オルキ国民の証を
国王が1人ずつ舐めて判断。
いくら猫の姿だとしてもそんな入国審査は前代未聞。しかも、オルキがいない時は審査が滞る事になる。
「いずれ船と飛行機、2つの手段で来島する便が出来たなら、島長は常に双方を行き来しなくちゃいけない。確実な方法ではあるけど、現実的ではないな」
「そうなんだね」
入国審査、移住審査については、どこの国でも頭を悩ませる課題だ。移民や難民を受け入れ過ぎて治安が悪化、安価な労働力が流入して失業者で溢れ、国家の危機にとなった例もある。
反対に移民を一切受け入れない事で、他国の長所や交流が限定機となり、発展速度が極端に落ちている国もある。
オルキ国は移民を受け入れなければ発展出来ない。入国審査の段階で確実性を求めてしまうと、優秀な人材を逃す事にもなってしまう。
「島長、そもそもの話なんだけど。悪人が入って来るだけなら別に問題ないよな」
「悪人が入ってきたら駄目やん、何言っとるん? フューサー」
「いやいや、悪い事をしなけりゃいいと思わないか? 何のための国王肝入り刑法だよ」
「ああ、はりつけの刑や死刑の可能性だってありますね。オルキさんが自信を持って掲げた法律ですから、効果は高いと思います」
悪人であるかではなく、悪事を働くかどうかが重要と主張するフューサーとガーミッド。対するソフィアは悪人の入国を未然に防ぐべきだと主張する。
「どちらの考えも、決して間違いではないです。ただ、入国した時は善人でも、何かのきっかけで悪人になってしまうかもしれません」
「その反対もあるよな。かつて悪人だったけど、その罪を償ってお釣りが来るくらい聖人になって人々を救う人もいる」
「ふむ……それぞれの意見がもっともらしいな。良かれと思い余計な事をする無自覚な悪人、偶然に良い行いをする無自覚な善人もいる」
「セイスフランナでは、いったん入国した後でも各国に犯罪歴などを問い合わせます。セイスフランナについては、犯罪歴があったり無職の人は出国を制限しています」
国王が舐めて判断、という方法は却下となっても、方向性については色々な意見が飛び交う。
水際作戦なのか、国内での行動を思いとどまらせるべきか。国王オルキはそのどちらにも頷きながら首を傾げ、素朴な疑問を投げかけた。
「悪人が入って来る事は駄目な事なのか? 何か悪い事をするなら吾輩が美味しく喰らってやればよい」
「被害者が出ちゃまずいだろ」
「だが、悪人が悪事を働くかも、善人がいつまでも善人でいるかも、何も分からぬのだろう?」
「まあ、そりゃそうだけど」
「防ぎようのない事に頭を悩ませる時期なのか。移民や来島人数を絞り、我が国の刑法を確認させて入国を希望する者を入国させたらよい」
「まあ、最初から移民希望させてそこで審査しなくてもいいんだもんな」
「逆に、オルキ国に慣れないうちから移民として来て、合わなくて帰りたくなっても祖国には戻れないなんてのが一番可哀想だ」
人数を絞り、オルキ国のやり方に同意し遵守出来る者だけを受け入れる。移住希望者であっても、住んでみてやはり気が変わるという事もあるためお試し期間を設ける。
「オルキ国の説明や、問題行動への処罰方法などを感情、同情を抜きにして淡々と説明できるイングスが適任であろう。入国時にそれらが書かれた紙を渡しても良い」
「僕の仕事?」
「ああ。当面頼めるか」
「はーい」
少しずつ柔軟な意見が出始めた事で、次は現実的な問題だ。
「俺達、まだ身分証と呼べるものを何も持っていないよな。だれが政府で誰が一般国民かも決まってないし」
「確かにそうですね。オルキ国民である事を証明するものを何も持っていません。私はセイスフランナの旅券で身分が分からないよう、平民としてのものを使っていましたし」
「え、どういう事?」
「……あまり多くを語れないのです。ただ、王室の人間は有事に備えて正式に名前を2つ持っています」
オルキ国民である事を証明するもの。国民証、住民票、本籍地登録、それらがまだ一切作られていない。
オルキが認めたから国民である、というやり方は内部的には成り立っても、対外的には問題だらけだ。
「旅券というものは、どんなものなのだ」
人間のルールや国際法に疎いオルキのため、皆がどんなものかを教え、アリヤを除く4人が自身の所持している旅券を見せて説明した。
「ほう、入国と出国でこの模様を押すのか」
「そう。この旅券を作らなきゃいけないんだよね、まずは」
「それは海外に行く場合だろ。住民票と、何かオルキ人だって示せるバッヂとか身分証を作らないとな」
「定型を作って、偽造が難しいもの、ですね」
島には印刷機がない。タイプライターは貰ったが、紙切れではいくらでも複製ができる。
「紙は木の皮さえ集めりゃ何とか作れるけど……同じような紙用意されたら判断できないし、手作りで対応するには限界もある」
「やっぱり文明的な機械が欲しいですね」
「それよりも5か国目の承認を得ないと、国家として主権を認められなきゃ旅券なんてあっても意味がない」
皆がしばらく考えた末に、まずはこの国で初めての住民台帳を作る事になった。
と言っても、今記入できるのは氏名と生年月日くらいだ。
「おそらく1年や2年で1000人を超す事はない。いずれ書式を改めるとして、たちまち偽造が難しい用紙に記入して、島長が右前足の肉球で承認印を押す」
「とりあえずは名前と生年月日ね。住所は……何も決めとらんけん後日として、あ、写真! ケヴィン写真機貰ったよね!?」
「ああ、フィルムはまだあるはず」
インスタント式で、映せばフィルムが1枚出てきて、時間と共に浮かび上がってくるもの。それで各自の顔写真を撮り、台帳に貼れば照合も楽になる。
「10本の指の指紋も採取しましょう。事情があって指が使えない場合、セイスフランナでは歯型を使用しています」
「うちは足形も取りよる。事故とか生まれつきで足がないとか手が使えない人がどうしよるかは分からん。歯型はいいかもね」
対外的な住所や本籍を示すため、皆の本籍はオルキの家に統一した。オルキの家の住所は、皆で案を出した結果「オルキ国ヒーゴ島オルキ特別区1番地の1」となった。
「この紙でいいんじゃねえか? 紙漉きやったじゃん」
「あ、芋が出来たからでんぷんで糊が作れるって、フューサーがうっきうきで話してた時の!」
「……そんな俺のエピソード、要るか?」
「いいやん、その紙使おう! 羊の毛を挟んだやつとか、偽造防止にいいと思う」
それぞれが紙漉きで作った用紙に必要事項を書いていく。
その後で8桁の国民番号を振り、それからインクで指紋を全指分押す。オルキが承認印を押せば初代住民登録台帳の出来上がりだ。
「これを氏名の頭文字順に仕切った木箱に入れて、1人増えたらこっちの票に性別、年齢と、総数に1人追加。減ったらその分マイナスして1人減らす」
「そのような細かな管理は得意そうだな。フューサーにその役を任せよう」
「まあ、暫定的にやろうかな」
「総務大臣ね! えっと、総務大臣であってる?」
「まあ、今はいいんじゃないか? 国防はガーミッドさんでいいかな」
「わ、私ですか」
「以前も、国防に関してお願いしていたし、その流れで」
「分かりました。必ず期待に応え、不穏分子や外敵から我が国を守り抜きましょう」
それぞれが国の台帳に記され、それぞれの役割が政府機関という台帳に記されていく。オルキの分はイングスが代筆。
ようやくオルキ国民である事を証明できるようになり、皆の表情は晴れやかだ。
「僕は国民になった」
「元々国民だったけど、証明する手段がなかっただけさ。よーし、5か国目の訪問先を考えようぜ!」
「ギタンギュっち言いたい所やけど、あたし魔女扱いされとるけ、後回しにしよ」
「ガーデ・オースタンはどうでしょう?」
「和平軍側の国が増え過ぎると、連合軍や中立国側からの印象が悪いかもしれない」
臨時の旅券でも、オルキが国王として一緒に行き、アイザスがオルキ国を実際に訪問しているなら身分的な証明は出来るだろう。
問題はその旅券を持ってどこに行くのか。その行先を思いついたのは、アリヤだった。
「同じ島国であるキュイはどうでしょう」
「キュイ?」
「南極海域に近い島国です。地図では大きく見えますが、実際にはアイザスよりも小さく、人口は20万人と聞いています」




