16.彼は火山に挑む2
俺達は坂を上り、たくさんの大岩が転がっている広い空間に出た。
ここが第二階層である。
所々に溶岩溜まりが広がるこの空洞は天井が霞む程高く、壁からは溶岩が粘着質な液体特有の流れ方をして新たな溶岩地帯を作り出している。
第二階層は広いが第一階層と比べると半分ほどの行程しか無い。
「凄い所に出たなー。あ、俺採集していい?」
「ワシもあそこに見える岩場で採掘して良いかノ?」
「ちょ、ちょと待って二人ともっ! 先ずは安全確認してからね!」
今にも飛び出さんばかりの俺達をユキトが宥める。
「大丈夫! 俺のマップには敵がいないから」
「……リクが言うなら一先ず大丈夫かな。でも一応注意して進もうね」
索敵能力の一番高い俺の言葉にユキトもとりあえず納得する。
俺達はユキトの言葉に従い周りを警戒しながら草の生えた場所へ辿り着く。
「こんなに暑いのに生えてるものだね~」
嬉々として採取を始めた俺を眺めながらハルが感心する。ユキトも頷きながら、
「そうだね。でも僕はそれよりもリクが採取にはまっている事に驚いたよ。これまでの道中でも暇があれば拾っていたからね」
「んー、そうだね。これも彼女との約束の内だからねー」
「何か言ったリク?」
「いいやー」
ぼそっと呟いた俺の言葉は彼らには聞こえなかったようだ。わざわざ『魔女』との事を説明するのも面倒だったのではぐらかしておく。
俺の採取が終わったらジグの採掘を行う。ジグは採掘風景を物珍しそうに眺める俺達の視線に、少しばかり赤面していた。
それから俺達は大空洞の中央部まで来たのだが、そこには複数の蜥蜴人や四足歩行の小竜がいた。
「迂回は無理そうだね」
「突破するかねー?」
「うん。ハルは魔法で一番近い奴らを引きつけてから範囲魔法の準備。僕がその集団を足止めするからリクが遊撃。ジグさんは僕たちを抜けてハルに来た敵を相手してください」
「……最初から範囲魔法で片付けられないか?」
「無理かな~。一体一体の距離が離れてて巻き込めても二体が限界だよ~」
「……そうなのか」
「うん。だから敵を僕に引きつけてから範囲魔法でが一番楽だと思う。それでいいかな?」
俺達は各々返事をする。ユキトが俺に近付き申し訳なさそうに言ってきた。
「リクには大変な役目を任せるけどいいかな?」
「……それはお互いだろ。寧ろヒーラーが居ない分タンクであるユキトの方がきついだろー」
「あはは、そうだね。じゃあお互い頑張ろうか!」
ユキトは屈託無く笑うと敵を見据える。
「それじゃあハル頼んだ!」
「はーい。《アイスジャベリン》」
ハルが詠唱無しの魔術名だけで一mの氷柱を出現させる。氷柱は勢い良く大気を滑り、敵の一体に当たる。
「ギュアアアああぁぁッ!」
一匹の蜥蜴人が絶叫を上げて倒れる。弱点を突いているのもあるが、魔法はやはり威力が絶大だ。
「キシャアアアァァ!」
近くに居た蜥蜴人達が激昂して叫ぶ。彼らは耳障りな金属音を立てて武器を構えてると俺達に向かってくる。
ユキトが集団に先行し俺がその後ろに張り付くように続く。
敵集団との接敵の瞬間、ユキトは盾を構えて叫ぶ。
「《挑発の咆哮》」
ユキトが大気を震わせ、振動が円状に広がり敵を飲み込む。
すると各々好き勝手に相手を定めていた蜥蜴人が一斉にユキトの方を向き、砂糖に群がる蟻の如く彼に集まり始める。
ユキトは五体以上の蜥蜴人を盾で防ぎ剣で攻撃を弾いている。
(……上手く捌いているな)
俺はユキトと蜥蜴人を迂回して駆け、紅いアビリティエフェクトを纏う小竜に向かう。大地を強く踏み締める格好からして突進系のアビリティをユキトに放つ気だろう。
多数の蜥蜴人を相手にしているユキトの元に小竜を行かせる訳にはいかない。
「《氷華》」
小竜の発動より早くくちはの魔法が当たり、氷漬けになった事で小竜のアビリティを阻害する。
氷結状態が解除される前に小竜との距離を詰める。手を伸ばせば触れられそうな距離に達した時、小竜を包む氷に皹が入り、自由になった敵が目前の俺に頭の立派な角を振り下ろす。
俺は地面を蹴って跳躍し攻撃を避けると同時に小竜の頭を飛び越える。
空中で《ハイドウォーク》をして敵の認識からズレると、小竜の背中に着地して《バックアタック》を打ち込む。
「ギャアアアああぁぁぁ!」
小竜が輝く破片となり空気に溶けていく。
軽く息を吐き、次の相手を探して辺りを見渡した俺に違和感が芽生える。
(何だあの岩。……動いてる?)
ユキトを挟んで反対側の場所、そこに鎮座していた筈の岩石が牛歩の速度でひとりでに動いている。その一m程の岩はぴたりと動きを止めると、黄色いオーラを発してその場で縦に回転し始める。
俺の地図に敵を表す赤い点が新しく表示される。名前は岩錯。
(しまった! あの岩もどきは【隠密】持ちの敵か!!)
しかも奴の狙いは魔法詠唱中のハルである。後衛職の彼女が地面を抉る回転を持った岩錯の攻撃を喰らったら戦闘不能になりかねない。
(《氷華》はまだクールタイム。《雷華》は威力不足)
発動を防ぐのは手遅れ。なら防げるのは――。
「ユキトはハルをっ! 長老は俺の援護!」
「うんッ!」
「うム」
俺の声で新たな敵に気付いた二人が各々返事をする。
俺は二人の行動を確認せずに、ユキトが相手をしていた蜥蜴人達の隙間を縫うようにして動きながら、その全てに攻撃を当てていきヘイトを奪う。
本来は盾職からヘイトを取るのは愚行だが、今はそんな事を言ってられない。
俺は敵に囲まれた形になり、その無防備な背中に蜥蜴人のシミターが振り下ろされる。
「させんヨ」
その攻撃をジグが大斧で受け止める。
「流石長老」
「当然じゃワイ」
そんな軽口を叩き合っていたが俺とジグではこの数の敵を相手に長くは持たない。
攻撃の要であるハルを見ると今まさに詠唱が終えようとしている。
だがそれよりも岩錯が削岩機を思わせる音を響かせ、地面を削りながらハルにぶつかる方が早い。
「させないよッ!」
ユキトがハルと岩錯の間に割り込み、大盾で岩錯を受け止める。
接触面から甲高い金属音と激しい火花が散る。その光景は数瞬続いたが、徐々に岩錯の回転が弱まり、最後には止まった。
その間ハルは一切乱れる事無く堂々と詠唱を終えている。その様子はただ胆力があるのかユキトを信頼してのものか。
「ユッキー」
「うん。《シールドスワイプ》!」
ユキトの盾が青く発光し、岩錯をこちらに弾き飛ばす。数十キロはある岩の塊がピンボールのようにあっさり弾かれる様は凄いを通り越して滑稽である。
一纏りとなった敵の集団にハルが冷気魔術を叩き込む。
「《アイスストリーム》」
目を覆うほどの冷気の暴風が吹き荒れ、それに呑まれた全ての敵が氷像と化す。
十体以上のモンスターの氷像は事切れると同時に砕け散る。先程まで苦戦していた敵が一瞬で壊滅した光景を前に、俺は魔法の圧倒的殲滅力を垣間見た気がした。
「……すごいな」
俺はハルを賞賛する。
「えへへ~。そうでしょ~」
「こら。調子に乗らない」
ユキトがハルを嗜める。
「いや実際、大した威力じゃナ」
ジグの言葉に俺も頷く。ハルを庇う俺達にユキトがうな垂れる。
「二人ともあんまりハルを甘やかさないでよ。調子に乗った後始末は誰がすると思ってるんだい……」
「ユキトだね」
「そうじゃナ」
「頑張れユッキー」
「……うん。そうだね。僕が頑張ればいいよねー」
再びうな垂れる彼をハルが引っ張り俺が背中を押して歩かせるのだった。
サンドゥル火山は第一階層にボスがいない為、第二階層からが初めてのボス戦となる。
ボス部屋の前にはセーフゾーンがあり、ここでボスに臨む準備を整えるのが普通である。
敵を倒して進み、ようやうセーフゾーンが見えた俺達は安堵の息を吐く。
「っと危ない。セーフゾーンに入るまでは油断したら駄目だね」
「……一応敵の気配は無いけど岩もどきの例があるからねー」
ユキトと俺が気を引き締めて言葉を交わす。
「わーい! セーフエリアだー!」
「ってちょっと待ってハルッ!! だから油断したら駄目だってー!!」
「……自由だなー」
「お前さんが言うと納得できんのウ」
俺ほど従順で素直な人間なんて居ないのに、そんな事を言うなんて長老は目が曇ってるんだろうか。
「後で老眼買おうか?」
「馬鹿な事言っとらんでワシらも行くゾ」
ジグは俺の親切心を鼻を鳴らすとさっさと歩いていってしまった。
「あれ、間違えたかなー?」
「きゅー?」
俺が首を傾げるとくちはも真似して首を傾げる。
俺は進もうとして足を踏み出す。
『――しいよ』
突然聞こえた声で次の足を続ける事が出来なかった。
「くーちゃんも聞こえた?」
「きゅぅ!」
くちはがこくりと頷く。
俺は横穴に視線を向ける。
亡霊が出るといわれている小さな空洞に繋がる横穴。声は確かにこの向こうから聞こえた。
「もしかして噂の亡霊が俺を呼んでるのかね?」
俺の問いかけは虚しく横穴に吸い込まれるだけだった。




