05.彼は撫子髪の少女を見る
遅れてすみません。作者の生活が忙しいので投稿遅れます。気長にお待ちください。
一度ログアウトして休憩を挟み、もう一度『悠久庭園』を散策した俺はある事に気付いた。
鈍蜂よりも大きい蜂はどうやら一匹では出現しないようだ。更に言うなら鈍蜂の集団に存在し、まるで鈍蜂を護衛しているような状態である。
「これじゃあ手が出せない」
大きな蜂の強さは分からないが周りに鈍蜂が三匹以上いるのではどうしようもない。せめてもっと密集してくれていたら朽葉の《氷華》で取り巻きだけでも一掃出来ただろうが範囲が足りない。
でも歩き回ったお陰で鈍蜂と浮遊蝶には慣れたので、大きな蜂にさえ気をつければ大樹に辿り着く事は出来るだろう。
距離がある所為か厳つい蜂の名前が分からないなのは残念だが、その為だけに接近して危険を冒す必要は無い。
俺はなるべく倒せる敵は倒していき大樹に向けて進んでいく。途中で三回ほど攻撃を喰らったのでポーションで回復しながら進んでいく。
「……壮観だな」
眼前に悠然と存在する大樹に思わず感嘆が零れる。陽光を遮り天を覆いつくす枝葉の広がりを見上げると目の眩む錯覚を覚える。
永い年月を思わせる幹は軽く見積もって直径100mはあるだろう。苔むした幹に触れるとひんやりとした心地よい温度とごつごつした感触が伝わってくる。
俺は大樹に沿うようして一周する。
その時に警戒して歩くがどうやらモンスターは大樹の木陰には入って来ないらしい。
大樹の周りは日光が遮られ、花よりも草の方が多く生えている。案外それが敵が寄ってこない理由かもしれない。
なぜならモンスターを観察していると蜜や花粉を集める動きをしており、花の少ないここは旨みが無いのだろう。
何れにせよ俺にとっては好都合だ。
「勝手にここで休ませてもらうな」
俺は力感溢れる幹を軽く叩いて大樹に断りを入れる。意志も返事も無いと分かってはいるが不思議とそんな事を言いたくなる気分だった。
俺は草の上に腰を下ろし、早速ドロップアイテムを確認する。
Name:鈍蜂の甲殻 Category:皮素材
★
鈍蜂の黄色い甲殻。薄く脆いが加工により軽くて丈夫な素材となる。
Name:蜂蜜 Category:食材
甘くて黄金色に輝く液体。一般に広まり知られる調味料。
Name:浮遊蝶の翅 Category:皮素材
★
浮遊蝶の薄い翅。光の角度で色が変わり、洋服や家具などのお洒落に使用する。
Name:魔法粉
★
魔法を扱う生物が持つ粉。どの属性とも魔法浸透性が良く魔法の触媒や材料として優れる。
「……微妙」
ガイル達が『悠久庭園』が人気が無いと言っていた意味が理解できた。戦闘難易度の割りにドロップのレア度が低いし、蜂のドロップに至ってはレア度0の蜂蜜の方が多い。
俺は肩を落とすとウィンドウを操作して今朝買ったパンと手に入れた蜂蜜を実体化させる。
少し固めのパンを千切り、木の容器に入った蜂蜜につける。
するとそれを見ていたくちはが俺の頭上から飛び降り膝の上に座る。その目は爛々と輝き期待に満ちている。
俺は相棒のその様子にくすりと笑うとくちはの口元へパンを持って行く。くちはは俺の手に飛び付きパンを食べ始める。
よほど美味しいかったのか一心不乱に幾つかのパンを食べ終えたくちはは、満足したように自分の口元についた蜂蜜を舐めている。
俺はそれを微笑ましく眺めた後自分も頂くべくパンを千切る。そしてそれに蜂蜜を付けようとした所でその声が頭上から降ってきた。
「警告! 避けて」
「ん――ん゛!?」
俺が声に釣られて上を見ると撫子色の少女が俺の真上からこちらに落下してくる。
少女は唖然とする俺の顔を踏み台にして跳び、空中を一回転して軽やかに着地する。
着地した少女はこちらに焦って近寄り頭を下げてくる。撫子色の頭が座る俺の鼻先まで迫る。
「謝罪。ごめんなさい」
「……」
「憤慨?」
「怒ってない。吃驚して声が出なかっただけだから気にしないで良い」
「感謝」
顔を踏まれたといっても彼女は軽かったので痛くなかったのでそこまで問題ではない。
それよりも俺が驚いたのは彼女が俺の知っている人物だったからである。
『舞姫』リューネ。
格好は戦闘用の薄紅色の踊り子装束と拳を包むナックル装備で広場で見た時とは異なるがそれでも間違いない。一応本人確認しておく。
「んと……『舞姫』さんで合ってる?」
「肯定。貴方は調教師。前に広場で踊りを見てた」
「……俺に気付いてたのか」
「その白い子は目立つ」
『舞姫』さんは首肯してくちはを示す。くちはは我関せずと俺の膝の上で毛繕いをしている。
その様子を苦笑した後、俺は目の前に立つ彼女に視線を向ける。俺が気になるのは彼女がどうして上から落ちてきたのかだ。
ちらりと大樹を見上げる。足場となるような枝が生えているのは最低でも十数m上で、とても木登りが出来るような樹には見えない。
そんな俺の心情を察してかいつの間にか隣に座った『舞姫』さんが俺に問う。
「どうかした?」
「ん。……『舞姫』さんはどうして上から降ってきたのかなーって考えてた」
「樹を登っていた」
「成る程ー。……いやいやこんな足場の無い樹を登るのは無理だろ」
「否定。貴方は《ウォールステップ》を知ってる?」
俺は初めて聞いた単語に首を振って否定する。
そんな俺に『舞姫』さんは《ウォールステップ》が壁走りのアビリティである事を教えてくれる。
また《ウォールステップ》が【ダッシュ】と【ジャンプ】を各三十まで上げて覚えるアビリティである事も知った。
『舞姫』さんの話によるとこの大樹の遥か上にレアアイテムがある情報を掴み何とか登ろうと試していたらしい。
しかしなかなかに困難で色々試していたら落ちたそうだ。
俺はこの樹を登るのは無理じゃないかと思いつつ口を噤む。他人の俺が口を挟む事ではない。でも心情的には成功させて欲しいので応援の言葉は掛ける。
「んー。大変だね」
「不屈。絶賛挑戦継続中」
「頑張ってね」
「感謝。貴方はどうしてここへ?」
隣に座る少女の紅い瞳に見つめられながら俺も『モコモ綿花』を採りに来た事を話す。
静かに聞いていた彼女は無表情に頷くと、唐突に立ち上がり俺の手を取って歩き出す。
「同行希望。こっちこっち」
「お、おー」
『舞姫』さんに引っ張られて俺は大樹からほど近い花畑の一角に連れてこられる。
そこにはテニスボール大の綿花が咲き誇る白い絨毯が広がっている。思わず飛び込んでその柔らかさを味わいたい光景に『舞姫』さんは迷わず身を投げた。
呆然とする俺を彼女は真紅の瞳で見上げて誘う。
「ふかふか。来ないの?」
「……ん」
数秒躊躇ったが気持ち良さそうな『舞姫』さんの誘惑に負けて俺も白い絨毯に身を投げだす。
衝撃は無く体を優しく包み込む感触があるのみで落ち着く。
「……これは眠くなるー」
「同意」
「教えてくれてありがとう」
「うん」
俺と同じように綿花の海に身を沈める『舞姫』さんはその無感情な表情のまま目を閉じている。
目を閉じている事で目立つ睫毛は綺麗で長く、整った鼻筋や何の表情も浮かべない小ぶりな薄紅の唇。どれも作り物のような美しさを思わせる。
二人揃って地面に倒れ伏す光景は傍から見ると珍妙だろうが、当の本人達はそんな事には露ほどの気を払わずにぽつぽつと会話を交わす。
俺達は一通り柔らかさを堪能した後『モコモ綿花』の採集をする。これほど柔軟性に富むのならついでにクッションを作ってもらうのもアリだろうと俺は考える。
ログアウトまでの時間があまり無いのでキリの良い所で『モコモ綿花』集めを止め、ここに残って木登りを続けるという『舞姫』さんに言う。
「それじゃあ街に帰るよ」
「防具作りファイト」
「ん。『舞姫』さんありがと」
『舞姫』は首を横に振ると紅玉の瞳で俺を無感情に見つめ、
「リューネでいい」
「……リューネありがと。じゃあね」
「またどこかで」
手を振るリューネに俺も返しながらその場を離れるのだった。
翌日。
前日ガイルに防具製作の詳細を聞いたので最後にログアウトした始まりの街『アルスティナ』にログインする。
俺はくちはを一撫でして挨拶をすると、ユキト達がいるであろう広場中央の大噴水に向かう。
俺は噴水に腰掛けてくちはを櫛で梳き、珍しくまだ来ていない二人を待ちながら思案する。
今日も『モコモ綿花』集めの予定だが少し困った事がある。
一つは装備製作の金策問題。
昨日防具が作れなかったのは『モコモ綿花』に余裕が無かったのもあるが手持ちのお金が圧倒的に足りないのもある。
一応昨日手に入れたアイテムは蜂蜜以外換金したのだが、市場の影響で普段よりも安い値段でしか買い取れないらしい。
ガイルの話によると巷では良質な鉱石が高騰しておりその所為で他の皮素材などの需要が一時的に無くなっているらしい。
(グレンライト鉱石とかグラスノ鉱石だとかが特に高いとか言ってたなー)
【採掘】を伸ばしておらず、金属鎧や武器を買う気の無い俺にはあまり関心の低い内容だったので、詳細は覚えていない。
俺はアイテム欄を開き二十個程ある蜂蜜の内一つを実体化させる。そして同様に実体化させたパンに塗りくちはに与える。
もう一つの問題はこの大量の蜂蜜である。
Unlimited Online』は満腹値が実装されていないので食事の重要度は極めて低い。それに伴い【料理】を育てているプレイヤーも数少ない。
したがって食材素材の蜂蜜は需要が無い。同様の魚介素材の魚は原価がそこそこあったので気にならなかったが蜂蜜は原価も低く、売っても二束三文になるかすらも怪しい。
(いっその事これを機会に【料理】鍛えるかなー)
今後増えるであろう(願望)ペット全員の食事を買うよりは作った方が安上がりだし、NPC製作の物より美味しい物を与える事が出来る。
システム的にはペットに食事を与える必要性は皆無である。くちはの新スキル習得も食事以外の可能性もあるし、【氷華】だけ食事習得の可能性だってある。
勿論俺には関係ない。ペットの笑顔の為なら無意味なスキルである【料理】だって鍛える。
(近々ゲームのアプデもあるからそこで満腹値の導入とかあるかもだしなー)
そうなったらラッキー程度に考えて置き、俺はくちはを構いながら時間を潰して二人を待つ。
結局今日は何時もより一時間程待ってもユキト達は現れなかった。




