18.彼は魔女に惑わされる
あらすじ:魔女さま
「……どもー」
『クレア湖』から街に戻った俺はガイルの露天に来ていた。
黒い布に金色の糸縫いつける作業をしていたガイルは、俺の声に顔を上げると呆れた笑顔を浮かべ、
「お前もう少し覇気のある声は出せないのか。通りの喧騒に掻き消えて聞こえにくいぞ」
俺はそれに肩を竦めるだけで答える。
巨漢の男が小さい針でちくちくする様は違和感を覚えなくも無い筈なのだが、さすがは生産職というべきかガイルの姿はえらく嵌って見える。
作っているものも意匠を凝らしたデザインだ。
「……邪魔したか?」
「ん、いや急ぎの依頼じゃないから気にしないでいい。それより今日も皮を売りに来てくれたのか?」
「……ん。買い取ってくれるか?」
おう。と口角を上げ厳つい顔を更に厳つくしてガイルは道具をテーブルの端に置く。俺はトレード画面を表示しながら話を続ける。
「……買い取って貰ってなんだがこの皮って需要あるのか?」
「おう! 金属鎧の皮バンドや間接部に使ったりしてる。それにそういった所に使っても毒耐性は効果あるから重宝してるぜ」
「……へー。全身真っ赤な皮装備が出来るかと思ってた」
「そんな悪趣味なもん作るわけ無いだろ」
嫌そうな顔をされた。そりゃそうかと思い俺はトレード画面のOKボタンを押す。取引したのは皮だけで毒液袋はこの四日分残っている。
そろそろ邪魔だと思っている俺の心境を読んだかのようにガイルが笑顔で俺に言う。
「そういえば頼まれてた毒液袋の買取手見つかったぞ。俺の知り合いの調合師が欲しいそうだ」
「……おー助かる。早速場所を教えてくれ」
俺がそう言うとガイルは渋い顔をして、途端に歯切れが悪くなる。
「あー。まあ。……そのことなんだがな。……んー。紹介するのは……嫌ではないんだが。……その、問題があってだな……」
「……どうした?」
ガイルは顔についている古傷を掻きながら困ったように息を吐き決心したようにこちらを見る。
「実はちょっと変わっていてな。人を惑わす『魔女』みたいな人でな」
「……『魔女』?」
それはファンタジー世界であるこのゲーム内において珍しい響きではないのに、ガイルのその言葉は異質な雰囲気を漂わせていた。
このゲームではその自由性から思い思いのロールプレイが出来る。コハネは森深くのエルフの格好をしているしナギも姫巫女の衣装を意識していた。
もちろん魔女の格好をしたプレイヤーもちらほら通りを行き交っている。
「魔女ってのは格好だけの事を指しているんじゃないぞ。あの人に会った人々が口々にそう呼ぶようになってな……」
(リューネさんの『舞姫』みたいなもんか)
「悪い人ではないんだが掴み所の無い人だからな。もし会うなら腹は括っといたほうがいいぜ。紹介するか?」
俺の意思を問うようにこげ茶色の力強い瞳で俺を見上げる。
俺は無感情な瞳でそれを受け止め、口を開こうとして自分の口角が上がっているのに気付いた。どうやら自然と笑っていたらしい。
「……頼む。紹介してくれ」
俺にはそんな面白そうな人に会うのに躊躇う理由は無い。俺は喜んでその申し出を受けるのだった。
『魔女』は街の北西に店を構えているらしい。
俺の目の前には街を取り囲む城壁がそびえ、その足元に寄り添いお店が建っている。
ひっそりとはしているが外見からではとても『魔女』が住んでいる事など想像もできないありふれた一軒家。
《Brennholz》
看板に刻まれた文字を眺める。街路側には植木鉢が並べられ、名前も知らない草花が彩りを添えている。
俺は寝ているくちはを片腕で抱きかかえお店に近づく。
俺はしっかりとした造りの木製扉を慎重に開けて店内を窺う。
中から香草類の強く芳しい香りや植物を乾燥させた生薬臭さなど色んなものが混ざった匂いが俺を包み込む。
匂いに圧倒された俺が二の足を踏めないでいるとお店の奥から声が掛かる。
「そんな所に立っていないで中に入ったらどうかしら?」
「……あ。ああ」
俺は扉を閉め声に導かれるように奥へと足を踏み入れていく。
束ねて吊るしてある干し草や乾燥した果実の詰まった瓶などが並ぶなか進んだ先に『魔女』がいた。
所々に白いひらひらした布と金の刺繍の施された紫のローブを身に纏い、フードを目深に被った女性は唯一見える紅色の唇を笑みに変える。
そのローブ越しにでも漂う色香に俺は背筋が凍りたじろく。
「うふふ……貴方が来るのを待っていたわよ。私に用があるのでしょう?」
「……っ何で! ……ああそうか」
一瞬心を見透かされたような心地になり、次にガイルの紹介で来たことを思い出し謝る。
俺はアイテム欄から黒い布―――『黒魔女のフード』を取り出すとウィンドウを操作し、アイテムの所有権を破棄して彼女に差し出す。
「……これがガイルから預かったアイテムだ」
「あら、ありがとう。さすが彼の作品だわ。いいセンスをしている...でもそれが本題ではないでしょう?」
彼女は腕を伸ばして俺からフードを受け取る。その時彼女のきめ細やかな肌が露出に俺の目が嫌でも惹きつけられる。そんな俺の心境を読み取ったのか彼女はより一層笑みを深くした。
「……『毒液袋』を買い取って欲しい」
「ええいいわよ。早速始めても大丈夫かしら」
「……頼む」
トレードウィンドウを操作して自分側のところにアイテムを持っていく。
「そうねえ。……もし薬になりそうなものがあるなら一緒に買い取ってもいいのだけれど?」
「……いや大丈夫だ」
「そう、わかったわ」
そして彼女は自分のウィンドウを操作する。自分のトレード画面を見ていた俺はそこに入金された額に驚愕する。
「……市場よりもかなり高く買い取ってくれるんだな」
「あら、私が買い取りたいと申し出たのだから多少イロをつけるのは当然の事よ。……それとも何か貴方に不都合でもあるかしら?」
俺に不都合など無い。寧ろ願ったりの状況だが、如何せん『魔女』と呼ばれるこの女性が相手だと何か裏があるのかと勘繰ってしまう。
だからといって俺には断る理由は無い。無いのだが何か釈然としない。
すると彼女は苦笑し、
「そうね。いうなればこれは先行投資みたいなものよ。このゲームで【調教】を選んで長続きしているプレイヤーは稀だもの。……そして大抵そういった種類のプレイヤーはやり手だわ」
「……運が良かっただけ」
「だったら貴方のその運に投資するわ。貴方がレアアイテムを手に入れた時に私の元に来てくれるように期待を込めて」
そこまで言われたら俺には反論の余地は無い。
俺は頭で理解はしつつ納得はしないで画面のOKボタンを押す。
「……ありがたく頂いておく。だが期待はしないで」
そして俺は逃げるように出口に向かう。
「あら。別に普通のアイテムも売りに来ていいのよ。貴方は見てて飽きないもの」
くすくすと彼女は甘美に笑う。
俺は溜息をつくと扉に手を掛け、そこで名乗って無い事を思い出す。
「……リク。貴女は?」
「あら、そういえば名乗っていなかったわね。私は――」
そこまで言って『魔女』は悪戯を思いついた子供の如く無邪気に微笑み、
「――止めておきましょう。名乗るのはまた今度ここに来た時にしようかしら。そのしたほうが確実にリクさんが来てくれるでしょうから」
俺はその言葉に半ば呆れながら浮かんだ感想をそのまま言葉にする。
「……俺に言わせれば、貴女の方が見てて飽きない」
俺のその言葉に『魔女』はぽかんと口を小さく開けた後、嬉しそうに真っ赤な唇を曲げたのだった。




