見失っていた目的
「国王が、国王様がお戻りだ!」
オルキ達は連合軍からフェイン王家を連れ戻し、フェイン王国の飛行場に降り立っていた。
普段は誰もいない飛行場で、連合軍に接収されてからは国民も元職員も誰も来ていない。オルキ達が奪還し島から連合軍が撤収したと言えど、まだ空港の使用は再開していなかった。
本当に連合軍が全員出て行ったのか、それともどこかの基地に移動しただけなのか、国民はまだ把握していなかったのだ。
空港に置いていた4輪駆動車に王様を乗せ、首都のトシャに戻った時もそうだ。4輪駆動車の音に警戒し遠巻きに見ているだけ。
フェイン王国の民は最初誰が乗っているのか分かっていなかった。
2台の4輪駆動車が連なってやって来たため、連合軍が戻って来たとでも思ったのだろう。
イングスとオルキに続き、王子と王女が。
ケヴィンとニーマンに続いて王と王妃が降り、最後にレイフが地面に足を付けた時、付近にいた者達はようやくそれが王族だと理解した。
「どうしてここに!? 王様、連合軍から解放されたのですか!」
王様が戻ったという話は瞬時に広まり、議会がある港前の広場は人でごった返している。かつて毎年夏に祭をしていた頃依頼の人だかりに、王様の涙腺は少し緩んだようだった。
「皆に語り掛けるためのスピーカーがない。皆に声を届けられず申し訳ない。昨日の夜、我らはオルキ国の有志によって救出された」
「オルキ国? オルキ国ってどこだ?」
「連合軍をフェイン王国から追い出してくれた、謎の組織の事じゃない?」
「ああ、見た事もない馬鹿力の子供と、世にも恐ろしい黒豹の化け物の!」
登壇しているわけでもなく、ただ群衆に囲まれているだけ。
王宮に使えていた者達が制服を着込んで駆け付けるまで、王様の声は群衆に掻き消されてほとんどの者達に事態が伝わっていなかった。
「国王、宮殿のテラスから話をするのは如何でしょう」
「本当に……連合軍が撤退しているのか。王宮内は無事なのか」
「連合軍の作戦本部となっていましたが、一部のみです。いずれジョエル、もしくはギャロンの領土となった際、宮殿をそのまま使いたかったようです」
久しぶりに近衛兵の制服を来た者達がキリッとした表情で群衆に道を空けるよう指示し、平服に近い恰好の王族は緊張した面持ちで続く。
「皆さんも、こちらに。あなたがオルキ王ですね」
「いかにも。吾輩がオルキ国の王、オルキである」
「王様と一緒にお越し下さい。皆さまに最大の礼を」
「ケヴィンやレイフも良いか。フェイン王国の有志として戦ったのだ。ニーマンも、我が国からはイングスだ」
「はい。状況は伺いました。さあ、どうぞ」
オルキ達も急遽、国賓として招かれる事になった。功績を考えるなら当然の事だが、当然のような顔をして厚かましく振舞えば、図々しい連合国と大差ない。
「招いてくれるのならば、断る理由もない」
群衆が壁のように両側に建ち並ぶ中、オルキ達の認知度はそう高くない。首都には訪れていないため、存在は分かっても実際に見たのは初めてというものが殆ど。
元王室専属パイロットだったレイフはともかく、フェイン国籍を持つケヴィンや、35年も暮らしていたニーマンに対しても「あれはどこの誰だ」と困惑顔。
おまけにその後を歩くのは黒猫とまだ10代後半に差し掛かったかどうかの少年。
噂に聞いていたとはいえ、本当に猫と少年が救ってくれた事を確かめて驚く者も多い。
「……これだけ集まって慕う者がいるというのに、あんなにも情けない国王で良いのか」
「それでもいいから国王として慕われているんじゃないのかい」
「結果、国を守れなかったのだぞ」
「国を守れる王様かどうかだけで判断するものなのかい」
「守れなければ本末転倒だ」
フェイン国王の方針に対し、まだオルキは理解を示そうとしていないし、フェイン国王はおかしいと思っている。
だが、そんなフェイン国王はこんなにも慕われていて、国民の身代わりとして連合国の捕虜になった事を心配している。
「人間の信頼や信仰心を集めるのは難しいのだな。人間など、楽で分かり易く自分のせいにならない事に傾く存在だと思っていたのだが」
「そうなんだね。……えっと、ケヴィンは全然楽じゃなくて、難しくて、自分の責任になりそうなことをしたと思うけれど」
「そこも分からぬのだ。もっとも、吾輩はそういう人間の方が良いと思うがな」
「そうなんだね」
イングスの肩に乗ったオルキの目線に、小さな王宮の入り口が見えてきた。
大きな鉄柵の正門の横には、石造りの通用門と、木板に金具が打ち付けられた扉。守衛室の者が慌てて正門を開き、皆はゆっくりと中へ進む。
島で一番格式が高く立派な空間のはずだが、そんなに贅沢はしていないようだ。
伝統的な芝屋根に、朱色に塗られた壁、黒い窓枠が印象的なくらいで、2階建て10室程の大きさしかない。
庭は幅100メータ、奥行き50メータといったところか。大国の金持ちなら、この3倍も大きな家を持っていても不思議ではない。首都にはこの王宮よりも背が高くて敷地の広いホテルだってある。
「オルキ王、イングス様。一緒にテラスに向かわれますか」
「待っていても退屈だ、そうしよう」
「では、王、王妃、王子と王女それぞれの着替えと準備が終わりましたらご案内いたします。それまでこちらの応接間に」
「ケヴィン達は」
「まだ王様ならびに大臣達と会議を開いていないので決定ではありませんが。功労者として表彰し、爵位を与えられるかと」
市内にアナウンスを届けるスピーカーが、王の帰還とこれからスピーチが行われる事を告げる。音割れしたその内容を聞き、国民が祝福の歌を歌い始めた。
「弱く、自分の力では戦えず国も守れなかった王を、なぜこんなにも讃えるのだろうか」
「まだ考えているのかい」
「さっぱり分からぬがな」
応接の間にある重厚なソファーに座るのはイングスだけで、オルキはイングスの膝の上だ。のんびりとした会話を遮るように、近衛兵が扉をノックし紅茶を運んでくる。
「オルキ王は、何をお飲みになりますか」
「水以外はあまり飲まぬな。水を貰おう」
「かしこまりました」
「貴様、近衛兵との事だが、なぜ王が国を守れなかったというのに仕えておるのだ」
オルキは咄嗟に自身の疑問をぶつけた。近衛兵は呼び止められて驚いたものの、少し考え込んでから自分なりの理由を語り始めた。
「心優しく、正しい者へ目を向けてくれるからです」
「その結果、フェイン王国は占領されたとしてもか」
「はい。国を占領されたのは確かに悔しく、力なきフェイン王国の現状を認めざるを得ませんでした。けれど、国民はフェイン王国民としての生き方を変えない事を選んだのです」
「どういう事だ」
「心優しく、正しい自分を貫く事です。この国の国民は争う事を好みません。だから強国を前にした時、こうして苦しい目に遭う事もあるでしょう」
「フン、そうだな」
オルキは現状を鼻で笑いながらも、近衛兵の表情が気になっていた。
強国と戦う力はなく、近衛兵だって実際に数日前までは占領軍に屈していた。
なのに、その目は凛として力強く、表情には自信が伺えるのだ。
「けれど、それでもフェイン王国はフェイン王国の国民である事を諦めません。いつか、自分達の生き方が正しかったと自他共に認める日はくるのです」
「そのいつかとは、いつの事だ」
「まさに今日の事です。フェイン王国をあなたが救って下さったではありませんか。フェイン王国を救うに値すると判断して貰えた事が証明しています」
たまたまケヴィンがフェイン王国出身だったから。
王族を救い出せば、オルキ国を承認してくれるから。
動機はまったく違うものだったにも関わらず、確かにオルキはフェイン王国を自分で選び、認めた。
思えば、軍と約束しただけのレノンはともかく、アイザスもセイスフランナも武力で他国を黙らせる力はない国だ。
オルキ国が攻め込まれた際、抵抗の手伝い程度は出来ても力として数えられる軍隊を持っていない。
オルキはそれを思い返し、ようやく気付いた。国を守る事ばかりを考え、どういう人間を導きたいかをすっかり忘れていた事に。
「ふむ、そうだな。そう言われると確かに吾輩が証明したようなものだな。気に入ったぞ、その答えを忘れぬと誓おう」




