

 ――もしかして、嫌われているのか、俺は。

 マイケルはそう思ったが、その理由は思い当たらなかった。


 顔合わせを終えて、マイケルが席に着こうとしたときだった。

 ホールのドアが勢いよく開き、その人物が会場に現れた。

 青磁器の人形のように端整な顔、白い肌が映える黒のドレス。背中まであったパールホワイトの髪は、肩にかかる辺りで無造作にカットされていた。

 会場にいる全員に緊張感が走り、巨大な威圧感が辺りを飲み込むのがわかった。

 その少女は、会場の視線を一身に浴びながら、足を踏み出した。

 胸を張り、背筋を伸ばし、まっすぐにマイケルの方に向かってくる。

 大理石の床を踏むコツンコツンというヒールの音だけが、水を打ったように静かな会場に響いた。

 彼女がマイケルの目前で立ち止まる。そして、真紅の瞳に鋭い眼光を宿しながら、マイケルを見据えた。

 両耳を飾るシルバーのピアスが、シャンデリアの光を反射してきらりと輝く。 髪型やジュエリーだけではなく、醸し出す雰囲気が、すこし大人びた感じになったなとマイケルは感じた。

 お互いの目を、正面から見つめ合う。

 その姿は見慣れているはずなのに、まるで初めて見たかのように遠くに感じた。

 マイケルは、ひとつ深呼吸をしてから、口を開く。

「エミリー」

 どくん、と鼓動が高まる。

 彼女が、わずかに眉をひそめる。

「違う、わたしだ。……あの子は、もういない」

 明確な否定だった。だが、不思議なほどに、マイケルの心は穏やかだった。問いかけはもはや、確認でしかなかったからだ。

『あの子を守ってね……』

 俺は、あいつを守る、と決めた。ならば、あいつが守ってほしいと願うものもまた、同じことだ。そのために、俺はここに来たのだから。

 マイケルは、セシルの足元に膝をつき、頭を垂れる。そして、腹の底から声を押し出すように、宣言した。

「セシル・ディ・エーデルワイス皇女殿下。私は先般の約定に従い、殿下の騎士として、御身をお守りすることを誓約いたします」

 会場のあちこちから、どよめきが起きる。

 ハノーヴァー公だけが、優しげな笑みでその様子を見ていた。

 セシルは、表情ひとつ変えず、冷たい口調で答えた。

わたし(・・・)は、卿と約束などしていないぞ」

「御意。これは、フォアエスターライヒ女大公陛下との約定にございます」

 ほう、とセシルが感心したように、オッドアイを細める。

「それで、卿はわたし(・・・)に忠誠を誓う、と言うのか?」

 マイケルが、力のこもった声で答える。

「はい」

 沈黙がその場を支配した。全員が息をつめて、セシルの次の言葉を待っていた。

 やがて……。

 天から降るような、透明な声がした。

「よかろう、わが騎士の列に加わるがよい。ただし、シュワルツワルキューレは男子禁制である。よって、卿はこの地にあって、イングランド辺境伯としてわたしに仕えよ」

「はっ。ありがたき幸せ」

 マイケルは、弾かれたように答えると、セシルの左手を取って口づけをした。

 そして彼女のウエストに腕をまわして、ふわりと抱き上げた。

 小さく悲鳴を上げたセシルの頬に、うっすらと紅がさす。そして、小さくため息をついた。

「この無礼者が。アマーリエ=ミリアは、男を見る目がなさすぎたな」

「悪かったな」

 マイケルの開き直りに、セシルはふんと鼻を鳴らした。

「だがまあ、たまにはこういうのも悪くない。それに、今日は特別な日だからな……」

 セシルの瞼がゆっくりと落ちて、その目を覆い隠す。

 マイケルの腕のなかでかすかに身じろぎをしてから、彼女の瞼が再び見開かれる。現れたオッドアイの、優しげな青い瞳がマイケルを映した。

 そして、その桜色の唇が動き、

はじめまして(・・・・・・)

と告げた。

「はじめまして?」

 オウム返しのように応えたマイケルに、彼女が無邪気に「うん」と肯く。

「はじめまして、だよ。vier(わたし)とは、ね……」

 腕に感じる柔らかな重みと、鼻孔をくすぐるほのかな甘い香り。それはたしかに、マイケルがよく知っている少女のものだった。しかし。

drei(エミリー)だったときのことは、よく憶えてるよ。約束を守ってくれて、ありがとう」

 この少女は、彼女ではない何者か、だった。

「おまえは……」

 背筋を凍らせる波動が、マイケルを包み込む。少女を抱く腕が震え、口をついて出た声は掠れていた。

「だれだ?」

 彼女が、目を細めて微笑む。

「わたしは、エリザベート・ノエル=エンデ。あなたたちに、救済と……」

 マイケルを映すサファイアとルビーのオッドアイは、まるで底知れない深淵のようで……。

 ふっと含み笑いをしてから、彼女は続けた。

「終焉を与える者、だよ」



 2005年7月


 Whose side is fortune on ?

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