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E.2 新たなる希望(Layer:1 Main Story)

 

「これより、騎士叙任の儀式を執り行う」

 蝋燭の炎が揺れる薄暗い聖堂の中に、ハノーヴァー公の厳かな声が響いた。

 グレーター・ロンドンの南東に位置するグリニッジにあるハノーヴァー宮殿は、その大部分がパブリックスクールのセント・セシリア校として、貴族の女子の教育のために門戸を開いている。

 テムズ川に面した緑豊かな公園のような広大な敷地には、ネオゴシック様式の重厚な建築物が建ち並んでいる。その一角、正門からほど近いあたりに、イングリッシュオークの巨木に囲まれるようにして建つ聖堂で、マイケルの騎士叙任の儀式は行われた。

 ステンドグラスから色とりどりの光が差し込む祭壇の前で、マイケルとハノーヴァー公は向かい合っていた。他には誰の姿もなかったが、たしかにそこに存在するもうひとつの気配を、マイケルは感じとっていた。それはとてつもなく大きく、そして清らかで、この聖堂にいることが相応しい者の気配のように思えた。

「マイケル・ステューダー・ヴォールス卿。汝は今、神の僕たる騎士にならんとしている。ならば、わが問いに答えよ。汝は、謙虚であり、誠実であり、礼儀を守るか」

 ハノーヴァー公の言葉に、マイケルは強い声で答える。

「はい」

「裏切ることなく、欺くことなく、弱者には優しく、強者には勇ましくあれるか」

「はい」

「神と人類を守る盾となり、神と人類の敵を討つ矛となれるか」

「はい」

 よろしい、と応じたハノーヴァー公は、マイケルを跪かせた。

「異種の脅威から神と人類を守護するための、新たなる力と命を授ける」

 マイケルの右肩に、エクスカリバーの刃が載せられる。

「汝を騎士に叙す。神の加護と恩寵のあらんことを」

 その言葉とともに、エクスカリバーがマイケルの背中を打つ。

 同時に、なにかがマイケルの額に触った。それは、温かくて柔らかで、まるで少女の掌のようだった。

 ――俺は、この感触を知っているぞ。

 マイケルがそう思った瞬間、白い光と灼熱の奔流が彼を飲み込んだ。



「お兄ちゃん」

 すこし鼻にかかった声が、恥ずかしそうに俺を呼んだ。

 振り返ると、果てしなく広がるクローバーの花畑があった。

「ソフィー?」

 俺は、声の主を探す。

「ここだよ、お兄ちゃん」

 クローバーの花畑の真ん中に、金髪の少女がちょこんと座っている。大きなブラウンの瞳が、俺の姿を映していた。

「今日は、お兄ちゃんのお誕生日だね」

「いや、違うぞ」

 ソフィーは、そっと首を横に振る。その顔には、彼女の年齢には似合わない、大人びた笑顔が浮かんでいた。

「ううん、そうなんだよ。だからね、これ、プレゼント」

 そう言って、クローバーの花を編んだ花冠を差し出す。けれどその相手は、俺ではなかった。

「ソフィーはここまで(・・・・)だから」

 花冠を受け取ったのは、白い髪の少女だった。黒いドレスの裾が風に揺れ、オッドアイが優しげにソフィーを見つめる。

「お兄ちゃんを、よろしくね。じゃあ、お兄ちゃん、バイバイ」

 別れを告げるソフィーの声は、吹き抜ける風にフェードアウトし、彼女の姿は花畑に溶けるように消えていった。

 クローバーの花に口づけをしたエミリーは、白い華奢な手で花冠を差し出す。

「これは、わたしから贈るわ。受け取りなさい」

 頭を垂れると、花冠がふわりと載せられた。

「ありがとう、エミリー」

 そう告げた俺の頭を、エミリーがそっとその胸に抱いた。

 ほのかな甘い香りがして、彼女の鼓動が身体に伝わってきた。違うリズムを刻むふたつの鼓動が、一瞬だけぴたりと重なり合う。そして……。

「それじゃあね」

 その声とともに、エミリーの身体が離れる。

「待ってくれ……」

 俺は、彼女を引き留めた。

「行かないでくれ」

 エミリーは、目を細めて笑った。

 その唇が動き、なにかを告げたように見えた。

 しかし、その言葉が聞こえるより前に、エミリーの姿は霞むように消えていった。

「エミリーっ」

 俺の叫びは、誰もいなくなった花畑に、むなしく吸い込まれる。

 ほの甘い香りを宿した風が、クローバーを揺らして、俺の周りを吹き抜けていった。



「立ちたまえ。同志として歓迎する」

 ハノーヴァー公の声で、マイケルはわれに返った。そして、つい数秒前の記憶を手繰る。

 叙任の言葉があり、エクスカリバーで背中を打たれた。ただ、それだけだった。それ以外のことは、なにも思い出せなかった。

 しかし、今の自分は、それまでの自分とはなにかが違っているように感じた。

「これで騎士叙任の儀式は終わりだが、君の肉体が騎士本来の能力を発揮するようになるまでには、一ヶ月ほどかかる。その間は、我が家で過ごしてもらうことになる。ふつうの人間と一緒にいては、いささか問題のある状況になるのでね。ついでにいろいろ勉強もしてもらうよ。同期生もいるから、退屈することはあるまい」

 ハノーヴァー公は、含み笑いをしながらそう告げた。

「俺はこれから、なにをすればいいんですか」

 マイケルは期待と不安の入り混じった心境でそう尋ねたが、ハノーヴァー公の答えは拍子抜けするものだった。

「なにもすることはないよ。異種どもを発見すれば排除する。そのささやかな義務を果たしてくれさえすれば、あとは君のしたいことをすればいい」

 ハノーヴァー公は傍らのワゴンから、銀のトレイを持ち上げ、マイケルに差し出した。

「君の武器だ。受け取りたまえ」

 上等そうな絹の敷物の上には、マイケルが愛用していたブローニング・ハイパワーMk3拳銃が載っていた。スコットランドヤードに返納したものだが、おそらくハノーヴァー公が手を回したのだろう。手にとると、馴染んだ重量感とともに、まるでそれ自身が意思を持ったもののように、力を発しているのを感じた。

「その拳銃は、新たに神器に叙されたものだ。ローゼンクロイツ騎士団の歴史上、初めての銃器だよ。拳銃とはいえ、射出された弾丸は、対戦車ミサイルなみの破壊力を有する。銘は、君が決めたまえ」

 唐突な要請だったが、まるでマイケルの頭の中に用意されていたように、するりとその銘が口から出た。

「ディ・ヴァイス・カイゼリン」

 ハノーヴァー公が笑顔でうなずいた。

「うむ、いい銘だ。さて、ホールに宴席が用意されている。そこで、皆に紹介しよう」

 そう言って背を向けたハノーヴァー公に、マイケルは問いかける。

「ひとつ教えて下さい。エミリーは、どうなったんですか」

 振り向いたハノーヴァー公の顔には、意外なほど穏やかな表情が浮かんでいた。

「あの子――セシルは無事だ。だが……私たちはもう、エリザベート・アマーリエ=ミリアと会うことはないだろう」

 その言葉の意味するところはひとつ。今度こそエミリーは、消えてしまったということだ。覚悟はしていたが、マイケルの胸が絶望でふさがる。

 だが、とハノーヴァー公が言葉を続けた。

「おそらく近いうちに、私たちはまた、エリザベートと出会うことになるだろう」

「な……」

 絶句するマイケルに、ハノーヴァー公は引き締めた表情を向けた。

「セシルとエリザベートは、二人でいる状態が普通なのだ。いままでも、ずっとそうだった。ロンドン塔で話したことを、憶えているかね。私が知っているだけでも、エリザベートが消えたのは、これが三回目になる」

 そういえばあのとき、これと同じことが昔にもあったと言っていたような気がする。それが、とんでもなく重大な意味を持っていることに、マイケルはこのときはじめて気がついた。

「エミリーは、また現れるということですか」

 ハノーヴァー公は、ご名答という表情で頷く。

「私はそう考えている。だがそのときにこそ、辛い現実と直面しなければならないだろう。とくに、エミリー(・・・・)を愛した者にとってはね……」

 そこで言葉を切ったハノーヴァー公は、マイケルの肩に手を置いた。

「すべては予想でしかない。未来が誰とともに(Whos side)(is)あろうとするのか(fortune on)。それを知る者は、いないからね……」

 そう告げたハノーヴァー公は、杖を手にしてゆっくりと歩き出した。

「行こう、皆が待っている」

 遠ざかるその背中を、マイケルは「もうひとつだけ」という問いで引き止めた。

「彼女は、いったい何者なんですか?」

 振り向いたハノーヴァー公は、目を閉じてふっと口の端を上げた。

「今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる方が仰せになる。『わたしはアルファであり、オメガである』。そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。……言うまでもないと思うが、これはヨハネの黙示録の一節だ。ここに記されている者を端的に言い表す言葉を、我々は知っているだろう?」

 これ以上は言うまでもないとばかりに、ハノーヴァー公はマイケルに背を向けた。

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