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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
解放軍

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67/113

説明がつかない状況



 オルキは「オルキ国の王、オルキである」と名乗る事を欠かさなかった。

 フェイン王国が攻勢をかけた事になれば、後々ややこしくなる。それどころか、捕らわれの王族は処刑されてしまうかもしれない。ケヴィンの身分が状況を左右したと受け取られては困るのだ。


「文句があるなら直接言ってこい。その場で相手を目の前にして言えず、後からグダグダとみっともなく騒ぐなよ」


「……」


「返事も出来ぬ程の下等生物なのか。ならば人権などというものも持っておらぬよな、吾輩が糧として食っておこう」


「わ、わがった! かちゃくちゃねえごと言わね!」


「その誓い、破ればどうなるかくらい下等な頭でも想像はつくはず。忘れるなよ」


 大国の威を借りて進軍しているうちは威勢もよく横柄だった。それが今はたった1匹の魔獣相手にこの有様。

 それを他国の人間の前で晒してしまえばもう維持するプライドもない。


「ここの連中は、まさか自分達の国が戦場になるなんて考えてもいなかったんだろうな」


「戦争を仕掛けた側にしては危機感がない。どうせ和平軍を下に見ていたのだろう」


「戦争が始まってもう長い期間経ってるからな。慣れちまったって面もあるんだろうさ。テメエらの国の軍が今日この瞬間もどこかで人を殺してるなんて、もはや忘れてんだろうな」


 夜の通りに銃声が響く。


 和平軍は抵抗するだけで手一杯だった。防衛ラインは下がるばかり、連合軍側の都市など初期に少し爆撃した程度で殆ど攻めていない。


 一方、連合軍側であるジョエル連邦やギャロン帝国のほぼ全域において、国民は自分達が他国を攻め人を殺している実感もないまま呑気に暮らしていた。


 和平軍の進軍ではない想定外の騒動が巻き起こり、町が破壊され、世界大戦開始以来初めて身の危険を感じた事だろう。

 ようやく他国の惨状について考え始めたかもしれない。


「爆撃音がする……戦闘機が飛ぶ音も」


「レノンやガーデ・オースタンの反撃が始まったやもしれぬ。連合軍の都市が煙を上げている様子くらいは見ておるだろうから」


 爆撃音と同時に地面が揺れ、近隣の建物からは悲鳴が上がる。避難訓練などした事もない市民達が建物から我先に出て来て、どこに行くかも決めずに走り出す。


 階段で押しつぶされ、入り口で蹴り飛ばされ。他国の脅威に一丸となって対処しようなどという高尚な考えはびた一文持っていない。


「和平軍がどこを狙ってるか分かんねえけど。戦争ってのは民間人を巻き込まないって鉄則があったはずなんだ。お互い守らないんじゃ、どっちが悪者なんだか」


「相手が守りたいものを真っ先に攻撃するのが最も有効だ。民間人も明日には兵士として戦場に現れる脅威となる。恩恵を受けて生きる共犯者とも言える。無関係ではおられぬのだよ」


 上空を数機の戦闘機が飛び、またどこかが爆撃された。市民はこれが戦争だと理解しただろうか。


 一行はレイフとニーマンに王族の場所を伝えるため飛行場へと戻った。相変わらず迎撃の飛行艇は1機も飛ばない。めっぽう打たれ弱いのが連合軍のようだ。


「隣の市に、王様達が」


「そのように言っておったが、嘘であれば戻って吾輩が喰ってやる。安心しろ」


「何が安心なんだよ」


 飛行艇はたった20分だけ飛び、隣の市の郊外にある空港へ降り立った。上空からは煙や炎が見えないため、まだそれ程の被害はないようだ。


「軍の基地がないから、動物達が素通りしたんだろうね」


「という事は、当然、この飛行艇に対しての反応はこうなるわけです」


 未確認の飛行艇が着陸した事で、空港の建物からは多くの兵士達が出てきた。皆が手に銃を構え、飛行艇へと銃口を向けている。


「レイフ、ケヴィン、防弾チョッキを着て、床に伏せておけ」


「どうする、これじゃさすがに相手しきれないだろ」


「イングス、ニーマン、すまぬが兵士を一掃して王族の居場所を吐かせるため、共に戦ってくれるか」


「はーい」


「まあ、いいでしょう。夜中に釣り以外で時間を潰すのは久しぶりですから」


 飛行艇の扉を開け、オルキ達がサッと飛び降りた。オルキはみるみるうちに大きくなり、ここ最近では一番本来の大きさに近い体となる。


「少し腹ごしらえをしていて良かった。ここでもほーんの少しばかり足しておくか」


「あー、見てないところで食べちゃっていたんですね」


「頭は食っておらぬぞ、安心しろ。身元不明にはならぬ」


「安心って言葉の意味、知っていますか?」


 オルキは特に答えず、ニーマンがやれやれと言った表情でイングスに視線を向ける。

 イングスは特に何か反応を示さない。まだ視線の意味まで汲み取れる程の成長はしていないようだ。


「君は安心って言葉を理解していますか」


「心がないのに安いか高いかなんて僕に分かる訳ないでしょ」


「……高いという言葉が出た時点で、理解していない事は分かりました」


「安いの反対は高いだって、ケヴィンが教えた」


「それはそれで合っています。ただ、まあ……君はまだまだですね」


「そうなんだね」


 悔しいという気持ちも、他の人形と自分を比べる考えも持っていない。そんなイングスの様子に、ニーマンはかつての自分を重ねていた。

 そして自分が人間から見てどれ程珍妙に思われていたか、よく理解した。


 だが、そんなほのぼのとした時間を過ごしている場合ではない。ここは戦場なのだ。

 死ぬ事はなくとも数百数千の銃弾をすべて受けきって無事でいられるかは分からない。


「でで、でっけえ猫っこだこと、ありゃなんだべ」


「猫っこつって、ねごでねえこたねえべ」


「わんつかまずろ、おいおめだち! 連合軍でねえだな! 何者だ! ジョガル語はわがるか! ズシム語か!」


「何者でもないですね、人間ではありませんし……」


 ニーマンの飄々とした声が良く通る。連合軍が騒めいたのが分かった。


「ズシム語だべ」


「他所者だな、和平軍か」


「やろっこだべ、あんのでっけえみたぐなしの猫はどんだだば」


「わがんね、何だべありゃ」


「んだがら猫だってばよ」


「そいだごと聞いてね! おい、首都の騒動はおめだちの仕業か!」


「ちがいまーす」


 ニーマンのあっけらかんとした答えに、連合軍は戸惑いを隠せない。敵なのかそうでないのか、もしかすると軍の上層部のお偉いさんの子息かもしれない。


 隣に立つ飛行艇よりも大きな猫には説明がつかないが、この場で囲まれ平気でいられるのは、どのみち只者ではない。


 飛行機に爆弾を仕掛けられていたなら、撃った瞬間に辺りは火の海。体に爆弾を巻きつけて突進してくるかもしれない。


 そんな思いが一斉掃射を思いとどまらせる。


「おめらがっぱすけまいねぐするべ」


「んだ、まずばってかかればおかねぐねべや」


「んだらみなしてわだれば怖ぐねみてな……」


「おめだちは何しに来た!」


 1人が勇気を出して1歩前に出た。その視線はイングスへと向けられており、イングスは今度こそ自分が反応するべき時だと理解する。


「みんな嘔吐して、オルキがちょっとだけ食事をするんだよ」


「は?」


 イングスのよく通る声がまったくもって意味不明な答えを風に乗せ、辺りが静まり返る。

 捉え方によってはオルキがとんでもないものを食べるように聞こえてしまう。


「イングス、違うのう」


「吐かせるって言ったでしょ。少し食べるって言った」


「嘔吐ではなく、王族の居場所を言わせるのが目的だ。吾輩は後でコッソリ5……いや、10、いや20人ばかし味見するだけだ」


「吐かせるという言葉は、言わせるって意味もあるんです」


「そうなんだね。みんなにフェイン王の居場所を言わせて、それからオルキが20人だけ食べるために来たよ」


 国語の勉強が終わった所で、イングスの爽やかで笑みをも含んだ和やかな声が物騒な用件を伝えた。


 あまりにも唐突で、やはり静寂が訪れてしまう。イングスはまだ何かを間違っているのかと思い、20人だけじゃなく、もっと多い人数を言うべきだったかと悩む。


「1回20人を朝昼晩3回、60人だったかもしれない」


 イングスには、何でも考えたらいいわけではないと教えた方がよさそうだ。


「人数の問題ではなかろう。さあ、用件は伝えたのだから、さっさと済ませるぞ」


「はーい」

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