メインランドとの国交樹立
1時間程で事前資料を確認し、質問したい部分を打ち合わせた所で、オルキ国控室の扉がノックされた。
「失礼いたします、オークニー王が到着いたしました」
「そうか。吾輩は訪問した身。相手が人間とはいえ人間のしきたりに習うなら、吾輩が会いに出向くのがいいだろう」
メインランドの王が到着したとの連絡を受け、オルキ達は早速王が待つ部屋を訪れた。
赤い絨毯の上を歩き、農業国に似合いの簡素ながらゆったりとした造りの部屋に入ると、そこに待つ男がにこやかに立ち上がった。
「これはこれは! 皆様ようこそお越し下さいました」
壁、床、天井は、こげ茶色のニスが輝く木板で統一され、レンガの暖炉の温かみが全体を包み込む。
その雰囲気に似つかわしくない軍服を来た男がコツコツと鳴らし、目の前でやや屈んでオルキへと視線を落とした。
「お初お目にかかります、オルキ王」
「む? おぬし……」
「え? スキャパさん!?」
「えっ、え? 少し前に軍艦で……来ましたよね? えっ、国王様? どういう事?」
40代程の見た目、まだ若さを感じる笑顔。背はさほど高くもなく、柔らかな印象の丸顔の男は、つい先月島を去ったレノン軍の1人だった。
しかし、オルキ国の入国管理において、メインランド国籍の人間は1人も履歴に残っていない。もっと言えばよく知っていた男と名前も違う。
数百人いたため人違いの可能性がないわけではないが、1匹と2人が同じ反応という事は、やはりそう言う事。
国王オークニーはオルキ達の反応を予想していたかのように笑い、しっかり屈んでオルキに握手を求める。
「オルキ王なら、きっと分かると思いますよ」
オルキは目の前の男をじっと見つめ、少しだけ鼻をヒクっとさせた。
「そなた、我が国を訪れた男と違うな」
「え? 見た目も声も喋り方もまんま一緒じゃないか! いや、一緒でございます」
「オルキ国を訪れたのは、私の兄なのですよ」
「兄!? という事は」
「はい、私と兄は双子なのです」
オークニー王は嬉しそうに種明かしをし、アリヤとフューサーにも握手を求める。お初お目にかかるといったのは嘘ではないようだ。
しかし、そうなるとスキャパと名乗った兄についての疑問が残る。スキャパの名には、オークニーという苗字がなかったし、国籍もメインランドではなかった。
混乱するオルキ国側に座るよう促し、オークニー王は穏やかに話し始めた。
「兄はレノンの税関職員に一目惚れしましてね。15年前にレノンへ移住し、レノン国籍を取って奥さんの姓を名乗っているのですよ」
「シール諸島は鎖国しているのですよね? ごく僅かに貿易をしているとは聞いていますが……」
「ええ。そのごく僅かな貿易の為に向かったレノンで、税関職員に交際を申し込んだのが兄です。正確に言えばシェルランドとの合同使節団としてレノンに向かったのですけれどね」
「し、知らなかった……」
「私も聞いた事がなくて……失礼しました」
「いえいえ、小国の王子ですから当然です。当時は国王である父も、その弟である国王補佐もおりましたが、流行り病で同じ頃に亡くなり、兄はレノンに移住。私が王になるしかなくて、はははっ」
大国ではないからか、国王は一般人と変わらない調子で話し、よく笑う。
レノンに移住してからも、兄のスキャパは定期的にメインランドへ帰省するという。その兄はレノン共和国の待遇として軍の高官の地位を用意したのだが、海の上に出るのが性に合うと言ってよく軍艦に乗っているという。
それを知っていたオークニーは兄に呼びかけ、最近出来たというオルキ国について調べて欲しいと依頼した。よく似た男に混乱した裏には、メインランド側からの思惑が隠れていたというわけだ。
「ちなみに、レノンから取引にお伺いする外商の女性が兄の妻ですよ」
「えええ~っ!?」
「ですから、我々メインランド側とすれば、もうオルキ国の事は十分把握しているのです。偵察のような真似をしてしまい申し訳ございません。メインランドは、是非ともオルキ国を承認したいと考えております」
「感謝する。そうか、レノンから来た軍人は、フェイン王国の者と我が国を助けてくれた。そのため疑う事もなく信用している事を示しただけ。1人1人の目的など問う事もなかったな」
「悪事にはとことん厳しいと事前に聞いていたのでどんな恐ろしい島かと思えば、軍人の規律を守る感覚で過ごせば天国のような島だったと」
オルキ国側が終始圧倒される雑談の中、部屋の扉がノックされた。国王の呼びかけと共に扉が開き、白髪の女性が溜息を吸い込んでにこやかに一礼した。
「ごきげんよう、お目にかかれて光栄ですわ、オルキ王、カルソイ様、セイスフランナ様。首相兼、外務大臣兼、防衛大臣兼、経済産業大臣のセント・オーラと申します」
軽く挨拶を交わし、随分と大変な兼務肩書きを持つセントが椅子に着く。途端に和やかな雰囲気が一変、セントは国王に冷ややかな視線を向けて早口で喋り始めた。
「王様。御者の合図も待たず我々を置いて一人でスタスタと建物に入って行ったかと思ったら、お気に入りの部屋に真っ先に向かって、こうして訪ねて下さるまで国賓との挨拶もないとは何事ですか。しかも馬車の荷物を1つも持って降りず大切な書類が入ったケースもそのまま。まーーったく、何のためにオルキ国の方々がお越し下さったのか、ご存じのはずですが?」
「分かった分かった、すまなかった」
「いーーえ、分かっていません。いつもそうです。きっと次もそうなのでしょう。いくら外交の機会が少ない国の国王といえど、礼節についてはちゃーーんと学んでいただいたはずです。大切な書類をもし奪われでもしたらどうするのですか。1人で警戒心の欠片もなく動き回って暗殺者でも潜んでいたらどうなるとお思いですか。王子はまだ12歳、王女は8歳ですよ。あなたが良くても次期国王が困ります。私は摂政の立場などごめんですからね」
「分かった、分かったから! ほんっと説教が長いんだからもう」
「王様がちゃんと振舞いを正さないから私が怒るのです。いつまでもいつまでもいつまでも私が乳母のように見守っていなくても済むようになさって下さい。これだけ口をすーーっぱくして苦言を呈しても43歳までずーーっと変わらないのは変わる気がないという表明でございますか? 私もいい加減役職を減らしていただいて、楽な余生を過ごしたいのですが。あなたは私をどこまで働かせる気です?」
「だからセンスが国王になればいいって言ったんだ。父上も伯父様も急に死んで、兄はもうメインランドに戻る気なし。母は人嫌い、俺はてっきり夢だったウニの養殖業で気ままに暮らしていけると思ってたのに」
「まあ、国賓の前でそのような事を。それにウニの養殖を甘く見ていませんか? 王様のその調子でウニが育つとお思いで? 漁業者が知ったら呆れて失笑されますよ」
「センスが全てを暴露してくるからだろう! もう分かったから、これで勘弁してくれ、早く調印を住ませたい。えっと、書類が……」
「私が持って参りました」
「あー、じゃあペンと国印と……」
「私が持って参りました。王様が放置した荷物から私が」
きっといつもこんな調子なのだろう。これではどちらが国王だか分からない。
センスは国王を叱りながらも机の上に書類の準備をし、国王にペンを持たせる。センスは確かによく働き、口だけではなく能力も高い様子。
こんな身内の言い合いを他国の前でしてしまう迂闊さも、裏表のないこの国の姿を覗くには丁度よかった。
「コホン。どうやら、吾輩からメインランドがどのような国かを探る必要はないようだ」
そう言うとフューサーが黒インクのスタンプ台を取り出し、オルキがテーブルに飛び乗った。そのままスタンプの上を歩けば、白足袋柄の足の裏が全て黒く染まる。
「吾輩は前足で字を書くのに苦労するのでな。これで署名として欲しい」
オルキ国側の署名欄に、オルキの4つの足型が並ぶ。文字を理解できても書く事が難しいオルキでも出来る署名だ。
「随分と変わった方法ですが、十分です」
そう言ってオークニー王は自らのサインを済ませ、押印まで済ませた後、オルキ国側のスタンプ台を借りて自らの手形を付ける。
「これで良し。首相、外務大臣、防衛大臣、経済産業大臣の立ち合いにより、この調印は法的に有効なものです。オルキ国の建国を支持します」
オークニーが笑顔を見せる。こんなにもオルキが圧倒されっぱなしなのは珍しい。
セントは溜息をつきながらも笑っていた。




