6か国との誓い
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「沿岸警備自体は苦ではないんですよ。ただ、全ての島を完全に見張る事などできないわけでして」
「その隙に来る訳ですからね。アイザス周辺海域までやって来る物好きはいないと思っていたのですが、最近は外洋船でやってきて、底引き網漁で根こそぎ持って行く船が増えているんです」
「人が少なくて漁師の船が通らない海域を把握しとるんですわ、奴らは。クジラが掛かっても混獲だから仕方ない、マグロが掛かっても混獲だから仕方ないと言い張って、そもそもうちの領海で獲ってんだろうがって話です」
「密漁船を捕まえても、獲ったもんはもう自然に還せない。逮捕したらしたで、報復攻撃をチラつかせてくるもんでね、もう頭を抱えておるのです」
各国が集まり会議が始まった。と言っても世界会議で孤立せず足並みを揃えておきたいだけで、防衛策を考える段階などもう15年も前に終わっている。
キュイの国防は主に南極圏を占領したいギャロン帝国向けではあるが、キュイの南に広がる海域は夏の気温も10℃に満たず、冬はマイナス50℃になる事もある極寒の場所。
2か月しかない夏を目指して侵攻してきたはいいが、キュイへの上陸を阻止され物資も尽き、寒さに耐えられなくなって敢え無く撤退。
気候で撃退した例は、シール諸島近隣では通用しない。
アイザスもキュイも連合国からは遠くて主に対空戦となるのに対し、レノンやシール諸島は海上戦も加わる。レノンは島嶼地域を友好国として留めておくために議長国を務めているが、武器や人員を割く余裕はないし、島嶼部から学ぶものなど何もない。
要するに、防衛を話し合ったところで互いに参考になるかと言われるとそうでもないのだ。島嶼防衛会議は何年も前から形骸化していて、互いの近況報告をして今後も仲良くしましょうと宣言を出して終わり。
「オルキ国として、何か役に立つ場面はあるだろうか」
「オルキ国が世界に承認されるため、現在国交を結ぶことが出来たのはアイザス、フェイン王国、レノン共和国、メインランドの4か国です。あと1か国、セイスフランナも国交を約束しておりますが、現時点ではまだ……」
「オルキ国はその国交のためにこの島嶼防衛会議に出席しました。国交を結ぶに値すると判断されるだけの有益な何かを提供できなければと考えています」
もう20年もこうして過ごしてきた国と違い、オルキ達には焦りがある。国家として正式に世界から認められるチャンスは年に1回。その時期がもう間もなくに迫っている。
セイスフランナとの国交は国際会議の前日となる見込みだが、その前に国家としての要件を満たしておけるなら、それに越した事はない。
「フェイン王国を解放し、レノン共和国を救った奇跡の国。そんな国が我々の友好国になってくれるのだれば、それは勿論歓迎する事です」
「お互いの国の事を良く知っているとは言えません。けれどメインランドが認めたというなら、その同盟国であるフェアアイルが躊躇う理由はないですね」
「ならばシェルランドも国交樹立に動きましょう。これで6か国。こうしてわざわざ来て下さったのですから、オルキ王のため協力出来る事は致します」
「いいんですか!? 有難うございます!」
アリヤが目を輝かせて両手を合わせ、深々と頭を下げる。セイスフランナの王女だと知ったからか、各国の国王、大統領、首相といった名立たるメンバーが慌てて立ち上がる。
「アリヤ様、頭を上げて下さい」
「そうですよ、我々は鎖国前の時代には大国セイスフランナに随分と援助を頂いたのです」
「あの、ちょっと待って下さい!」
どちらがより畏まるかを競っている中、その空気をフューサーが吹き飛ばした。
「つまり、セイスフランナがあるからオルキ国と国交を結ぶという事でしょうか」
フューサーにとって、これはとても重要な質問だった。
まず、オルキはお情けで承認を貰う事を望んでいない。オルキ国に認めるだけの価値があると思われなければ意味がないのだ。
オルキの目的はオルキ国の繁栄よりももっと先にある。それはオルキが神に代わってこの世界の覇者になる事。世界征服と言ってもいい。
オルキが認められたのでなく、オルキ国の後ろ盾となったセイスフランナが認められているだけに過ぎないとなれば、オルキにとっては屈辱だ。
そして、それだけでなくアリヤにとっても重要な問題だ。
アリヤは本名を名乗りはしたが、セイスフランナの王女だと名乗ったわけではない。あくまでもオルキ国の外務大臣であって、アリヤは自分の力で国交樹立という成果を持ち帰らなければならない。
いつまでもセイスフランナの名前を使ってアリヤ本人を見て貰えない事態が続いたら、アリヤ自身の努力が報われない。
各国は慌ててフューサーの質問を否定した。
「とんでもない! 実際、セイスフランナとはまだ国交を樹立していないのでしょう? 勿論、我々はオルキ国を良く知っているとは言えません。同盟国が認めた事が決め手なのは事実ですが……」
「同時にオルキ国も我々を良く把握できていないはずです。オルキ国の快挙を知っている我々と違い、オルキ国は我々の何を知っていますか」
「良く知らない相手に対し、国交を樹立し国際会議で正式に国家として承認されたいとして出向いたのはオルキ国の方ではないでしょうか」
フューサーは返答に詰まり、暫く沈黙が続いた。オルキも何も言わない。
つまり、お互い様なのだ。
「申し訳ございません、失礼な言動をお許し下さい」
フューサーはオルキやアリヤのためと思って放った言葉が、相手の事情を全く考えないものだったと気付いて素直に謝った。
「……吾輩からも非礼を詫びたい。本音を言えば、我が国は焦りを感じておる。勿論、吾輩はあくまでも魔獣であって、人間とは違う都合と理で生きておる。実際のところ国として認められなくとも吾輩自身は何ら問題ない。だが、それは吾輩だけの話」
オルキは魔獣として見てきたこの世界の歴史を少しばかり語る事にした。
人間が戦いに明け暮れてきた歴史を常に見てきた事や、いつか戦いを終わらせられない神に代わろうと決意した事まで。
「吾輩の行動1つが国民の運命を左右する。国民を導けずして、どうして神に代わる事など出来ようか」
「オルキ王は魔獣で、人間に対して有効な法律など本来無関係です。私達を喰い殺したって、法律で裁く事は出来ませんし、誰も討伐は出来ないでしょう。けれどオルキ王は人間の決まりに従い、その中で人間が争いなく生きていける世界を示そうとしているんです」
「吾輩を縛り付ける鎖は多い程良いのだ。各国への誓いは吾輩を縛りつける。庇護すべき相手と見做す理由になる。人間ではない吾輩にとって、国交は吾輩への承認と同時に、人間を認めるための約束でもあるのだ」
魔獣にとって、自分を認めない相手を尊重する義理はない。平たく言えばそう言う事だ。
オルキは言葉を選びながら柔らかく告げたつもりだが、今更ながら各国はオルキが本来人として振舞う必要のない恐ろしい存在だと理解した。
「いいでしょう。圧倒的優位にあるオルキ王と対等な存在でいるためには、国交を樹立し互いに認め合う存在にならなければなりません。シェルランドは国交樹立の方針に変わりありません」
「フェアアイルも国交を結びます。互いを知らない状況ながら、互いに国交が必要である事は事実です。セイスフランナや議長国のレノン共和国といった大国を保証人に見立て、理由にするに過ぎません」
「難しい事を考える必要はないと思いますよ。互いに思惑があっての国交です。互いに有益だと思うから仲良くするんですよ。アイザスはオルキ国と交流があると大々的に広める事で、他国へのけん制に遣わせてもらっていますから」
国交を結ぶ理由ではなく、今後の関係の中で認めたらいい。そう諭されオルキも頷いた。
「……人間と関わっていれば、吾輩が人間から学ぶこともあるのだな」
こうして議会での承認がなければ動けないキュイを除き、オルキ国はついに6か国との国交を結ぶことができた。




