14.彼は棄てられた坑道を進む3
休憩を終えた俺達は再び坑道へと歩みを進める。
「んー。まあ全員の動きを把握するのは大変だから、最初はサポートするよ」
接近と遠距離をこなせる俺がオカリナの補佐に適任だろう。
あと、俺が前衛から抜けた方が、戦力的な減少を抑えられる。
アリシアと陣形の位置を交代した俺はオカリナと並ぶ。
「は、はいっ。お願いします!」
オカリナは俺が渡した聖女の杖を抱え、やる気に満ちた返事をする。
その回復魔法の効果が上がる杖は妖樹の激レアドロップで、インベントリの肥やしになっていたものだ。
最初は受け取るのを渋っていたオカリナも、俺のチームの為という言葉を受けて素直に受け取った。
その為俄然やる気が上がっている様に見える。
「真面目だねー」
この気合が空回りしないように祈っておこう。
前方を警戒していたジャンの警告が廃坑に響く。
「来た。前方三十。数十九」
「……多いな。二グループ一緒かな? 種類は?」
ソラが【暗視】持ちのジャンに訊ねる。
「ジャイアントバット九にクロウルラット八、でっかいネズミが二だな」
「ふむ。新手だね。アリシアちゃんお願いしていいかな?」
「了解です!」
アリシアが先陣を切って駆け出す。
「こっちを向くのです! 《挑発の咆哮》!」
アリシアは剣を掲げてヘイト上昇アビリティを発動する。
エフェクトを浴びた敵の群れがアリシアに集まる。
こっちもぼやぼやしてられない。
俺は傍らのオカリナに指示をする。
「盾に《生命の衣》。火力職の三人に《魔属付与【白】》」
「は、はいっ! 《包みたるは白き加護の光。――生命の衣》。《剣よ。魔法よ。今こそひとつに。――魔属付与【白】》」
アリシアの全身を白い淡いオーラが包み、ソラとユーナ、ジャンの武器に神聖属性の光が宿る。
敵がアリシアに爪や伸びた歯で攻撃するが、鉄を打つ音が響くだけで彼女のHPはびくともしない。
「ふっ。ダメージは0です」
「……お、おう」
そのどや顔アリシアの頭上にジャイアントバット達が現れる。
「あ」
「あ、【混乱】はヤバイのです」
アリシアの焦りを読んだかのように、蝙蝠達が【混乱】効果のある音波を出そうとする。
しかし三方向からの攻撃――回し蹴り、斬撃の一閃、矢の貫き――により、蝙蝠達はばらばらに引き裂かれる。
「きゃー、皆さんステキですー」
「調子いいなあ」
アリシアの賞賛にソラが苦笑いする。
そう言ってる間にも敵の数は減り、残るはスクロウラット三体とそれよりも二回り程大きいラットのみ。
大きなラット――ファットラットがスクロウラットの陰から不意打ちでアリシアに攻撃する。
「おや?」
攻撃を受けたアリシアが軽く目を見開く。
見るとアリシアのステータス欄に紫の泡――【毒】のアイコンが追加している。
「《苦しみにある人に安らぎを。――快癒》」
俺が言うより早く、オカリナが状態異常回復を唱える。
(いい反応だなー)
俺が感心していると、快癒が発動する。
――敵であるファットラットに向かって。
「成る程、オカちゃんにとって私はネズミ以下なんですね」
「ち、違うよっ!」
「んー。今回は失敗したけど、素早い良い判断だった。今度は上手くいくよ」
「は、はい……」
落ち込む彼女を見て、俺は付け加える。
「……ん。間違いは誰でもあるから気にしないでいいよ。俺も昔は味方の背中に攻撃魔法を誤射したり、敵に回復魔法掛けた事あるしね」
「……ありがとう、ございます」
おどけてそう言うと、彼女もぎこちなく笑ってくれた。
「わざわざ嘘までついて励ましてくれるなんて、リクさんは優しいですね。……そうですね。失敗ばかりに気を取られちゃ駄目ですよねっ」
「……そだよー」
そうこうしている間に敵の殲滅が終わったようだ。
「私、行ってきます」
「んっ」
仲間に回復魔法を掛けにいくオカリナを見送りながら、俺はぽつりと呟く。
「……本当なんだけどなー」
俺はかつてのギルド内で魔法禁止令が出るくらいには才能が無い。
ハルに教えて貰った回復魔法の《治癒の息吹》も専ら自分専用になっている。
この魔法は他の属性の回復魔法と比べて、広い範囲と速い発動が長所であるが、その内一つが意味を成していない。
「……んー。《治癒の息吹》」
試しに腕の中で寝息を立てている浅緋に触れて、回復魔法を掛ける。
浅緋の体をそよ風が撫でる。
成功したようだ。
(接触すれば一応他人にも掛けれるかな?)
この様子だと、プレイヤー相手でも大丈夫だとは思う。
ただ、零距離回復が役に立つ時が来るのかは未定だが。
「にゃうぅん?」
「ん。起こしちゃったか?」
浅緋が目を瞬きながら俺を見る。
そして触れている俺の手に気付くと、俺の指に喉を擦り付けてくる。
浅緋の意図を察して喉を優しく掻いてやると、浅緋はごろごろと満足げに喉を鳴らす。
浅緋の気の済むまでそうしていたら、満足したのかまた寝息を立て始めた。
ちらりと仲間を見ると、オカリナによる治療も終わったようだ。
俺は腕の中の眷属を揺らさないように気をつけながら、俺はその輪に加わるのだった。
◆
突き当たりに行き着いた。
正確には落盤により坑道が塞がっている。
他のメンバーも気付いたようだ。
「行き止まり、かな」
「でも一本道だったぜ?」
「だよねえ」
「じゃあもう終わりなの?」
ユーナがあからさまに落胆する。
ソラはそれを首を振って否定する。
「例の大型モンスターもまだ出てきてないからそれは無いよ」
「そういえばそうねー」
「……大型モンスター、ですか」
オカリナがまた怯えた表情になる。
《Unlimited Online》に限らず近今の仮想空間を用いたゲームは、表現が細分化されておりリアルで思わず息を呑む事が多い。
俺だって蜘蛛のモンスターとは戦いたくは無いからオカリナのこの怯えようも理解できる。
(……カサカサ動いてるのをみたら卒倒するかも)
うへー。と渋い顔をしていると岩盤にいるアリシアに呼ばれた。
「ん?」
「ここです。ここ」
彼女がガントレットで覆われた指で差すのは、大小様々な岩に混じっている赤く透き通った水晶である。
「……宝石?」
「話にあった爆発する結晶ではないでしょうか?」
「……あー、そうか。封鎖されてても、鉱物自体は枯れた訳では無いんだよな」
俺は周りを見渡す。
「混じってるのはここだけ?」
「はい。見える形で突出しているのは、ここだけのようです」
「……んー。これってアレだよね」
「アレでしょうね」
アリシアも察しているのか頷く。
「二人は何か見つけたのか?」
ジャンが俺達に気付いて訊ねてくる。
状況を説明するとジャンは一つ頷きこう言う。
「あー。確かにアレだな」
「ですよね」
「ですです」
三人で頷く。
「……でも確証も無いんですよねー」
「ま、こればっかりは試してみないとな。おーい三人ともッ! こっち来てくれ!」
呼ばれて来たユーナ、ソラ、オカリナに同じように説明する。
「アレしか無いわよねえ」
「だねえ」
「? ??」
察した二人と解っていない少女一人。
「多分そうだと思うんですけどねー。多分なんですがー」
「リクにしてはえらく歯切れの悪い言い方だね。まあ、気持ちは解るけど」
「失敗だったら最悪生き埋めエンドなのですよ」
「でも他に手は無いし。やってみるしかないんじゃない? 後悔はその後しましょう!」
ユーナが八重歯を覗かせる笑みで意気揚々と言う。
このメンバーの中で彼女が一番肝が据わっているようだ。
「あ、あの。先程から皆さんは何を言ってるのでしょうか?」
おずおずとオカリナが皆に尋ねる。
「説明するより実際にやった方が早いかなー。あーたんお願い」
俺の言葉に従い、浅緋が軽い身のこなしで俺の肩に乗る。
彼女が鐘の音と共に鳴くと、空中に幾つもの火球が現れる。
「《紅柘榴》」
「にゃん」
火球が横雨のように激しく次々と壁に炸裂する。
その中の一つが結晶に当たる。
赤く輝く結晶は、炎を受け、より一層輝きを増す。
そしてその光は留まる事無く、内包した力を爆発という形で一気に解き放った。
爆風や破片から庇うようにして二匹を抱いた俺は、開通した坑道を見て満足げに頷く。
「ん。読み通り」
「読み通り、じゃねーよっ! 事前に声くらい掛けてくれっ!」
土煙から出てきたジャンが俺を胡乱げに見てくる。
「いやー。吃驚だね」
その隣からソラが言葉とは裏腹に驚いていない様子で現れる。
残りの三人が気になり視線を巡らせると、オカリナを抱いたアリシアとその傍らに立つユーナを見つける。
「オ、オカちゃんッ!? しっかりしてくださいッ!!」
「魂って口から出るのね。初めて知ったわ」
あまりの衝撃にオカリナが放心したようだ。
俺はその光景を見て一つ頷くと前を向き、
「さー、準備が整ったら探索再開だー」
「あ、流した」
この後目が覚めたオカリナに謝ったのは言うまでも無い。




