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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
解放軍

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人形が覚醒する時



 喋る猫が現れ、ニーマンが人形である事を見抜いた。

 動揺しないはずがない展開に、レイフは心が追いついていない。


 物事をよく考える事が出来ないまま、レイフはケヴィンとオルキに促されて4輪駆動車に乗せられる。


「俺以外にも人形があるのですね。その人形は誰が作ったのでしょうか」


 窓を開けたままの車内でブロンドの髪をなびかせ、ニーマンは風とエンジンの音に負けないよう大きめの声で問いかける。


「神だ。いや、今となっては神であったかどうかも怪しいものだが。少なくとも人間や人形にとって良いばかりでもない存在だったな」


「……やはりそうですか」


 オルキはいつもイングスに伝えるように、じっと見つめて自身の思念を送ろうとする。しかしニーマンには何も届いていないようだった。


「ニーマンの言っていた事は本当だったのか。信じるしかなかったが、第三者がそう言うのなら、やはり本当なのだな」


「真実以外のものを創造するのは、人間だけですよ」


「違いない。なかったものをあったと偽り、あったものを無かったと偽るのは人間くらいであろうよ」


 ケヴィンの運転ではるか先の監視塔の灯り目掛け突き進む。やがて飛行場に着いた時、イングスが兵士を閉じ込めた部屋の前に座っているのが見えた。


「着いた。あれがイングスだ」


 ニーマンはレイフの降車に手を貸した後、今にも駆けだしそうな足取りでイングスへと近づく。


 そして5m程の距離を取って制止した後、扉へと視線を向けた。

 イングスはただじっと座っているのではなく、扉に向かって話しかけていたからだ。


「何を喋ってんだ? イングス……」


「待て。何やら中からの問いに答えておるようだぞ」


 イングスと扉の間は僅か数十cm。イングスは微動だにせず、風が時折髪や服を揺らすのみ。声を荒げてもおらず、淡々と話しかけている。


 ただ、4輪駆動車のエンジン音が止んで静寂が訪れると思いきや、どうにも扉の中の様子は真逆のようだ。


「頼む、もうやめてげじゃ、許して……」


「君の頼みを聞いていいかどうか、僕には無責任がある。僕は君の何を許すのかい」


「さきた喋ったべ! あどはだり言わすでねえ、頼むがらよ、もうこごから出してけ!」


「君の頼みを聞いていいかどうか、僕には無責任がある」


 イングスが一切の頼みを聞き入れず、ひたすら冷静に答えているだけのようだ。


「ああああああ~!」


「痛っ! おめがあがしこさかしたはんで、何もめね! こんのほんずなし!」


 しかしそれとは正反対に、部屋の中では壁を殴っているのか、それとも頭でも打ち付けているのか、およそ冷静とは言えない音が漏れている。

 泣き叫ぶ声が諫める声を掻き消し、どうやら数人は発狂しているかもしれない。


「なーなんだべ! かちゃくちゃねえな! もうきまぐな、おねげえだ、何だりけるから許してけれ……わだつさどすんだべ、すずかってどすんだべ」


「どうするかを決めるのは僕じゃないよ」


「ああああああ! あんだこんだしてもまねじゃ! 扉さガンガンとふじゃらんでかすべ!」


 イングスは見張ると言った。つまり状況を悪化させないと約束したのだから、たとえどんな事になろうと絶対に1人たりとも逃がさない。

 部屋の中にいた方が余程安全なのだが……誰かが照明を壊したようで、閉所もしくは暗所恐怖症の者には地獄だろう。


「……まさかイングスが拷問をするとは。つかあいつらが勝手に沼にはまってるだけなんだけど」


「君がイングス・クラクスヴィークですね」


「そうだね」


 ニーマンの問いかけに対し、イングスは特に首を動かす事もなく扉を見つめる。その次にオルキがイングスの名を呼ぶと、ようやくイングスは首を回した。


「ひっ」


 思わずレイフがこけそうになる。ニーマンが支えた事で痛がりはしなかったが、軽く尻餅はついてしまった。


「イングス、その首の回し方は指示された時以外しない方がいいぞ。人形だとバレない方がいい時もあるからさ」


「はーい」


「イングス、紹介するよ。こちらがレイフさん、こっちはニーマン」


「そうなんだね。僕はイングス・クラクスヴィークだよ」


「君は人形なんですか」


「そうだね」


 ニーマンは初めて見る同種の存在に少しばかり驚いているようだった。長年人間と共に過ごしていたなら、その場に相応しい感情表現が身に着くのかもしれない。


「俺も人形です」


「そうなんだね」


 特に驚く事もなく、疑問が湧くわけでもない。そんなイングスの様子に、レイフは間違いないと呟いた。


「何が間違いないのだ」


「35年前のニーマンと同じだ。あの頃のニーマンはこの少年人形と全く同じような反応を示していた。いや、もっと酷かったな」


 そう言うと、レイフは泣き叫ぶ声が漏れる部屋を一瞥し、うるさくてかなわんとため息をつく。


「こっちにおいで。なに、あの部屋も扉もまず壊れんよ。かつて飛行艇事故がありあの部屋にプロペラ機が突っ込んだ時も、あの頑丈な建物はなんともなかった」


 レイフは小屋の脇にある消火栓ボックスの扉を開け、ホースの束の上に手を入れる。


「何をしているんですか?」


「鍵だよ、飛行艇の鍵さ。奴ら、まだこの隠し場所までは分からなかったようだな」


「ん? あのプロペラ機は奴らのものではないのか」


「2機はこの島のものだな。奴らが連合軍の色に塗り替えちまったがの、あの機体は自国生産の小型旅客機で、他国には出しておらん」


「あー、悪い。あいつらが乗って逃げようとした時にてこずるようにって、ドアの鍵穴にシール貼っちまった」


「そんなもの、どうにでもなるわい」


 レイフは飛行艇の格納庫へ向かい、1機のプロペラ機の前でニーマンに鍵を渡した。

 もうプロペラ機によじ登る力はないのだ。


 ニーマンは振り返り、イングスに手招きをする。


「イングス、君はもう少し自分から行動できるように訓練されるべきですね」


「指示して欲しいと言うべきかい」


「人形である俺がこうして自由に行動しているのですから、君も出来るはずです」


「人形が自分の意思で動いちゃ傀儡でいられないでしょ」


 イングスは自分の行動は人形だから当然だと主張する。


「人形がどうあるべきかなんて、誰も決めていないでしょう」


「神がそう作ったよ」


「イングスは吾輩の傀儡なのだ。イングスは神が……」


「あなたも魔獣のくせにおかしな事を言いますね。俺はですね、俺を作った神とやらを信じてもいなければ神だとも思っていないのですよ」


 ニーマンは自身の首を150度程回し、レイフへと振り返る。レイフは皆に座りなさいと言って、ニーマンと出会った時の事を話し始めた。


「ある冬の日、浜辺の斜面に少年が横たわっていた。目は開けたままで、一時期は騒動になったよ。起こせば立ち上がったから記憶喪失として、とりあえず独り者の儂が連れ帰る事になった」


「俺は神が海に捨てた後、この島に流れ着いたんですよ」


「ニーマンが人形だと気付いたのは、出会ったその日だった。何も食べず何も飲まず、眠る事もない。問いかけても反応はないし、まるで人形だった」


「まあ、暫く一緒にいれば違和感はあるだろうな」


「ああ。生気のない様子に内心怖かったんだが、何を言っても返事がないのは流石に腹が立ってな。つい返事くらいしろ! と怒鳴った」


 どんなに気の長い者でも、世話をしてやっているのに一切無視をされたなら腹も立つ。しかし、その怒声が今まで何の反応も見せなかったニーマンに変化を与えた。


「突然、分かりましたと答えたんだ。驚いたよ、けれどその後で何を問いかけても無反応。こっちが怒った時にだけ返事をする。そこで気付いた。こいつは命令された時だけ返事をしている事に」


「ああ、傀儡人形だから命令は聞くってやつか」


「イングスはそこまでではなかった、確かにその話だとニーマンの方が酷いのう」


「だから、儂は命令されずとも返事をしろ、指示がなければ自分で考えろ、と命令した」


「自分は傀儡だからと言わなかったのか」


「もちろん言ったさ。よく聞けば、ニーマンはその……神が暇つぶしに弄ぶために作ったというじゃないか。だが指示に従うだけでつまらないから捨てられたと」


「……あの愚か者が、イングスの時と何にも変わっておらぬではないか」


 レイフは神を信じてはいないが、オルキの言う神と同一人物だと判断してもいた。


「だから言ったんだ。つまり人形は指示に従うだけでは駄目だって事だろうと。神がそのように扱ったのなら、お前の今の態度は間違いだとね」


「数年はかかりましたが、おかげで俺は指示に従う事だけが自分の役目という呪縛から解放されました」


 ニーマンはまっすぐにイングスを見つめる。


「君がここにいるという事は、つまり捨てられたのですよね。ならば君の主張は間違っていますよ」

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