刑場での後悔
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「あいー、おはよごす」
「おはよごす、今朝はさんびぐてわがね」
「おい、あれって……」
「あ? なもめね」
「こっからめる、だいだが、あれ」
「なもめねって」
「したはんで! こっちさこ!」
「あ? こんな朝から刑場に誰かい……わっ、はっつけ!?」
朝靄の中、灯台の光がまだ暗い空を広くぼんやり照らしている。
時刻は時計が正確であれば午前5時。
早めに起きて家畜の世話を始める島民2人は、いつも刑場の横の道を歩いて干し草が積まれた厩舎に向かう。
近寄って目を凝らすと、罪木に縛られた2名と目が合った。
「い、いつの間に!?」
「やいやー、どしてらど!? ただでねえ、早ぐみんなば呼んでけ! ちゃっちゃとほれ!」
「なだばわだめがして、おめが行け! おめが島長さみやしあげろ?」
ズシム語で喋る事に努めていても、咄嗟の時にはジョガル語が出てしまうらしい。ズシム語圏の者がついて行けない会話を繰り広げながら、2人は揃って集落へと引き返していった。
「おーい! だいだか、刑場にはっつけてらど!」
2人が大騒ぎしていると、まずオルキとイングスが住む小屋の扉がスパンと開かれた。
次の船で蝶番が届くのが早いか、扉が割れるのが早いか。
「僕はおはよう」
「ああ、イングス。おはよごす、島長は」
「いるよ。君もおはよう」
「ん~、どうした、まだ作業の時間には早過ぎねえか」
「なんしょーるん、こんな朝から。毎日農作業でえらいのにたいぎいでやれんわ」
「あーもう、やっと2度寝に就いたと思ったのに。何? 連合軍でも来た?」
「え、連合軍が来とるならまずくない? どうしたと、何かあったと?」
イングス、ケヴィンに続き、ジャン、ソフィア、その他の者も続々と起きて来た。港周辺の家に住んでいる者以外、25名ほどが寒そうに両腕をさすりながら2人の後を続く。
ズシム語、ジョガル語、ロジ語、ギタンギュ語と4つの言語が混ざり合い、会話は全く進まない。
「寝ぼけてすっかり言葉が戻っておるの。ズシム語で話せと言うておろうに」
「あ、あれでがす、あれです!」
「え。いつの間に磔刑に……昨日何か裁判あったっけ?」
「してないはずです。誰が……」
皆がオルキに目をやる。
「吾輩の前足であんな縄を結べると思うか」
「思わないけど。じゃあ誰がやったんやろ。何か悪い事をしたっち事?」
「あいつは煙草の吸殻を放置した。あっちは釣り糸を放置した」
皆がオルキに目をやる。
「……それを知ってるって事は、島長が裁いてイングスが執行したんやね」
「僕は人間を調理しないよ。捌いたら死んじゃうでしょ」
「その捌くじゃないんだよなあ」
「じゃあ砂だらけって事だね」
「砂漠じゃない。裁くって、人の行動や善悪を判断して、公正な結論を導き出すって事!」
「そうなんだね」
イングスの頭の中で砂漠にいくつもの罪木と縛り付けられた死体が建ち並んでいくが、会話が終わったおかげでそのお花畑ならぬお墓だらけは訂正されないままになった。
「つまり、島長が判決を下した?」
「吾輩が独自調査を行い、犯人が見つかった。事実であると認めたため、法律に従って磔刑に処した」
ソフィアはイングスが止めたおかげで、自身の能力を使って犯人捜しをしない。
そうなれば当然発見した側とはいえ、ソフィアやジェシカ達も調べられるのだから、全員が全員を疑う。
近隣の人間を疑い、いつ何を告げ口されるか。そんな疑心暗鬼が今の段階で蔓延しては国が成り立たない。オルキは国民同士の諍いにならないよう、先に動いたのだ。
「でも、磔刑はやり過ぎじゃないでしょうか」
「何を言う。吾輩が死刑を下し、その場で喰ってやってもよかったのだぞ」
「アリヤ、忘れてんだろ。この国の刑罰、はりつけか死刑かしかないんだぞ」
「あっ……そうでした。禁固や懲役刑、罰金刑の選択肢はないんでした」
例えばこの場合、「国の秩序を乱す行為は、はりつけの刑、もしくは死刑とする。はりつけの期間は裁判で決める」という条文を当てはめられ、磔刑を言い渡すに至った。
「期間をどれくらいと定めるべきか。朝になれば皆に尋ねようと思っていたところだ」
「……普通、陪審員って量刑じゃなくて有罪か無罪かを相談するんじゃ」
「陪審員制度なんかねえじゃん。まあ、反省するまででいいんじゃないっすかね」
アドバンの意見に皆が頷く。問題は反省したかどうか、どうやって確かめるのか。
気温は5度。寒い中、寝巻姿で放置された罪人2人は寒くても身じろぎすら許されない。唇だけでなく顎からガクガクと震わせ、ただただ皆を見下ろしていた。
「えっと、ドルガさんの旦那さんと、エバンさんだよね」
「……ボクス先生!? え、うっそ! エバンさんは農家の」
1人は妻と共に移住してきた島で2人目の教師ボクス。もう1人はゴレイ共和国からレノンに亡命し、そこから更に海を渡ってやって来たゴレイ国の元役人のエバン。
それぞれ将来は国の要職を期待される存在であり、まさか決まりを破るとは思われていなかった。
ボクスは今日の見張り当番。ガーミッドが島の南の灯台に、ボクスは島の北東の灯台にいるはずだった。
「イングス、ドルガさんをここに連れて来て! 多分まだ寝てて気付いてないと思う」
「はーい」
「あんた、奥さんどうすんの! 何、煙草をポイって捨ててたって事?」
「もも、も、申し訳、ありませんでした、どうか、ゆ、許し……下さい」
「駄目だって知ってたよな? 吸う場所を決めてる時、あんたもいたじゃん! 喫煙者は大変ですねなんて笑ってたよな、え、あんた煙草吸ってたの」
「い、以前やめて、でも環境が変わってストレスでつい……つ、妻に、な、内緒で」
「ちょっと待った、それおかしいよな? 吸ってないのに荷物と一緒に持ってきて、島に来てから吸いだした?」
「そんな事ありますかね」
「っつう事はイングスに頼んで商人から買ってもらったって事か」
フューサーが睨むと、ボクスは口を結び、足の指をしきりに動かす。
「誰か内緒で渡してた? 別に喫煙自体は違法でもねえし、咎めるつもりはねえけど」
「喫煙者全員集めて、同じ銘柄の吸ってる奴から聞き出せば分かる話っすよ」
「……ちょっと待って下さい。この前、アドバンさん煙草が減ってる気がするって、言ってましたよね」
アリヤの発言で皆の時が止まった。
「え、俺のタバコ盗んだんすか、マジすか。泥棒っつう事っすよね、え、マジ?」
「そうなんですか? 元々持っていたのならそう言って下さればいいだけの話です」
「この期に及んで嘘など付けばどうなるか」
「嘘なんかついてもあたしには隠……こ、こげん時の嘘、見抜くの得意やけん無駄ばい!」
ボクスは恐怖で涙を流し、震える唇で「盗みました」と告白した。
数名で港建設をしている時、アドバンが私物を置いたまま用を足しに行った事があった。
その際、2本を抜き取ったのだという。
火は家でも使うため問題ない。だが、煙草の吸殻の処分に困ってしまい、1つはポケットに入れていたがいつのまにか紛失。もう1つは小川に捨てたつもりだったが、運悪く集落付近の浅瀬で引っかかっていた。
「吾輩は許さぬ。貴様、煙草を盗んだ事までは明かさなかったのう。しかも、はじめは吾輩を相手に白を切ろうと謀った」
「し、仕方なかったんだ! ここに来る前に色々あって、もし次やって妻にバレたら離婚って話だった! 改心していたんだよ! なのに皆が貴重なタバコだと大事そうに美味しそうに吸いやがるから!」
ボクスは悔しそうにアドバンや他の喫煙者を睨む。だが、吸わないと決めたのはボクス自身。
他人が吸っている事を理由にするのはただの責任逃れであり、反省の欠片もない。
「何言ってんすか、奥さんとの約束破ったんすよね。我慢しなきゃいけねえ奴はするしかねえんすよ。病気で吸っちゃいけねえ奴は吸えねえし、好きなもんも食わねえんすよ。好きな人のために守るんすよ」
「改心していたのは本当だと思う。島長が滞在を許可したんだからな。でも、ずっと誠実でいたからもうそろそろいいだろうなんて事ないんだよ。一生あんたは裏切っちゃいけなかったんだ」
「ちくしょう、あの時煙草の匂いをさせながら戻って来たお前が隙さえ見せなければ、俺は今も我慢出来ていたはずなのにどうして……」
「それは後悔であって反省ではないでしょ。上手に後悔して何か意味があるのかい」
「イングス!」
イングスが戻って来た。その背にはボクスの妻、ドルガが乗っている。
「あ、あなた……」




