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彼はそれでもペットをもふるのをやめない  作者: みずお
第三章 夏イベ 腐龍編
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21.彼女達の夜明け

 ※この話はリク視点が一切出ません。また視点の切り替わりが度々あります。


 シリアスさん登場回なので、留意してお読みください。

 私達がお屋敷に戻った時には、既に夜になっていた。


「今日はありがとうございました。……今日はもう失礼します」


 オカリナが私達に頭を下げると、離れていく。

 彼女の背中は、照らす月も相まって、すごく小さく見えた。

 思わず私は彼女を追いかけようとする。


「オカちゃん――ッ!」

「アリシア」


 滅多に人の名前を呼ばない彼が、珍しく私の名前を呼んだので、思わず足が止まってしまった。

 呼び止めた理由を探ろうと振り返るが、彼の死んだ目からは、何の意図も読み取れない。

 私は諦めて彼に問う。


「何ですか! お兄さん?」


 焦りから少し乱暴な言い方になったのに自分でも驚いたが、彼はいつもの様にあっさりした調子で言う。


「励ましたら駄目だよ?」

「はい? それはどういう――」

「ほれほれ、見失うよ?」

「ッ!」


 私は慌ててオカリナを探す。

 すぐにでも見えなくなりそうな遠くの背中を見つけ、私は走り出しながらやぶれかぶれに返事をする。


「分からないけど分かったですッ!」

「ん。そっちは頼む」


 まるでコンビニにお使いを頼むような気軽な言葉に、思わず脱力しそうになる。


(コンビニなんて一度も行った事は無いですが!)


 行こうとしても姉様やメイドに止められるのだ。一度は行ってみたい。


 こんな無駄な事を考えられる程度には、思考に余裕が出来たのを感じる。

 彼を見ていると、無駄に意気込んでいる自分が馬鹿馬鹿しくなってくる。


 変人だ。

 妹のコハネさんも変人だが、この兄の方も変人だ。

 変人兄妹だ。

 とても私と一、二歳違いとは思えない。

 姉様とは違う意味で遠い存在だと思った。



  ◆



「放置?」

「大丈夫。うちのメイン盾は、しっかりしてるから」


 私の質問に、彼はいつものように答える。

 しかし仕事柄、人の顔を読むのが比較的得意な私には、彼が普段通りを装っているのが分かった。

 何でもない顔をして、その裏では思考を巡らしている。


「要求。私は何をすればいい?」


 先程の発言から、アリシアに役目があったように、私にも役割があるはずだ。

 そう思って彼に聞くと、彼が驚いてこちらを見る。


「リューさんってエスパー?」

「エレガントスタイルパーマ?」

「いや誰も髪型の話はしてないから……。リューさん似合いそうだけどね」


 彼はそう付け加えて私を見る。


「んー。お仕事あるならリューさんは別に……」

「除け者?」


 彼の気遣いは嬉しいが、過度な気遣いはかえって他人行儀になり悲しくなる。

 出会ったばかりならまだしも、私は彼を友人だと思っているから。

 お節介焼きだなあ。と彼は苦笑すると、少し考えてから口を開く。


「ん。それじゃあリューさんには大事な質問いいかな?」

「ばちこーい」

「無表情でそれ言うのね……。『偉業』って聞いて思いつく事って何?」

「偉業?」

「そそ。出来ればゲームの内容でお願い」


 予想外の言葉に思わず聞き返していた。

 しかし彼の言葉を信じるなら、これはかなり重要な内容のようだ。私は真剣に考える。


「偉業……。新エリアの発見。未知のアイテムの開発。強力な装備の創造。限定武装の獲得――」


 『限定武装』という単語で僅かに彼の眉が動く。

 きっと彼も私と同じように、仲間であるとある青年を思い描いたのだろう。

 正確には、その青年が携えた緑に輝く剣を。

 しかし今はその事は置いといて、私は続きを口にする。


「――もしくは、強敵の打破。以上」

「ん。……そっか、ありがとう」


 私の答えに納得を得たのか、満足な顔で彼がお礼を口にする。

 そして彼は続けて口を開く。


「今後さ。多分っていうか絶対リューさんの力を借りるけど、いいかな?」


 彼のその言葉に私は相好を崩して頷いた。


「快諾」



  ◆



 オカリナは浜辺の隅にひっそりと座っていた。

 無言で海を眺めているその姿は、居場所を追われたようにも見える。


(皆に、迷惑掛けてるなあ……)


 そっと溜息をつく。

 自分の事を優秀だと思ったことは無い。

 むしろ鈍臭くて、要領も悪い方だと自覚している。

 それでもこれまでは上手くいっていた自信が少しはあったのだ。


「……あったのになあ……」


 なのにこうも簡単に崩れるとは情けない。

 結局の所、自分は何も変われていない。


「人は、変われないのでしょうか……」

「あら~ん? 何か悩み事?」

「ッ!?」


 宛てのない私の呟き。しかし予想に反してそれに答える者が居た。

 慌てて後ろを振り返ると、女性?いや男性プレイヤーが私に微笑んでいた。

 男性なのだが、女性のような雰囲気を纏うよく分からないプレイヤーだが、美人さんである事は間違いなかった。

 カジュアル系の格好をしたその男性プレイヤーは、申し訳無さそうに整った眉を寄せる。


「ごめんなさいね? 盗み聞きをするつもりじゃなかったのよ? でもこんな隅の方に人が居るなんて思わなかったわ。危うく筋肉で轢くところだったわ」

「き、筋肉!? 轢く!?」

「ジョギングをしていたのよんっ。健全な筋肉は健全な運動で作られるのよ?」


 彼|(彼女?)が力こぶを作る。

 所謂細マッチョとでも言うのだろうか、ボディビルダーのようなごつごつとした荒々しい筋肉ではない。

 力が凝集されたような秘めた力強さを感じさせる筋肉だった。

 思わず凝視していたが、あまりにも見過ぎている事に気付き慌てて目を逸らす。


「す、すみませんッ!」

「あら~。別にいいわよん? 完成された肉体は一種の芸術なんだからっ!! 見惚れるのも仕方ないわッ!!」

「は、はあ……」


 何かもう色々と圧倒されていた。

 彼は私の隣に座るとにっこりと魅力的に微笑む。


「何か悩んでいたみたいね。良ければお姉さんが聞きましょうか?」

「えっ? で、でも……」

「こんな所で独りで居たって事は、周りの人には相談出来ない事でしょう? そういった悩みは、会ったばかりの他人の方が話し易い物よん♪」


 彼がこちらにウインクをする。またそれが似合っていた。

 こちらが断われば直ぐに拭える程度の親切も嬉しかった。

 だから人を頼るのが下手な私でも口を開けたのだと思う。


「あの、実は――」


 私は拙いながらもこれまでの経緯を話す。

 彼は邪魔にならない頻度で相槌を打ち、つっかえながら話す私を優しく見てくれている。


「――それで、悔しいと思ったんです」

「そりゃあ、酷い事を言われたものねえ……」

「あ……、いえ、別に酷い事を言われたのはいいんです……。私が悔しく思ったのは、その言葉に納得した自分自身なんです……」

「あら、そうなの?」

「はい。皆さんとの繋がりを否定する言葉を素直に受け入れた自分が、情けなくて悔しかったんです。……そして思ったんです。人はやっぱり変われないのかなと」

「そう。それが最初の呟きに繋がるのね」


 私は小さく頷く。

 彼はそうねえと考える素振りをする。


「知り合いの男の子の話でもしましょうかしらん」

「男の子、ですか?」

「ええ。その子はね、かつて最強と呼ばれた三人のプレイヤーからそれぞれの技術を学んだらしいのよ。でもね圧倒的に才能が足りなくて、とても彼如きでは扱えなかったらしいわ」

「……その人は、諦めたんですか?」

「イエスとノーが半分ね。……それでも彼はどうしても三人と並んで遊びたかった。だから三人の技術を自分が扱えるレベルまで『劣化』させて、それを混ぜ合わせて独自の戦闘スタイルを作っていたわ」


 そして美丈夫さんはこちらに笑顔を向ける。


「その結果が彼にとって望んだ形かどうかは分からないわ……。でも彼は諦めなかったから、其処に辿り着いた。それを見て、変わろうとする意志は無駄じゃないって私は思ったわ」

「……無駄じゃない……」

「ええ。私はそう思うわ。……そしてお姉さんが言えるのはここまでね」


 彼が立ち上がる。


「ごめんなさいね。大してお役にたてなくて」

「そ、そんな事ないですっ!! お話出来て良かったです。聞いてもらって、大分楽になりました……。そ、それに助言までいただいて……何てお礼をすればいいのか……」

「そう言って貰えるとお姉さん嬉しいわ。それにお礼はいいわよん。私も懐かしい名前を聞いて楽しかったもの」

「懐かしい……?」


 私は首を傾げる。

 お姉さん(男)は笑顔を浮かべるだけでそれには答えず、手を振ってジョギングに戻った。

 私はそれを見送っていたが、その途中で気付く。


「……名前、聞けばよかった……」


 もう声も届かない距離にいるお姉さんに聞くことは無理だろう。

 残念に思いながら彼を見ていると、彼とすれ違い、こちらに向かってくる少女に気付いた。



  ◆



 オカリナを見つけた私は混乱していた。

 オカリナを見つけたはいいが、そこから先は何も考えていなかった。


(どうするですッ!? どうするのですよ私ッ!?)


 『今日の事は気にしないでいい』『明日頑張りましょう』『オカちゃんなら出来ます』


 当たり障りの無い励ましの言葉は幾つも浮かぶが、そのどれもがこの場面には相応しくない気がする。

 彼女に掛けるに値する言葉を、未熟な自分は持っていない。


 そもそも私達は出会ってまだ五日、ゲーム内時間でも十五日しか会っていないのだ。

 せいぜい他人以上、良くて知り合い程度の間柄である。

 そんな人間に、自分の事を判った様な台詞は吐かれたくないし、吐きたくない。


 そう割り切ると気持ちがすっきりした。


「隣、いいです?」

「う、うん」


 彼女の返事を聞いて、私は隣に腰を下ろす。

 私達は視線を交わす事無く、穏やかに波打つ海を黙って眺める。

 このまま自分が何もしなくても、時間が解決してくれるのではないか、という甘い誘惑を頭を振って打ち消す。

 そして私はぽつりと言葉を零していく。


「オカちゃん。何で私が盾職をやっているか、話しましたっけ?」

「う、ううん。聞いたこと、ないよ」


 視界の端で彼女が首を振るのが見える。

 私の意図が掴めないのか、不思議そうな顔をしている。

 それはそうだ。

 慰めに来たと思った人がいきなり自分語りを始めたら、私でも同じ表情をする。


 でも仕方が無いのだ。

 私は彼女に真摯に向き合いたいし、そう在りたいと思っている。

 だからここで話す言葉に嘘が混じってはいけない。

 そして私が嘘偽り無く話せる事といったら、それはもう自分の事以外無いのだから。


 だから仕方ない。

 そう私は開き直る。


「……何故だと思いますか?」

「…………装備がかっこいい、から?」


 そんな風に私を見てたですかーッ!?


 安直な女だと思われていた事に、若干の悲しみと衝撃を受ける。

 でもそれも真実の一部なので、素直に認める。


「ま、まあ。それもありますっ。ええ、ありますよっ! でも、それだけじゃ無いんですっ!」


 ここで私は声が大きくなっていた事に気づき、恥ずかしさを誤魔化すように咳払いする。

 そして現実の私の姿を想像すると、否応無く冷静になった。


「……あのですねオカちゃん。本当の私の髪は白いのですよ」

「そう、なの?」

「はい。そもそもこの国の人間では無いのですよ。そしてクラスメイトの皆さんは、そんな私が珍しかったようなのです」


 今の世の中、外国人なんで珍しくも無いが、身近な隣人がそうであるのはまだ日常的では無かった。

 今でも瞼を閉じると、彼らの奇異の目を思い出せる。

 まるで動物園の動物の気分だった。


「もちろん彼らに悪意があったわけではありません。いじめられた訳でもありません。しかし、当時の私はその目に耐えられなかったのです」


 彼らにこちらを害する意志が無いのは分かってはいる。

 だが許容できるかはまた別の話である。

 そして昔の弱い自分は、それを許容出来ない人間だった。


「そしてめでたく白髪少女のひきこもりが完成したわけです」

「め、めでたくは、無い、よ……ッ!」


 慰めようとしたら、逆に慰められていた。

 自虐的な発言は控えるように心掛けつつ、私は本題に入る。


「そんな引き篭もった私を、それでも姉様は見捨てませんでした」

「おねえ、さんが、いるの?」

「ええ。尊敬に値する姉です」


 私は、自分の事のように誇らしげに言う。


「姉様は色んな脅威から私を守ってくれました。そしてその甲斐あって、私はとうとう学校に復帰しました!」

「わ、わあっ!」

「しかし、一年の月日を経た私は、容姿の悪目立ちとは関係無しに、対人スキルが壊滅的になっていました!」

「わ、わあ…………」


 オカリナが困った笑顔で固まる。

 私は慌てて言葉を続ける。


「い、いえいえッ! 前進してるのですよ? 後ろ向きなひきこもりが、前向きなひきこもりになったのですから。学校にも偶にいってますよ。……本当に稀にですが」


 髪を掻き毟ったり等の自傷行為もその頃から行わなくなった。


「私を支えてくれた姉様に憧れ、そんな風に自分も誰かを守れる存在になりたいといつしか思うようになったのです。そして当時ネットゲームに嵌っていた私が、盾職を選び始めたのもその頃からです」


 何故か分からないが、以前ナギさんが言っていた台詞をふと思い出した。

 『現実では無理でも、せめてこの世界では理想の自分を求めたい。――』


「『――だってこの世界は、《理想を形にした世界ゲーム》なんだから』、ですか……」

「え?」

「ああ、いえ。こちらの話です」


 私は手を振る。


「つまり私はゲームを楽しみながら、理想の自分になる努力をしているわけなのですよ。ほら日本語にも、二兎追うものは何とかと言うのがあるじゃないですか」

「……えっと、一石二鳥の方、かな?」

「そう、それですッ!」


 世の中には、ゲームでの出来事なんて現実では何の役にも立たないと言う人もいる。

 確かにそういった部分もあるし、それが高じてゲームを下に見る人もいる。


 でも、私は思うのだ。

 ゲームで出来ない事が、どうして現実でも出来るだろうか。

 むしろイージーモードのゲーム世界の方が、ベリーハードの現実よりも楽じゃないかとさえ思う。

 そもそもゲームの世界だろうと現実だろうと、同じ『私』なのだから。


 人からしたら逃げにも滑稽にも聞こえる言い分だが、それでも私はこの考えを曲げたりしない。

 だって正論で救われなかった過去の自分は、この戯言に救われたのだから。


「私は未だにそういった面でも技術の面でも未熟者なのです。そういった意味では私はオカちゃんと変わりません。そして出来れば私は貴女と共に頑張りたいです。だって――」


 私は、私の戯言を最後まで聞いてくれた彼女の瞳を真っ直ぐ見る。


「――貴女と遊ぶのは、とても楽しい」

「――ッ!!」


 私の偽らざる気持ち。

 短い間しか経っていないが、それでも彼女とこの世界で過ごした時間は、私にとって大切な物になっている。

 そして願わくば、彼女もそうであって欲しい。


 オカリナは指が白くなるくらい強く杖を握り締め、瞼を震わせる。

 

「…………わ、私もッ!」


 彼女は不器用に微笑むと、震える唇で先を紡ぐ。


「シアちゃんが一緒だと、嬉しい、よ……ッ!」

「これが相思相愛というやつですか……ッ!!」

「そ、それは違うと、思うよ……ッ!」


 違ったようだ。相変わらず日本語は難しい。

 首を捻って唸る私をオカちゃんは苦笑しながら見ていた。


 視界の端が光る。


 私達は揃って海を見ると、地平線から朝日が昇り始めていた。

 そんなに長い時間話していたのかと、眼を焼く日の光を驚いて眺めていると、オカちゃんが呟く。


「……私も、変われるかな……」

「……分かりません。ですが、貴女が望むなら私は力を惜しみません」

「……ありがとう」


 そしてオカちゃんは気合を入れるように頷く。


「そ、それじゃあ……。早速、お願いしていい、かな?」


 これまで受身だった彼女からの、初めてのお願い。

 断わる理由など、私には無かった。


「勿論ですッ!!」

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