6.10 ルーム・レイダー(Layer:2 Side story)
受付を兼ねた警備員室の椅子に座って、コンバットレーションのビスケットを口に放り込んだ男は、目の前にある白黒の大きなモニター画面をざっと見まわした。
四つに分割された画面は、それぞれが監視カメラからの映像をリアルタイムで映し出している。左上は背後にある受付の映像、その下は非常口へ繋がる廊下の映像、右上は薄暗い照明の中で多くの光が明滅するサーバー室の映像、そして右下は、男たちが占拠しているシトラス・システムズ・ラボラトリィ社の最重要施設、RAINコントロールルームの映像が映し出されていた。
大ぶりなビジネスチェアに座らされ、手足を椅子に縛り付けられている三人は、警備員とオペレーターたちだ。彼らの横で、グレーの作業着の肩にAK47自動小銃を担いだ男が、カメラに向かってにやりと笑う。
「雑用係みたいなオッサン一人と、ひょろひょろの兄ちゃん二人。手応えがなさすぎて、罠でもあるんじゃないかって心配になるな」
退勤時刻を過ぎて、警備員と当直のオペレーターを残すだけになったところを見計らって、襲撃者たちはここに押し入った。本来なら作動するはずの侵入者警報が、何者かの手によって解除されていたこともあって、四人の男たちがこの施設を占拠するのは容易かった。
「映画なら、警報が鳴ってレーザーとかで撃たれるところだがなぁ。新進気鋭のIT企業つっても、しょせん民間だ。武器なんか設置してるはずがねえよ」
マイクを通してコントロールルームの仲間に冗談を飛ばしてから、男は椅子の背もたれを倒してコンソールの上に足を投げ出した。
モニターには、相変わらず無味乾燥な監視カメラの映像が映っていた。せめてテレビでも見られれば暇つぶしになるのに。男は恨めし気にモニターを一瞥してから、思わず出そうになった欠伸をかみ殺す。
ここには誰も来るはずがないと油断しきっていた男の背後で、開くはずのない扉が音もなく開いた。
振り向くよりも早く、男の口が大きな手で塞がれ、首には太い腕がからみついていた。
何が起きたのかわからず抵抗することもできないまま、男の意識は電源の切れたテレビのようにブラックアウトした。座っていた椅子がぐらりと傾き、床に転げ落ちた男は、口から涎を垂らしながら昏倒した。
ごつい腕が男を縛り上げる横で、白く細い指がコンソールにあるキーボードを軽やかに叩く。監視カメラの録画映像が、分割されたウインドウに次々に表示された。
カラシニコフを手にした男たちが廊下を走る後ろ姿や、コントロールルームに踏み込んだ男たちがオペレーターを拘束する場面が大写しになる。一通りの再生が終わるまで一分もかからなかった。
「一、二……敵は三人か。ここと、コントロールルーム前に一人、そして室内に一人。そんなとこだな」
男の声に続いて、華奢な指が再びキーボードを叩くと、モニターの画面がすべて消えた。そして警備員室のドアが、開いた時と同じように音もなく閉じられた。
男の目の前には、無機質なクリーム色のパーティションが一面に広がっていた。天井の照明を反射する床には、ゴミどころか埃ひとつ落ちていない。
男の背後には、飾り気のない一枚の扉があった。扉の横には、指紋センサーとテンキーが一体になったこの部屋の鍵が、壁から突き出すように取り付けられている。
腕時計を見ると、ここの立ち番を始めてから一時間がすぎていた。少人数での拠点占拠だったから、あまり戦力分散はしたくなかった。だが、この場所が玄関から死角になっているうえに、玄関と反対側に非常口がある以上、見張り番を置かないわけにはいかなかった。
男は、カラシニコフを壁にもたせ掛けると、ひとつ背伸びをした。AK47は扱いやすい突撃銃だが、大きくて重いのが難点だった。せめてアメリカ軍のM4カービンなら楽だったのに。恨めし気に見下ろしたカラシニコフが、「気に入らないなら持つなよ」と言わんばかりに床に倒れる。がちゃり、という重厚な音が廊下の壁に木霊した。
「ちっ」と吐き捨てて、カラシニコフを手にしようとしゃがんだとき、リノリウムの廊下を踏む足音に気づいた。
男の思考に、わずかな違和感が混入する。交代なら部屋の中から出てくるはずだ。警備員室に詰めている仲間が、持ち場を離れて来たのだろうか。
「だれだ」と問いを発した男の口は、あんぐりと開いたままになった。
曲がり角から姿を現したのは、目もくらむようなブロンドの美女だった。すらりとした手足に、細くくびれたウエスト。大きく開いたビジネススーツの胸元からわずかに見える、白くて豊満な膨らみに男の目が釘付けになる。
次の瞬間、彼女の背後から大きな人影が飛び出してきた。
「なんだ?」
美女と入れ替わりに目の前に立った、岩石を思わせる風貌の男がニヤリと笑う。
「敵襲だよ」
同時に、下腹部に重い衝撃があって、男の意識は消失した。
カラシニコフから弾倉を取り外したビリーは、床に倒れた男のホルスターに差さっていたサイドアームのTT-33拳銃を抜き取る。残弾を確認して腰のベルトに挟むと、ステファニーに向かって申し訳なさそうに頭を掻いた。
「すまねえな、主任さん。囮に使っちまって」
「ステファニーでいいわ。もう主任なんて言えないもの。でも、決心がついたわ。これが終わったら、ヤードに出頭するつもりよ」
そう言って、ステファニーは顔をほころばせた。
この女性にこんな笑顔ができるのかと、ビリーは新鮮な感動を覚えた。近寄りがたい美人の才媛だと思っていたが、意外に人懐っこいところがあって、その笑顔はとてもチャーミングだった。
あの刑事さん隅に置けねえな、とビリーは思う。なんで、こんないい女を捨てたんだ。
テロリストの腕を背中に回して縛り上げながら、ビリーはずっと気になっていたことを口にした。
「なあステファニーさん、あんた、なんであんなことをやっちまったんだ? 通信インフラ系のプログラマーといや、業界でも花形でばりばりの高給取りだ。しかもあんたほどの美人なら、男だって選び放題だろう。それほどの不満があったとは思えねえんだが」
そうねとつぶやいて、ステファニーは金髪の下の碧眼を遠くに向けた。
「あの子さえいなければ……」
言葉を切った彼女は、碧眼を伏せて首を振った。その唇から、深いため息とともに、沈んだ声が漏れ出した。
「違うわね。あの子と戦う前に負けたと思ってしまった自分が、許せなかったからだわ」




