島民達が得たもの
条件付き無罪となった捕虜は、ソフィアの能力やオルキの「味見」をパスした者だ。
帰りたくないと言った者の中でも等級が低く、オルキ国の為に忠誠を誓える者。
医療、教育、科学、機械工学、建築土木、法律などオルキ国が求める知識または技能を持つ者。
それらに当てはまったのは10人。10人はオルキ国への移民として受け入れられる。
ジョエル国籍が3人と、ギャロン国籍が7人。男が7人、女が3人だ。
「み、みんなかえでまった……」
「わんつかしずかにしろ、きまがいるど」
オルキに忠誠を誓えるが求める技能を持っていなかった者は、はりつけの刑になった者と共に、「オルキのお食事会」を見学させられた。
更に3日間で合計50時間、空港建設のためにクニガ島の平地をひたすら整備する事に。
なお、はりつけの刑でも改心が見られなかった者と、オルキに忠誠を誓えなかった者は、お食事会の食事側で参加している。見学側は恐怖で卒倒する者が続出し、もうオルキ国に反抗する気など起きない。
祖国に帰還出来たなら、オルキ国に攻めてはいけないと熱心に訴えてくれる事だろう。
「貴様らはオルキ国民として、この島のために生きる事になる。それを選んだのは貴様らだ」
「い、いぬる事は叶わんのですか」
「犬?」
「帰ってはいけないのかいって」
「出国は認めぬ。少なくとも貴様らが信用に値すると証明できるまではな。出国を認めても国交のない国への渡航は認めぬし、もし亡命など考えてみろ、必ず探し出して喰い殺す」
「は、はいっ」
「そりゃそうだべ、まねあーっつってんべ」
島に残った者の理由は様々だった。
オルキに反抗しても、連合軍に勝ち目はないと悟った者。
自国の間違いを認識しつつ、戦場から離れ、罪を償いながら慎ましく暮らしたいと願っていた者。
目を背けたくなる傷を負った者を治療する事がトラウマになった医者もいた。
ガーミッドがそうであったように、敵も決して戦争に参加したくて参加している訳ではない。
オルキは当初に比べ、ずいぶんと柔軟で優しくなったと言える。
「貴様らを善人だと判断した吾輩を裏切るなよ」
捕虜改め入植者達は、小刻みに頷く。
「フューサー、ソフィア」
「はいよ、何だ島長」
「こやつらに島の決まりを教え、家を用意してやってくれ。足りなければ2人で1棟でも仕方あるまい」
「分かった。島長、もうあたしらと同じ島民として、平等に扱っていいんよね」
「我が国の民になったのだから、悪事を働かなければ厳しく当たる必要もあるまい」
「分かった。この中にイングスを撃った人がおるかもしれんけど、詮索はせんどく」
「どうせオルキ諸島から出ようと思ってもおよそ無理だからな。清く正しく生きていく方が簡単っちゃあ簡単だな」
「あたしは他所で生きる事とかもう全然考えられんけどね」
オルキは10人の覚悟を受け止めた。国民を差別するような狭量な国王だと思われては名が廃る。全員に仕事を与え、全員が平等に食事や物資を受け取れる。
目指すは資本主義。だが小さな共同体が発展するには、一時的な共産主義もやむなしというのがオルキの方針だ。
ずっと共産主義ではノルマ以上の働きをしない者が出てくる。それどころかノルマに達しなくても努力しない者、努力をしても報われないと不満を溜める者も出てくる。
どこかのタイミングで成果主義に切り替えたいところだが、まだまだ国民同士で差がつくべき段階ではない。オルキはその切り替えを人口100人からと考えていた。
「フン、いずれ帰ることを選んだ者達が羨む日が来る」
「島長、皆さんのお仕事はどう割り振りますか? 軍医をされていたお医者様が2人、学校の先生が1人、機械に詳しい方もいらっしゃるんですよね」
「発電の安定が第一だ。機械に詳しい者を1人、それに詳しくないがやる気がある者を1人助手として選んでくれ。教育者は1日2時間、イングスに教育を」
「助手に知識と経験を与えるのですね。教育については偏りがないか確認するべきと思います」
「我が国の法に従う者だぞ? 思想が合わぬなどと馬鹿げた事は言うまい」
土木・建築業が3人、農家が2人、教師兼農家が1人、医者兼牧畜が2人、機械技師が2人。これに国の大臣を兼務しつつ農業、牧畜、建築、料理、衣服製造などをしていたケヴィン達が加わる。
今までは何をするにも兼務で時間がかかっていたが、人手が増えた事で生産性が上がる。
問題はそれぞれを成すための道具だが、それは手に入れた巡洋艇でおおよそ補う事が出来た。
船を整備するための機工具一式、鉄板、発電機、ランプ、電線、調理器具、医療器具や薬品、身の回り品も布団類も十分。
レノン軍が持ち帰ったもう1隻の備品も、支障がない程度に貰っている。
「お金についても、これからの貿易に役立つよね」
「通貨がダールってところが悩みだけど、大陸の国ならどこでも使えるぜ」
「1ダールが5.5クロム、100イエン。船の中にあった資金は50万ダールだから……」
「275万クロムですね。沈んだ船の物資が惜しいところですが、仕方ありません」
フェイン王国から贈られた分と、地道に稼いだ島の資産を合わせると、もう700万クロム(=1億3000万円弱)を超えている。貿易で必需品を購入するのに不安のない金額に到達だ。
お金に変える事は出来ないものの、巡洋艦2隻で既に100億クロム相当。その他物資まで合わせたなら、たった15人+1匹+1体の国民で稼ぎようのない額になる。
「ケヴィン、ガーミッドさん、イングス、3人とも船の整備を学んでくれないか。整備担当だった奴が2人いたよな」
「整備の時に一緒に見て、作業を教わるよ。不足しそうな部品があればチェックして、アイザスやレノン経由で輸入って事で」
「皆さん、リック軍医が呼ばってはんで、軍医のえさ行って下さい」
「え、え?」
「あー、わだすズシム語が苦手だはんで、まんずめやぐだじゃ」
「リック軍医が呼んでいるから、リック軍医の家に行って下さいだって」
ジョエル連邦から来た者はジョガル語を話す。ギャロン帝国から来た者はロジ語。ズシム語を聞いて理解する事は出来ても、話すとなれば難しい。
特にオルキとソフィアはジョガル語もロジ語も理解できないため、イングスの通訳でようやく意味のある言葉だと認識したくらいだ。
「共通語はズシム語だ。ズシム語で話せるよう努力せよ」
「わ、わがったでがす。ギャロンと連携を取るのにズシム語をさべっていたんだども……慣れねぐて」
「ジョガル語はいたしいけえのう、やり取りもやねこいんじゃ」
「いや、ロジ語も十分難しいって」
言葉の壁が時に誤解を生み、分断を生んでしまう事もある。次の移民受け入れはズシム語が分かる者に限定すべきかなどと話しながら、島民は軍医リックの家に向かった。
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「健康状態は問題ないようですね。隔絶された離島で数年暮らしていたにしては、栄養も不足していないようですが……ソフィアさんが若干貧血気味です」
「あたし、ギタンギュにおった頃からそうやったけんね。むしろ今の方が元気なくらい」
「え、今よりも唇真っ青だったのか」
「うっさい」
「鉄分は分かんないけど、その他の栄養については確かに十分かな。野菜も取れるようになったし、最近はアイザスの贈り物とか、フェインの贈り物とか、連合軍の船に載っていた食料もあったからな」
「島で全て補っているとは言えないけど、人口が増えてお互いに利益を生むようになれば、アイザスやレノンとの貿易で手に入るようになりますね」
軍医のリックが元からいた5人の健康診断を行ってくれた。幸いにも大病を患っている者はいないという。獣医は専門外だがオルキの事も診てくれた。イングスが人形である事は既に言ってある。
「今回は僕が診察しましたけど、実は防衛医大出身のジャンさんの方が腕はいいんです。怪我をした時はジャンさんに頼んだ方がいいかもしれません」
「私は外科医ってだけよ。内科のリック君と専門分野が違うけど、全く知識がないって訳じゃないから、どっちでもいる方を頼って」
リックとジャンは戦場での手当以外なら何でもすると言って苦笑いを浮かべる。
「……人を救うために医者を目指したのに、いつの間にか私が救った兵士が誰かを殺す世界になってた」
「ジャンさんと話したんです。医者としてこの島に来た意味が必ずある。最先端の医療はできなくなったけど、もう救う事への罪悪感から抜け出せるって」




