島嶼防衛会議へ
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「食料ちゃんと積んだ? アリヤ、これも持って行って」
「有難うございます。会合の日が変更になって良かったのかもしれませんね」
「そうね、5人と1匹と1体の体制で島長達が会合に向かったら、あたしらだけで移住希望の人の対応せないけんかったし」
「アリヤさーん! オルキ国の名産品を出席の皆さんに渡そうって話してて。何人いらっしゃるか分からないけどどうかしら」
「4日前だっけか。なんか1人で慌ててたからどうしたのかって聞いたら、手袋の指が6本あるって……俺も大慌てで手伝ったよ。まったく」
「えへへっ、またやっちゃった」
オルキが島嶼防衛に関する会議に出席するため、島を発つ日になった。島の寒さは厳しくなったが、0度を下回るのは夜中くらい。
もうじき3島の間の波がなく浅い海に氷が張る時期だからと、釣りをする者は首都近くの船着き場を使うようになった。
本来の会議は1か月前に開催される予定だった。
しかし、レノンからキュイの船団が荒天で出港できず会議が延期になると手紙があった。
オルキ国はその間に移住希望者をある程度受け入れる事ができ、良かったと言えるだろう。
人口が増えた事で島の防衛を1人でこなすような必要はない。数名が島を出ても、島の秩序や暮らしは停滞しない。
「じゃあ、宜しくね、島長。アリヤを守ってあげて」
「勿論だ」
今回、会議に向かう船に乗ったのは、オルキとフューサーとアリヤ。珍しくイングスが留守番だ。
アリヤは外務大臣として、フューサーは元レノン軍人として。
防衛大臣としてガーミッドを連れて行きたかったが、レノン軍にとってガーミッドはかつての敵軍。複雑な思いをさせたくないからと、フューサーが代役となった。
「にゃあん」
「あんたはお留守番。随分大きくなったけど、島長と過ごす時間が長いからか、聞き分けが良くて子猫なりに手伝おうとしてくるのよ」
「魔獣に習うとは良い心がけだ。子猫よ、島を守るため良く働け」
「にゃあんー」
島で唯一の「猫」にはチャッキーという名が与えられ、子猫が視界に入ると皆がにこやかに呼びかける。
どうやらオルキの真似をし、島の巡回をこなしているつもりらしい。
「んじゃ、行ってくるとしますか。ガーミッドさん、頼みましたよ」
「お任せを。命に代えてでも守り抜く覚悟です」
「重いよ、重い」
「島を守るための武器は当面大丈夫ですが、シール諸島の防衛手段を参考にしたいと思っています。話を聞く事が出来たら是非とも共有をお願いします」
「分かった、じゃあ行ってきます」
2隻のうち最初の船に乗り込み、フューサーの操縦でゆっくりと岸から離れていく。
濃い霧が島をすっかり覆ってしまった頃、船は外洋に出て大きな波に揺られていた。
「そういやあ、連合軍が怒って乗り込んでくるかと思ったが、あれっきりだな」
「吾輩もそれが心配であった。レノンとの戦いが激化したという話もない」
「オルキ国を狙っても無事では済まないと思って諦めたんじゃありませんか?」
「そんな簡単に引き下がる集団が、20年も戦争を続けていると思うか」
オルキ達が乗った戦闘艇が島を離れていき、戻って来るのは早くても6日後。国交を結ぶための交渉に行くはずだったオルキ達は現地で何が待っているのか、知る由もなかった。
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「見えてきましたね!」
「レノン海軍で訓練していた時に何度か沖合を航行したけど、諸島の間の海に入ったのは始めてで、ちょっと緊張してる」
鎖国をしているせいで、アイザスなどごく一部の島国しか訪島実績がない。アリヤもその実態については知らないくらいだ。
「一応、レノンの手紙に乗っていた港はこの先のはず。メインランドのカーク港……あの島の先を南に曲がったところか」
連合軍の戦闘艇そのままだった外装は、レノン軍が来島していた時に一部が塗り直され、オルキ国の文字と国旗デザインが描かれている。事前通行していたおかげで警告を受ける事もなく、船はすんなりと港に停泊する事が出来た。
「ようこそ、お待ちしておりました」
「先に話していましたが、こちらがオルキ国王です」
「いかにも。吾輩が国王オルキである」
「はっ……やはり本当だったのですね」
「こちらが外務大臣のアリヤです」
「アリヤ・ウルティナ・セイスフランナです。お会いできて光栄です」
船から降りてすぐ要人用の入国審査を受け、2人と1匹はそのまま会議場へと案内された。
首都は石やレンガのブロックで補強された外壁の家々が建ち並び、裏路地を覗けば石畳が続いている。
それでも高い建物はなくせいぜ3階まで、大きな教会の塔がやけに目立ち、車用の道路は整備されているがフェインと同様幅は広くない。
せっかくだからと車で首都を一周してもらうと、それほど大きくない町である事も分かった。
半径1kmの円内に収まる程度の広さで、首都の周囲は畑が広がっている。
「首都の他には人口が3000人程度の町と、数百人程度の町が幾つか、あとは小さな村がポツポツとという感じですね。高い山がなく丘陵地が各島の中央にあり、殆どが耕作地です」
「首都にはどれくらいの人が住んでいますか?」
「1万人といったところでしょうか。農業政策を推進した事で、国民の8割が農業、酪農、畜産、もしくはそれに付随する仕事に就いています」
メインランドの人口は、小さな島々も合わせておよそ3万人だという。フェイン王国の3分の2程の国土面積だが、耕作可能な土地が多く、食料生産能力は数十万人分を賄えるほど。
シール諸島の中では一番人口が多く、おおらかな人が多い。シール諸島内でしか交流を持っていないせいで経済的に裕福とまでは言えないものの、工業国のシェルランドは鎖国中でも少量をレノン向けに輸出している。
そのシェルランドと防衛を担うフェアアイルへ安定した食料供給を行う事で、収入が途絶える事もなくいたって平和な暮らしを送っていた。
「オルキ国の3島を合わせたよりも、島は随分大きいようだ」
「広さだけで言えば、30倍くらいになるな」
「そう考えると、オルキ国の適正人口はせいぜい2000人くらいでしょうか」
「21㎢のナウラや10㎢程のコロールなど、オルキ諸島よりも面積の少ない国があります。人口はそれぞれ1万人、2万人となっていますから、2000人は幾らなんでも過小評価かと」
「でもオルキ国は山地の割合も大きいですし、羊たちが暮らすのに十分な土地を用意するなら、それでも3島合わせて1万人まででしょうか」
他国の人口と人口密度や発展は今後の参考になる。オルキは街並みと人口の規模を考え、まだメインランドの小さな集落程の規模しかない自国の現状を思い知った。
会議場に着いた時、別の控室にはもうキュイの国王と議員団が到着していた。メインランドとキュイの2か国と国交を結べたなら、これでもう5か国達成だ。
レノンとはこの会議で正式な調印を行う。メインランドやキュイにもアイザス経由で連絡を取り、国交を結ぶことについては良い返事を貰っている。
「会議前にメインランドの国王と面会を希望しておりましたが、可能でしょうか」
「はい。国王も会議に出席しますから、間もなく会場に入られますよ。是非と仰っておりました」
オルキ国の控室に通され説明を受けながら、アリヤとフューサーは事前資料に目を通す。オルキは自らの方針などを話し、詳細な手段や手続きについてはフューサーとアリヤが説明する。
「アリヤはまだ外交に関して知識や経験があるけど、俺は高等学校までしか出てない一般人だ。相手は国王や首相、一流の経歴を持つ要人だろ? 話について行けるか不安だな」
「大丈夫ですよ、国の設立はそのようなものですから」
「吾輩は学校なんぞ敷地に入った経験もないぞ。問題なかろう」
「数千歳の島長に言われても、全然慰めにならねえんだよなあ……」




