パラシュート降下作戦
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「死の海域に入ってもうしばらく経つはずだが……本当に島があるのか」
「フェイン王国からこんな所まで飛ぶことはないんだ、見た事ないのは当たり前さ」
「そりゃそうだけども」
オルキ達を乗せた飛行艇は、オルキ国の近海まで迫っていた。
ガンマ、中央ユラン、東ユランにはフェイン王国が上空飛行許可を取り、連合軍の攻撃を受けないルートを選定。
レノン共和国の対岸となる東ユランの首都付近で給油し、オルキ国へ。おかげで連合軍の追跡などもなく、公海上でも問題はなかった。
視界は良好とは言えず、せいぜい可と言える程度。霧の多いオルキ諸島では当たり前の光景。それでも霧が薄っすらとたなびく水面に、急にポコポコと島が現れた。
「あっ! 見えました! 島が、島が見えます!」
「本当だ、島がある……大きな島が3つと、小島がいくつか」
オルキ諸島を上空から見下ろした者は今まで1人もいない。フェイン王国のパイロットがケヴィンに写真機を渡し、上空から写真を撮るよう提案する。
「真上から見ると、やっぱ小さいよな……」
「国土の大きさだけで国威は測れぬ。それにこれからオルキ国へ移り住みたい者を募るにあたり、もうどなたもどうぞと言うつもりはない。足りぬ事はなかろう」
「人間には色々な個体があると分かったからね」
「ああ。猫に寛容かどうかくらいしか気にしていなかったが、善人と悪人、その境にいる者、それらをよく見極めなければならん」
島の周辺に怪しい船や不審な集落は見当たらない。侵攻は無かったと見られる。
飛行艇はウグイ島上空に差し掛かり、もう間もなくヒーゴ島の上空だ。
しかし、オルキ諸島には空港がないのにどうするつもりなのか。飛行艇が着陸するための滑走路がなければ、このまま引き返すだけだ。
「ほ、ホントに飛び降りるのか!?」
「パラシュートの点検は何度も行っている! 演習も過去には行われているし、事故はない!」
答えはパラシュート降下作戦。イングスが提案したものだ。
オルキはイングスにしがみつき、ケヴィンとイングスはそれぞれ飛び降りる。
上空800m程になり、もう島は真下。なだらかな丘が見え、降下には絶好のタイミング。
「風も弱い、今ならそう流されないはずだ! 皆さん、お元気で! また船をお運びする頃に」
「はーい」
「礼を言う。物資への感謝も伝っ……」
イングスは何も恐れず飛行艇から飛び降りた。言われた通り3分の2程の高さを下りきったらパラシュートを開き、そのままなだらかな丘の上に降り立つ。
「これは良い。だが飛行場の建設は必要だろうな」
無事に下りたイングスが空を見上げると、遅れて飛び降りたケヴィンが上空を流れていく。
「うわああああああ!」
「楽しそうだの」
「そうなんだね」
イングスのように何の躊躇いもなく飛び降りられる者ばかりではない。ケヴィンは勇気を出して降下するまで少し時間がかかった。
その結果、飛行艇が進んだ時間分、落下予測地点もズレてしまった。200m程先で倒れ込んだケヴィンは、肩で息をしながらパラシュートを脱いでまとめ始めた。
「……もうパラシュート降下はしない」
「そうなんだね」
「まあ、我が国にも飛行場が必要だろうの」
「なんでそんな冷静なんだよ! 空から飛び降りたんだぞって、おい物資が!」
ケヴィンが1人で騒いでいると、すぐそばにもう1つパラシュートが落ちた。フェイン王国からの贈り物だ。
「中には何が入っているんだろう」
「イングス、集落まで運んでくれるか」
「はーい」
オルキ達がガレ場とぬかるんだ牧草地が交互に訪れる坂を下りきる頃、飛行艇の音を聞きつけた兵士達とフューサーが駆け寄って来た。
「やっぱりそうだった! おかえりなさい、島長、イングス。ケヴィンもお疲れ」
「僕が帰って来た」
「ただいま、でいいんだ」
「まだ家に入っていないよ」
「家じゃなくて、自分が住んでいる地域に帰って来た時もただいまでいい」
「そうなんだね」
久しぶりのやり取りに、フューサーの表情がふっと軽くなる。オルキは簡単に成果を告げ、兵士達はイングスの手から荷物を受け取る。
「おい、気を付けろ。イングスが軽々持っている物が軽いとは限らぬ」
「重っ……む、無理です、イングスさん、持って下さい」
「はーい」
3人がかりで持てない木箱は、いったい何kgあるのか。軽々と持ち上げて歩くイングスを呆然と見つめる兵士達は、2週間弱ぶりに戻って来た規格外の1匹と1体に、きっと連合軍は敵わなかったと笑った。
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「おかえりなさい、イングスさん。えっと、その箱は……と、とりあえずこちらに置きましょうか」
「はーい。ただいま」
「あーっ、イングス、島長! おかえりー! ケヴィン、どうやった、ねえ、どうやったと!? 上手くいったん!?」
「ただいま、みんな集まったら説明する。ちょっと疲れた……」
手がふさがったイングスの代わりに、中から扉を開いたのはガーミッドだった。ケヴィンは自身の荷物を床に置いて集会所の椅子に座り、盛大なため息をついて目を閉じる。
船で出発して数日、レノンに滞在して休む間もなくフェイン王国へ。
そこでは着いてから仮眠を取る程度ですぐ戦いが始まり、ジョエル連邦に移動してまた戦いに明け暮れ、フェイン王国に戻ったらすぐにオルキ国に飛んだ。まともに寝ていない。
「すまぬがケヴィンの寝床を用意してくれぬか。イングス、ケヴィンを家に運んでやれ」
「僕が寝床を用意したらいいんじゃないかな」
「それもそうだの、では頼んだ」
「はーい」
イングスがケヴィンを軽々と抱き上げて集会所を出る。そんな姿を見て皆が驚いた。
「え、え、あの……イングスさん、ですよね? あれ、今なんかちょっと違ったような」
「イングスが自分で寝床を用意しようか聞いたよね?」
「は、はい、私もイングスさんが自分から言ったので違和感があって」
「その辺りも詳しく話す。さあ、アイザスの者達も全員呼んでくれ」
空には厚くも雨を降らせない雲が立ち込めている。議員や兵士達が全員揃ったところで晴れ間が見え始めたのは、話の結末を暗示していたのかもしれない。
「まず、レノン軍と接触し、フェイン王国の奪還を果たした」
「えーっ!? ……って、その1行で終わり?」
「フェイン王国から国家承認も得られたぞ。その件をレノンにも伝えて貰った。じきにレノンも我が国を承認する」
「まあ、それは素晴らしい! アイザスに戻ったらすぐこの5か国で同盟の話をしたいです」
「これで一気に承認国が4つに増えるって事か。でもフェイン王国の奪還までやってのけたって、いったいどうやったんだ」
「なに、連合軍は一切の抵抗を見せぬフェイン人を見くびっていたからな。大した数ではなかった」
オルキは船で出かけてから今までの事を、時々面倒くさそうにしながらも話し聞かせた。
動物達の逆襲撃や、イングスの投石攻撃。滑走路での大戦闘、戦火の中から王族を救出して奪還した事。
皆は魔獣と人形だけで何でも達成できてしまうのではないかと呆気に取られてしまう。
「だから船がないのか。連合軍はそれからどうなったんだろうな」
「しばらくは他国を攻めるどころではないだろうな。奴らの国民は戦争がどんなものか、理解もしていなかったようだ」
「被害者になってようやく国民の目が覚めた、か。反対運動でも活発になってりゃいいんだけど」
「言っておくが、ケヴィンの手柄も大きいぞ。ケヴィンがいなければ我々はただの余所者だった。それに、吾輩とイングスでは人間の気持ちなど分からぬ」
「あっ、そういえば。イングスさんがさっき自分で提案したのは」
「それあたしも気になっとる」
どんな成果があったか1時間ほどの説明で皆が十分に理解した。とても2週間足らず、1人と1匹と1体で出来るような事ではないのだが、オルキだから、イングスだからで片付いてしまう。
それよりも皆の関心はイングスの変化に向けられていた。




