君は一人しかいない
「ほらみろ、冬弦!!」
アダムは親友に怒りの声を上げていた。
今や、晴天だった空は暗雲で覆われて周囲は真っ暗となっている。
そして、プリュンゲルの呪いによるものか、今までいもしなかったカラスのけたたましい鳴き声と羽ばたきが彼らの頭上で巻き起こった。
さて、鳥が頭上に舞えば何が起きるか。
アダムが想像するまでも無く、すぐに実体験する事となった。
鳥から放たれた生暖かいく水っぽいものが、アダムと冬弦を狙いすましたかのようにしていくつも襲い掛かって来たのである。
「うわ!くそ!」
「本当に糞、だよ!!」
「ざまあ、あそばせ。って、きゃあ!!」
呪いを呼んだはずのプリュンゲルの足元にも大きなカラスの糞が落ち、彼女はそのしっぱねを左の脛に受けたようである。
呪いの主が呪いを受けたからか、世界はぱっと明るさを取り戻した。
「うひぃいいん。はるもが汚れた~!!」
「プリュンゲルとは残念な生き物か?」
「煽るな!その台詞でこの事態だって忘れたか?君こそ学習能力が無いのか?」
冬弦とアダムは睨み合った。
しかし冬弦はアダムに失態の八つ当たりをするような男ではなかった。
それよりも危険な人物であったのである。
「アダム、あやつを斬れば我らのアンラッキーは元通りかな?」
「斬った後のことを考えようか?冬弦」
「海宇を不幸にする可能性の排除だ。牢入りぐらい怖くはない」
「この馬鹿!!」
アダムは親友の背中に飛び掛かった。
冬弦は剣を持ってはいなかったが、右手の人差し指と中指を立てる印となる手刀を作っており、それで少女を斬ろうとしていたのだ。
「きゃあ!!」
「ほら、君は俺達から呪いを消して!!こいつのタガが外れたら、それこそ君まで不幸になるぞ」
「いやあ、だって、だって、みうもともそらもはるものものだもん!!」
ガガガガガガガガ。
コンクリートを乱暴に削る音が広場に響いた。
改造された装甲車が車両禁止の車止めを倒し、しかしその時に壊れた車止めの金属ポールが車の下部に刺さってしまったのだろう。
装甲車は広場のコンクリート地面を削りながらアダム達に向かって来た。
「アダム!」
「ちくしょう!」
アダムが手を離せば、冬弦は瞬時にアダムの腕から飛び出してプリュンゲルに向かい、彼女を抱き締めると大きく地面を蹴って飛び上った。
アダムも同時に冬弦とは別の方角へと身を躱した。
ガガガガ、ドガアン。
装甲車は誰も巻き込むことなくモニュメント時計のポールにぶつかり、止まる。
ヤシの木モチーフのモニュメントはぽっきりと折れ、天辺にあった大時計を仕返しのようにして装甲車のルーフにぶち当てた。
「はるもおおおおお!!大丈夫かあああ!」
アダムは聞きなれた声に反射的に顔を向けていた。
彼は見つけた。
必死に駆け寄ってくる彼の思い人の姿を。
制服姿では無い、女の子の格好をしている海宇がそこにいた。
白いブラウスに水色のスカート姿の彼女はソーダ水のように清涼で、アダムはカラスの糞に塗れた自分を隠してしまいたいほどである。
アダムは海宇に見惚れたが、彼の親友こそそうだったようだ。
冬弦はプリュンゲルを捕まえている手を緩めた。
「わあああ!みう!ともそらあ!!」
プリュンゲルは冬弦の拘束が緩むや冬弦を突き飛ばし、腕を広げた海宇ではなく、海宇と一緒に駆け付けた舳宇の胸の方へと飛び込んだ。
その展開にアダムは、プリュンゲルが舳宇の恋人だったのだと理解した。
そして、アダムは自分に言い聞かせた。
海宇と舳宇が最初から今も冬弦とアダムなど念頭に無いのは、プリュンゲルこそ彼らには大事な存在であったからであろうと。
「春桃、大丈夫だった?怪我は無いかな」
「うん。大丈夫。ぜんぶ、トーゲンとアダムが悪いの。もう帰ろうよ!!」
アダムは冬弦が暴走しないようにと、彼等の方へと踏み出した。
しかし、海宇の方がもっと早かった。
「そうじゃないでしょ。春桃。この事態は冬弦さんに君が掛けた呪いのせいでしょう。お願い。彼から呪いを解いてくれない、かな?」
「うわ、あざとい可愛さ」
アダムは海宇がプリュンゲルに向けた懇願の表情を目の当たりにして、感じたまま呟いていた。
それから自分がその表情を海宇に向けて貰ったことが無いと気が付くと、アダムの胸のうちでプリュンゲルに対する嫉妬の炎が燃え盛った。
もしあの表情の海宇に見上げられたら、きっとなんでもいう事を聞いてしまうだろうにと、アダムが確信してしまうほどなのだ。
冬弦もアダムと同じ気持ちを抱いたのだろうということは、冬弦が海宇を見つめる顔つきと彼が海宇にかけた言葉でアダムにはわかった。
「いいよ。海宇。プリュンゲルの呪いが君を想う私への試練ならば、私はこの呪いに勝って見せる」
「冬弦さん、ったら」
冬弦と海宇は見つめ合い微笑み合う。
アダムの中で別の嫉妬が頭をもたげ、アダムは自嘲するように呟いた。
「そうか。彼女は騎士に弱かったな」
アダムは皮肉な茶番だと笑っていた。
冬弦と海宇が、まるで恋人同士のようにして見つめ合っているではないか。
「きゃっ」
プリュンゲルから小さな悲鳴が漏れた。
アダムはたった今起きた出来ごとに、ポカンとするしかない。
舳宇が恋人だろうプリュンゲルを突き飛ばし、なんと、海宇にぶつけたのだ。
「ひどおおおい」
「春桃になんてことするの!酷いよ!」
「酷く無いな。冬弦サンに面倒があったら、僕が付き合わなきゃじゃない?春桃を抱いている場合じゃないね」
アダムはハッとした。
あの日の舳宇であるならば、彼こそはあの日のアダムの海宇だったと。
アダムの頬は勝手に緩んで笑みを顔に作っていた。




