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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
オルキ国の本格始動

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オルキ国の蓄えと使い方




 * * * * * * * * *




「イングスが、自分で考えられるようになった!?」


「他に人形が存在しているってのも驚いた。ケヴィンはフェイン王国にいた頃、そのえっと……ニーマン? の存在は知ってたのか?」


「知らぬようだった。30年以上前からひっそりと暮らしていたようだ」


「眠れないから、夜中にいつも静かに釣りや散歩をしていたって事よね。なんだか……寂しい話だわ。イングスも寝ないけれど」


「その、ニーマンさんがイングスさんに自分で考えて行動する事を教えたのですね。ニーマンさんを育ててくれた方もいらっしゃるなら」


「ああ。イングスも成長の可能性を秘めておる」


 皆がイングスに対する違和感の正体を理解し、喜ぶと共に神の思惑や気まぐれがどこまで世界に影響を与えているのか不安も生まれ始める。


 イングスは未だに自分から話しかけてこないし、今の話し合いに加わっているようでもない。

 ニーマンは人の喜怒哀楽に寄り添う事は出来ても、自分に感情があるのではなく、真似しているに過ぎないという。

 イングスがどこまで成長できるのか、その限界はニーマンと同等か、もう少しなめらかに表現できる程度と考えられた。


 しかし、ソフィアだけはずっと考え込んでいる。

 いつか見たイングスは、感情を知っているようだったからだ。


「……ニーマンって子は自分に感情があるんやなくて、人間の行動パターンを学んでその場に合わせとるだけっち言いよったよね」


「ああ。そう言っておった」


「……イングスは、多分ちゃんと分かる」


「何故そう思う」


「ジョエル軍が来た時、イングスがあたしに言ったんよ。ソフィアは悲しいんだねっち。見たら分かるっち言ったんよ」


 連合軍の襲来はもうずいぶん前の事だ。その時既にイングスは人の喜怒哀楽を理解していた。自分に感情が備わっておらず経験していないだけで、言葉の意味は分かっているのだ。


「イングス」


「僕だね」


「人の感情は、分かるよね」


「うん」


「島長が怒った時も、怒っとるっち分かっとったもんね」


「そうだね」


 イングスは最初から相手の感情が喜怒哀楽のどれに属しているか、分かっていた。自分が何か対応しないといけないとは思っていなかっただけで、怒っているか悲しんでいるかは理解していた。

 今更ながら、皆はイングスが案外傀儡にすぎない個体ではないと気付いた。


「ああ、そうか。だからイングスくんはその場に溶け込めるのですね。イングスくんの事を優しいなと感じた事、ありませんか」


 ガーミッドがそう発言し、皆は困っている場面で何故かイングスがすっと現れる事を

 思い出す。


「持って欲しいと言わないのに、荷物を持ってくれる事がありますね」


「指示される方が楽だし指示されたいって感じはあるけど……確かに礼儀正しいというか、別の依頼があった時も片方を必ず中途半端にしないよな」


「島長の意思が影響している可能性はありませんか? 最初にイングスくんを動かしたのは島長でしょう」


「それは可能性の1つだが……吾輩は皆の全ての行動を把握してはおらぬし、会話だって強制した事がない」


「それはつまり、イングスの、個性?」


「そう言えよう」


 イングスが自分の意思を持ち、更には感情を持たずとも他人の感情を認知はしている。そう聞いて急に目を輝かせた者が1人いる。


 フューサーだ。


「イングス! お前の服を幾つか作っていたんだ。さあ、どれが好きか、選んでくれ!」


 イングスは立つよう促され、作業小屋へと連れて行かれようとする。しかし、途中で考え始め、その足がピタリと止まった。


「どうした、服は興味ないか?」


「僕は自分が好きか嫌いか判断できないよ」


「……どっちが欲しいか、選んでくれ。さあ行こう、ほらすぐ行こう」


「はーい」


 イングスは自分の感情に基づく行動を求められると出来なくなってしまう。そのため、フューサーは出来るようになった選択という手段に切り替え、イングスの手を引いて集会所から出て行った。


「……フューサーさん、皆が行ってからきちんとした格好で外国に行かないとって、島長とイングスさんとケヴィンさんの服を作っていたんですよ」


「普段着と民族衣装だけじゃ、外交の時はまずいかなーっち」


「そういえば、そちらの大きな箱の中身は何でしょうか」


「フェイン王国からの贈り物だ」


「どうする? みんな揃うまで待つ? ケヴィンはまだ寝とるし」


「ふむ……アイザスの皆、すまぬが立会人となってくれぬか。礼を伝えたいが、我が国からフェイン王国まで手紙を送る手段がない」


「分かりました、オルキ国王。だれか木箱を開けて」


 兵士が武器をバール代わりにして木箱のフタを開けた。そこにはすぐに帰ってしまうオルキ達に慌てて用意したと思われる品々が入っていた。


「目録が手書きですね」


「急いで帰って来たからの、時間が無かったのだろう。宴も断ってしまった」


「まずは……衣類、毛布、それに野菜、文具、工具類……ああ、紙幣と硬貨も入っています」


「うわー、こんなに沢山!」


 フェイン国王には、オルキ国が設立間もない事や、島はまだ自給自足のような生活であり、近代的な生活にはあと一歩だという話をしていた。

 不足しているであろう物資を大至急集めてくれたのだろう。


「大工道具、農耕用の鍬や鋤……! 3本鍬と鎌は不足していますから、これは有難いです」


「これ、ちょっとこれ! ミシンじゃない、フューサー! ミシンよ!」


「葉物の野菜ですよ、ああ、久しぶりに新鮮なサラダを食べる事が出来ます!」


「ああ、お金はクロムですね。オルキ国王、私達アイザスの事を話していませんか」


「話しておる。アイザスの者達が島を守ってくれていると話した」


「だから共通クロムを送ってくれたのですね。フェイン王国は王国内だけで使用できるフェインクロムという通貨があるんです。価値は同等ですが、わざわざ外貨を出してくれたのですね」


 1000クロム紙幣(1クロム≒19円)が100枚、100クロム紙幣が1000枚、50クロム紙幣が1000枚、20クロム、10クロム、5クロム、1クロム硬貨がそれぞれ1000枚ずつ。


「こんな大金見た事ない……」


「平等に分けるのでしょうか、でもまだ貨幣経済が出来上がっていませんし」


 国を奪還した謝礼として、これが適正な価値かは分からない。しかし、これから国を建て直さなければならない時に、木箱に詰められるだけの物資をくれただけでも有難い。

 オルキはこれを「たったこれだけ」などとは言わず、礼として十分だと頷いた。


「フェイン王国の現在の状況を考えると、精一杯の礼であろう。これで我々は少々の貿易に使う金を得る事が出来た。これは大きな前進だ」


「経済を本格的に回す準備が出来た、という事ですね」


「ああ、もうしばらくは今のやり方を続けるが、人が増えて物々交換や共同生活では立ち行かなくなる事もあるだろう。その際はまた教えて欲しい」


「ええ、もちろん。さあ、私達の役目は終わったようですね。オルキ国王、私達は明日、アイザスに戻ろうと思います」


 議員が微笑み、無事でよかったと言ってオルキに握手を求める。


「島を留守にしている間、この島を守ってくれて感謝する。今日は皆を盛大にもてなす、フェインから貰った野菜も使用し、盛大に送り出すぞ!」


「島長、お金はどこに保管しましょう。島長の家にしますか? 盗む人もいませんが、出しっぱなしも……」


「島の中でも盗んだら立派な犯罪だし」


「犯罪は立派な行いじゃないでしょ」


 イングスが戻って来た。服はオルキ国産の羊毛で編まれたセーターに変わっている。


「そう言われると、確かにまあ、立派ではないわね。イングス、似合ってる! クリーム色に猫のワンポイント、いいと思う」


「うん、僕が選んだ」


「イングス、金を家に運んでくれ。使い方と分配についてはこれから考える。それからアイザスの国賓の全員をもてなす宴を準備する。肉と魚を用意しよう」


「はーい」


 霧の晴れた午後。久しぶりにヒーゴ島に賑やかさが訪れた。

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