見送りと恋話
身分調査と裁判には結局3日かかった。イングスが2日遅れで全員のクラクスを作り上げ、公正な裁判の結果、96名が死刑、44名がはりつけの刑、39名は条件付き無罪を下された。
懲役刑も考えたが、島で養う余裕はない。オルキは国民と相談し、数日のはりつけと軽作業で済ませ、さっさと帰す事にした。
「レノンの船の燃料は大丈夫ですか? フェイン王国まで皆さんを送って下さるのですよね」
「問題ありません! しっかり送り届けますよ。いやあ、長閑で世の中の争いとはまるで無縁のようでしたよ」
「国へ帰ればまた防衛戦の日々ですが、オルキに滞在した1週間は束の間の休暇になりました」
レノンの兵士とフェイン王国の兵士、そこに連合軍の捕虜を入れると、オルキ国が想定した人口を超えてしまう。つまり、大勢を長期受け入れる体制などまるで整っていない。
空母は全員の衣食住を十分に賄えるとしても、飛行艇20機のパイロットと整備係だけで100人を超える。
船の運航に50名、維持管理に800名、迎撃に50名、医師10名、看護師20名、食事や掃除などの係が100名に、各作業補助が100名。
ここにフェインの15名と、連合軍の戦艦2隻の乗組員が合わせて約100名、救助した70名が加わる。
全員が島に上陸するわけではないにしても、数百人が何往復か歩いただけで草が踏み分けられ土も踏み固められた。たった4日で小屋を4棟組み終わり、倉庫を含めて集落の建物は15棟になった。
港の4棟を合わせると、数十人規模の島と遜色ない。
「連合軍のここ1か月の被害は甚大で、そろそろ停戦協議に入るという情報もあります。20年の戦いで和平軍が成し得なかった事を、オルキ国がたった1週間でやり遂げたようなものですよ」
「そんなに卑下しなくていいと思いますよ。俺もレノンの兵士だったから気持ちは分かりますけどね」
「あー……そっか、今回の8隻+2隻に、フェイン王国に向かう時の投石で破壊した戦闘機と戦艦が……」
「その日、戦闘艇は13機、戦艦は26隻当たったよ」
「す、すげえ……」
「その戦艦に空母も含まれていたようで、連合軍は空母2機、戦闘機50機を失っています」
レノンがオルキ国側についたのは、オルキ国が約束通りフェインを解放して見せた事よりも、この戦果が大きいという。大統領は正式にオルキ国を承認すると宣言し、状況が落ち着けば訪島する計画らしい。
その打算的な行動に納得がいかない部分もあったが、オルキ国はまだ大国との正式な繋がりがなく、国家としての箔がない。
「フン、ならば吾輩も打算的に立ち回るとしよう」
オルキ国は徐々に認知され始めている。レノンが国に帰り、捕虜達が証言をしたなら大国を1つ攻めるくらいの準備が必要と分かるだろう。
それに連合軍がオルキ国を攻めるには、レノン周辺の海域を通過する必要がある。
和平軍に入らなくても、レノンと同盟を組む。それは同時にフェイン王国よりもはるかに好戦的なオルキ国の牽制にも役立つ。連合軍側も内心助かったと思うだろう。
「それでは、我々はレノンに戻ります! 連合軍戦艦1隻の提供、感謝します!」
「オルキ側は1隻譲って頂けただけで十分です。飛行場の整備も進めますし」
連合軍の残った戦艦2隻は巡洋艇。そのうち1隻はレノンに引き渡した。これで連合軍の攻撃性能などの解析ができるという。
フェイン王国が返してくれたオルキ国所有の戦闘艇は、何年も前にレノンが解析済み。無傷の巡洋艇が手に入った事はとても大きい。これだけでフェイン王国の護衛をした甲斐があったというもの。
集落から村までの道を、また数百人が歩いて戻っていく。小さな港に不釣り合いな空母は、喫水に不安があったため満潮を待っての出航だ。
島が人間に発見されてから、こんなにも大勢の声が響き渡った事があるだろうか。
昼も夜も笑い声が響き、夕暮れの早くなったヒーゴ島は霧の中にあっても陽気が溢れていた。
「また来て下さい、きっとですよ!」
「ソフィアちゃーん! また会いに来るよー!」
「あんたは来んでいい!」
島民と仲良くなった者もいる。ソフィアはこの数日で5人、アリヤは8人から交際を申し込まれ、レノンに一緒についてきて欲しいとまで言われた。
女性隊員もいて、特に若いケヴィンは可愛がられた。大事な時期に兵士を引き抜く事は出来ないと断ったが、オルキに移住したいと言い出した者も1人や2人ではない。
「ふふっ、ソフィア、求愛されてんじゃん」
「はあ!? あんなん冗談ばい! あたしよりアリヤの方がぐいぐい来られとったけど?」
「わ、私はまだ、えっと、りょ、両親にも許可を貰っていませんし!」
「ケヴィンもお姉様と距離が近かったよな? なあ?」
「やだよ、あの人酔ったフリして無理矢理乳揉ませようとしてくんだもん。それよりフューサー狙いのあの小柄な子、絶対また会いに来ると思うぜ」
「ん? まあ、その時は考えるよ。そういえばガーミッドさんはどうだったんだろ」
普段は人間が実質5人しかいないため、恋話などで盛り上がる事はない。しかし話さないだけで興味はある。
「わ、私は年長ですから……」
「ガーミッドさんは多分1人くらい遊んだんじゃないか? 男女構わず面倒見てたから慕われてたし」
「誰だ? まさか……相手はあのオネエのお兄さん?」
「えっ!? ち、違いますよ! というか、私はそんな簡単に一晩を過ごす程軽くありませんよ!」
「そうよ、それにあの人は途中でケヴィンに乗り換えたでしょ」
「俺は拒否したってば! しかもアイツ俺の乳揉んでくるんだもん! 怖ぇよ」
「あの人、ケヴィンも狙ってたのか。イングスにも可愛いって言って頬をムニムニと両手で触ってた」
「あー、イングスに真顔で可愛いのは猫だよって言われて、子猫を渡されて撃沈してた時な」
「えっとイングスは、大丈夫だよね?」
皆がイングスに目を向ける。イングスはオルキのしっぽにじゃれる子猫をじっと見つめているところだった。
「確かに、イングスくんってハンサムだけど可愛い感じもありますよね……ねえ、イングスくん」
「はーい」
「ねえ、その……イングスの頬を両手で触ってキャッキャ言っとった人と、何かした?」
「うん」
イングスの返事にその場が静まり返った。この先を聞いていいのか、それとも聞いてはいけないのか。もしもの事があればオルキが黙っていないだろう。
「事と次第ではソイツを処刑しなければならぬ。イングス、どうであった」
「抱いてって言われたから、抱いた」
「えっ!?」
衝撃の発言が飛び出したため、フューサーは編み棒を落とし、ケヴィンは髪に両手を挿し入れ、信じられないといった表情でフリーズ。
「抱っこしてあげたのに、違うのって怒られた」
比喩表現など通用しない事が逆に良かったようだ。沈黙は長く続かず、皆は良かったと胸を撫でおろす。
「ま、に、人形じゃなけりゃ、健全な青少年として良い経験したかもな」
「いけません、アイツは駄目です。男でも女でも別に文句は言いませんが、節操のない方を相手にしてはいけません」
「いい? イングス。相手は選ばなきゃ駄目なの。誰かに告白されたら、必ずあたしらに相談する事。分かった?」
「はーい」
そろそろ集落に戻らなければと皆が来た道を戻り始める。即席の横穴の中に、死刑囚はいない。
「つい先日、アイザスの船を見送ったばかりだったな」
「そうだなあ、こうして訪問客が定期的に来てくれたら、この島も賑やかになるんだけど」
「レノンの皆様はとても感謝しているようですね。洋上の戦力を削ぎ、動物達の逆襲で陸路での侵攻も止まったと喜んでいましたよ」
「レノンの北洋へと流れるカロライ川流域は、世界のワニ分布の北限と言われてる。そのワニがかなり大暴れしたようだぜ」
フューサーからワニの話を聞かされ、ソフィアとアリヤが嫌そうに顔を覆う。
「人類史最大の被害とまで言われたようだ。これから冬になり雪が降ると、湿地の状況が分からず戦車が出せなくなるんだ。春は雪解けで一帯がぬかるむし」
「その前に攻めようとしたら、動物達の一斉逆襲に遭ったという事ですね」
「そういう事だろうな」
「さーて、戻ったら今後をマジで考えないとな」
「そうですね、条件付き無罪とした捕虜達の処遇を考えましょう」




