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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第四章 夏イベ 〇〇編
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01.彼と羊と新エリア1

「――くちっ!」


 くしゃみを一つして、俺はゆっくりと瞼を持ち上げる。

 眼前で規則正しく揺れているのは、ふわふわとした立派な毛並みの白い尻尾。


 俺を起こした張本人は、俺の上で暢気に鼻ちょうちんを作っている。

 隣の浅緋と一緒に丸まっていたはずだが、寝惚けてよじ登ったようだ。


 弛緩させた手足を大の字にして、尻尾を揺らしている。

 その様子がお腹を出して寝ている子供を思わせて、若干アホっぽい。


 しかしそこがまた可愛いと思う俺の頭は、未だに寝ぼけているのかもしれない。


「…………んー。いつもどーりか?」


 起こさないように、朽葉を浅緋の隣に戻して、ひとりごちる。

 ずっと同じ姿勢でいたので、身体の節々が痛い。


 姿勢を変えようとして、しかし綿の塊が隣で寝ていたので、それを避けて手を――


「んっ?」


 何か今おかしかった。

 俺の隣にある『モノ』を改めて確認する。


 『草羊』というモンスターらしい。


 一見すると普通の羊。

 でも体は黄緑だし、毛並みも綿花のような感じがする。

 乱暴な言い方だが、綿花にまんま手足が生えたような見た目である。


(寝息立ててるし、生きてるよなあ)


 非アクティブとはいえ、モンスターなのは間違いない。

 対応に困っている間に、俺の視線に気づいて、草羊が起きる。


「……めっ?」

「お、おう……?」

「…………」

「…………?」

「……めぇ~」

「お前さん、寝るでない」


 思わず草羊を抱え上げ、頬に当たる所を引っ張る。

 軽率だと思ったが、どこかで安全だと確信している自分がいた。

 青草のいい匂いがする。


 草羊は眠たげな瞳を開けると、一度だけ俺と目線を合わせて再び閉じる。

 危険性は無さそうなので、取り合えず地面に戻してあげる。


「…………」


 名残惜しそうな視線を、向けられた気がしたが、気のせいだろう。

 すぐ寝てしまったし。


「いたいたっ!! おーいっ!! お兄ちゃーんっ!!」

「ん?」


 金髪エルフの少女が走ってくる。

 彼女は勢いそのままに、俺に抱き着いてくる。

 天使かと思ったら妹だった。


「ふへへ~っ! 久々のお兄ちゃんだ~っ! ぐへへへへ~っ」

「妹よー。兄だからいいけど、ぐへへは止めとこうなー」


 あと今朝も一緒に食事をしたはずだが、俺の記憶違いかな。


「んで、会談はどうだった?」

「ん~っ? 順調に済んだよーっ!」


  ◇


 会談の内容は、俺達のチームとコハネ達のチームの合同探索について。

 探索対象は、昨日俺達が解放した島の中央部――『護りの森』である。

 昨日といってもゲーム時間なので、現実ではまだ朝の出来事であるが。


 俺達がボスである腐龍を倒した事により、このエリアに入れるようになった。

 そこまでは良かったのだが、好奇心に負けた俺達は、腐龍と戦ったその足で、未開拓エリアに踏み込んでしまった。


 勝利による高揚感でハイになっていたのと、未知のエリアという誘惑に抗えなかったのだ。

 最後まで残っていた未開拓エリアという事もあり、雑魚敵のレベルも高く設定されていた。


 俺達は消耗していたのと、情報不足で徐々に追い込まれた。

 そして、決定的な出来事が起こった。


 ソラの聖剣が折れた。

 それはもう、見事に真っ二つに。

 後で聞いたのだが、《西方の旋風ウィル・パージェ》のような武器固有スキルは、武器の耐久も一緒に消費するらしい。


 瞬く間に、俺達は全滅してリスポーン。

 そして傷心のソラは旅に出て、それにユーナも付いて行った。


 これが、俺達のチームの現状である。


  ◇


 最後の意味が分からないが、俺だって理解していないので、これ以上説明のしようが無い。

 ただジャンによると、放っておいてもひょっこり帰ってくるから大丈夫らしい。

 確か『聖剣の呪い』云々とも言ってた。


 しかし、呪い。呪いねえ……。


(……よし、俺は何も知らないし聞いてない)


 ソラとユーナは腐龍戦で頑張ってもらったので、二人が留守にする事を皆も快諾している。


 ただまあ、気合ではチームの穴を埋める事は出来ない。

 そこで、コハネ達にチーム『百花繚乱』に駄目で元々と相談したのだが、上手くいったようだ。


「でも私達も助かったよーっ! こっちもなっちゃんとヴィヴィっちが、用事でイン出来ないって言ってたもんっ!」

「そうか。それなら良かった」


 お互いに人手不足だったようだ。


(そーいえば、朽葉達を迎えに行った時にナギがそれっぽい事言ってたな)


 確か現実世界の方で何かあったというのと、仮想空間こっちに居たい気分とも言っていた。


(何があったか聞けば――いやいや、それは良くないなっ)


 他人のリアルを聞き出そうとするのはマナー違反である。

 それこそ、親密な関係で成り立つ会話である。


(そもそも、俺とナギの関係って何だ?)


 知り合い?顔見知り?友人?

 赤の他人は無いと思うが、思うのだが……。


(『妹の友達』が、一番しっくりくるよなー)


 無難である。無難であるのだが――。


(なんだかなー)


「お兄ちゃん、どうしたの?」


 人に言える内容では無いし、自分でもよく理解していないので説明も難しい。


 適当にはぐらかそうとして、『草羊』の存在を思い出す。

 コハネなら、何か知っているかもしれない。


「コハネに聞きたい事があるんだが――」


 実物を見せようと、草羊が寝ていた場所に目をやる。


「あれ? いない?」


 しかし、既にその姿は無くなっていた。



  ◆



「準備してくるねっ! それじゃね、お兄ちゃんっ! 」


 コハネが、ガイル達が建てた小屋に入っていく。

 ガイル達はお屋敷ここと同様の物を、各地の要所に建てる予定である。


 しかも他のプレイヤーにも、作業場を開放するつもりらしい。

 このイベントの主旨を考えたら、妥当な判断ではある。


 だが、お人好しだと言わざるを得ない。

 それとも、俺の知らない生産界隈のルールでもあるのだろうか。


 俺が外で待っていたら、イナサが出てくる。

 俺に気づいて手を振ってくる。


「ようっ。難しい顔してどうしたんだ?」

「んっんー。自分の知らない世界の仕組みについて考えてた」

「つまり何も考えてないと」

「そうとも言う」


 真剣に考えていた訳ではないので、イナサの言葉を否定しない。

 俺は周囲を見渡して、イナサに尋ねる。


「他のメンバーは?」

「ユキト達はもう出発してるぜ。あとは俺達だけだ」

「俺達?」


 イナサが、小屋と自分と俺を順番にに指差す。

 パーティは六人まで組めるのに、三人だけとか。

 この男は馬鹿なのだろうか。


「お前バカだな」

「リク。お前は嘘吐きのくせに、こういうのは直球なのな」

「誰が嘘吐きだ。近所でも正直者で評判だよ」

「はいはい」


 ひらひらとイナサが手を振る。


「んで、目的地は? 軽装だけっていう機動重視のパーティだから、他の班と違って明確な目的地があるんでしょ?」

「……お前はそこまで分かってて、人をバカ呼ばわりしたのか」

「言った後に気付いたからねっ!」

「お前クズだな。知ってたけど」


 俺は肩を竦めて流す。この程度いつもの事だ。

 コハネが真新しいケープをはためかせて、こちらに駆けてくる。


「おっ待たせーんっ! どしたの二人とも?」

「「こいつに罵倒された」」

「普段通りだねっ! それじゃあ、しゅっぱーつっ!!」


 コハネが俺達の手を取って歩く。

 大人しく従う俺は、同様の体を示すイナサを見る。


「んで。目的地は?」

「俺達はあれを目指す」

「んー」


 視線をイナサの指に沿わせる。

 島の中央部。更にその中心に聳え立つ岩山。


 俺は口を開いて、数秒間それを見上げる。

 そして一つ頷く。


「高いし遠いから止めようか」


 分かっていたが、この提案が通ることは無かった。



  ◆



 森の中を三つの影が跳ぶ。

 彼らは足を止めずに、最小の動きで最低限の邪魔な敵を倒していく。


 先頭を走る少年が、燃えるような赤い髪を靡かせて大剣を振り下ろす。

 以前所持していた鈍色の剣とは異なり、赤熱の尾を引く大剣それは虫型Mobを簡単に両断する。


 森に出現するMobが虫型や獣型であることもあり、火炎属性の大剣は上手く弱点をつけている。


(それでもこのレベルの敵を一撃かあ……)


 大剣を片手剣のように振り回す膂力は驚嘆に値する。

 どんなレベリングをしたら、あんなふざけたステータスになるのだろうか。


「《早打ラピットショットっ》」


 中央の小柄な少女が、弓に矢を番えて次々と放つ。

 赤髪の少年が届かない空中の敵に、矢が突き刺さっていく。


 弓と大気魔法による面制圧が得意な彼女は、絶えず動き回る現状において、戦力の半分しか発揮出来ない。

 しかし並みのプレイヤー顔負けの命中率で、敵を次々落としていく。


 そして最後尾の俺は、二人が敵を蹴散らす様をのんびり見守っている。

 たまに索敵範囲に敵が入っても、朽葉や浅緋が勝手に倒してくれる。


(楽でいいなあー)


 俺の心情を見透かしてか、先頭のイナサが俺に振り向く。


「お前よりもペットの方が役に立ってるな」

「俺もナビで役に立ってるから……」


 俺は、索敵で敵の少ない道を、案内している。

 尤も先程の戦闘を見るに、必要はないように感じる。


「ガオオオォォォォォォォォッ!!」


 獣の雄叫びが木々を震わせる。

 大型の虎が茂みから飛び出してきた。


 西南に位置する『まどろみの森』。

 そこに生息する『レッサーファング』よりも一回り大きな虎『キラーファング』。

 その名の通り、鋭い牙を剥いてイナサに襲い掛かる。


「おいッ!? 道案内ッ!!」

「このルートが一番早いよ。やったね!」


 牙を受け止めるイナサに、俺は笑顔を向ける。

 それに対してイナサは、猛虎よりも獰猛な笑顔で答える。


「ハッ! 手ぇ貸せよッ!!」

「勿論」


 俺はイナサの背後に駆け寄り、声を掛ける。


「合わせる」

「おうッ!!」


 イナサは返事と共に猛虎を弾き飛ばす。

 猛虎は、その巨体からは想像できない器用さで、受け身を取る。


「シッ!」


 イナサの追撃の振り下ろし。

 猛虎は俊敏な動きでこれを回避し、爪でイナサの脇腹を抉る。


「させないよ」


 爪が届く寸前、俺が短剣で受け止める。

 重い衝撃が武器越しに伝わってくる。


「よっと!」


 俺はイナサの横薙ぎを身を屈めて躱す。

 猛虎は深追いをせず、距離を取って斬撃から逃れる。


 距離を保ったまま、横に移動して呻る猛虎。

 俺はそれを見ながらゆっくりと立ち上がる。


「賢い獣様だなあ。面倒臭いなあ」

「思ったより速いしな」


 俺達の態度を油断とみたのか、猛虎が牙を剥いてこちらに飛び掛かる。


 俺は巨体の下に滑り込んで牙を躱し、牙獣の前足をエフェクト光を放つ『涼鳴』で乱暴に払う。

 着地に失敗した猛虎が、勢いのままに地面を滑り、イナサの足元で止まる。


「うぇるかーむ」


 爛々とした赤いオーラを纏う大剣を上段に構え、イナサが口角を上げる。

 これまでのどの斬撃よりも速くて重い斬撃。


 両断の一撃によって、森の獣はポリゴン片へと成り果てる。

 地面を断つ轟音を響かせた少年は、大剣を担ぎ直して気楽に言う。


「ま、大したことはねーな。なっ、リク?」

「今、俺が出せないようなダメージ値が見えたんですが……」

「物理攻撃特化のビルドだしな。むしろ《諸刃斬り》使わないと倒せないとか火力不足だな」

「ごめん。何言ってるか分からない」


 火力馬鹿って怖い。

 コハネがとててっと近付いて来て、ほにゃっとした笑みを俺に向ける。


「コハネ、嬉しそうだな」

「うんっ。お兄ちゃんとイナサさんの共闘が懐かしくって嬉しくなっちゃったっ!」

「……そっか」


 きっと今の自分は複雑な表情をしているだろう。

 俺は湧き上がる感情から目を逸らすように、索敵に集中する。


 周囲に敵影は無い。『キラーファング』の縄張りなので、他のモンスターは出てこないのかもしれない。

 俺達は、最低限の回復だけ済ませて、先を急ぐ。


 道中で数度ばかり戦闘を挟んだが、 足を止めて戦ったのは『キラーファング』だけだった。

 光が見えてきたと思ったら、森を駆け抜ける俺達の視界が一気に開ける。


「ッ!」


 森の薄暗さに慣れた目が、光に眩むこと数秒。

 俺達の目に飛び込んだのは、高く聳える岩山の塔。


「……おっほー」


 そして、その道を遮るように広がる大きな湖だった。



  ◆



 マップを確認すると、ここは『白棲みの湖』らしい。

 朽葉達が落ちないよう抱きしめ、俺は湖を覗き込む。


 湖の中の朽葉達と目が合う。

 こちらが首を傾げると二匹とも真似して小首を傾げる。可愛い。


 とてててっとコハネが俺の元へ寄ってくる。

 くりっとした碧の瞳が俺を見上げる。可愛い。


「お兄ちゃん何してるの?」

「ん。何でもないよー」


 コハネの頭を撫でる。相変わらずさらさらした髪で、心地よい肌触りである。

 俺達を見守っていたイナサが、俺に声を掛ける。


「それで。どうやって岩山アレを目指す?」

「ん。そうだねー」


 俺は周囲を見渡す。青い空に澄んだ湖、緑萌ゆる木々を眺め口を開く。


「んー。無難なのは迂回だけど、出来れば湖を突っ切りたいなあ」


 今は無理でも、生産職に協力してもらえれば、可能性が出てくる。


「小舟でも作ってもらって渡るかね?」


 俺は、上空の鳥を何気なしに目で追いながら、提案する。


 鳥が湖の中央に差し掛かる。

 その瞬間水面が不自然に持ち上がり、爆音と共に巨大な鯨がその身を現す。


 白鯨は勢いのまま飛び上がり、その大きな口を開けて鳥を飲み込む。

 そして重力に従って、その巨体を爆音と共に湖に沈める。


「…………」

「…………」

「…………」


 降りしきる湖の水に打たれてなお、俺達は一言も発しない。

 水面が鎮まってから、漸くイナサが口を開く。


「……さて、行くか」

「ん。何も無かったしね」

「二人とも現実を見ようよ……」

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