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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
解放軍

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人形の出現

 





 * * * * * * * * *





「どへばよ! なして畜生共がばすらぐ!?」


「兵士け狙って……クソッ! 蜂だ、蜂……!」


「おだつな!」


「軍服さ脱げ、軍服さ狙ってんだど! ええいおだつな、うっしゃがます。とこしょにあさいでげ」


「建物の中におったが安全だべ?」


「おんめはちょちゃんべだな、何も聞いでね。へぐあさげ!」


「ったく、おめらの南部弁はわがんね」


「あ? わがんねって何だべ!」


「まいねだじゃて意味でねえ、わがんねって言ってんど」


「こんのたふらんけ! しずがっとあさいでげ!」


 連合軍諸国は夜に差し掛かる頃だった。


 草原や山や森、沼、川、あるいは空。ありとあらゆる場所から動物達が押し寄せ、人里は大パニックに陥っている。その波はついに大都市に到達し、もはや都市機能は完全に麻痺。


 日頃は人間を恐れ出て来なかったネズミも、こんなにも多かったのかと気絶しそうな程走り回り、ムカデや蜘蛛、ゴキブリ、蜂などの昆虫、それらを餌とする爬虫類まで何でもござれだ。


 川辺にはワニやカバが、空に出ようにも軍用機の窓は鳥の糞だらけ。

 牛や馬の糞が道路も滑走路も埋め尽くし、4輪駆動車がタイヤを滑らせついに基地内で本部に突っ込んだのは、ほんの数分前の事。


 人間が制御できるのは、あくまでもそう飼い慣らされた家畜だけ。攻撃性を持って襲ってくる動物に対し、案外人間など大したことは出来ないものだ。


「なして軍人ばかり狙う!」


「軍服脱いでもまねだ!」


「わがるわけねえびょん! へぐしろ、へ……あああバイソンが!」


「おじょむな! 落ち着げ。こっつさ行け……わわっ!? ヘラジカが……うわああああなして銃が効かねえ! 逃げろ!」


 軍服を着ているか、武器を持っているか。もしくは敵意があるか。動物達はよく見分けて攻撃していた。紛らわしい者や明らかな敵意を持つ者は標的になっても、大抵の市民は次第に気付き始めていた。





 * * * * * * * * *




 ケヴィン達が空港を出て10分。時間は夜11時となっていた。

 小さな集落は静まり返っており、明かりが付いている家はない。


「この時間から操縦可能な者を探すのか?」


「うーん、朝を待つしかないか。まあ夜中に誰も起きてないオルキ諸島から来てこんな事を言うのは変だけど、誰か起きてるだろうと思ってた」


 行動が思い付きだった事で、数時間空く事になってしまった。こうなると飛行場を離れた意味がなくなってしまう。


「戻るか」


「うーん、そうだな、万が一でも連合軍が飛行艇の回収に来たらまずいよな」


「僕が見張って来るよ」


「ほう? そうか、では任せた」


 イングスが走って戻っていく。ケヴィンは少しだけ回ってみると言って歩き始めた。

 虫の音も殆どない静寂の闇の中、ケヴィンの足音と、オルキのテチテチと鳴る小幅な足音が大きく響いて聞こえる。


 湾沿いの水面には月明かりが帯を作り、船着き場まで出れば波に軋む木造船が照らし出される。

 侵略された国とは思えない様子に、ケヴィンが現実なのかと呟いた。


「ケヴィン」


「ん?」


「桟橋に誰かおらぬか」


「……本当だ、あれは釣りか? 夜中に?」


 遠くの桟橋に人影を見つけ、ケヴィンとオルキが速足で近づく。やがて相手もケヴィンに気付き、くるりと首だけで反応を見せた。


「すみません、こんな遅くに」


「はい」


「ちょっと人を探していまして」


「人ならそこいら中の家にいますよ。探すまでもなく」


 その声は案外若かった。まだ少年だろうか、遠くからでは物思いに耽る老人かと思っていたが、よく見れば装いが年齢相応ではないだけで顔は幼い。

 そして捻くれているのか返事はそっけないものだった。


「あー、そうじゃなくて。飛行艇を操縦した事がある人を探していて」


「操縦していた人、ですか。把握している限り集落に2人いますが、2人はもう無理でしょうね」


「無理?」


「高齢ですから」


「他に空港で働いていた人などを知っていたら教えて欲しい。急用なんだ」


「目的次第ですね」


 少年は驚く程落ち着いていて、とても冷静だった。


「……連合軍が使っている飛行艇を操縦して、大陸の様子を見に行きたい。明るい時間に出直そうとも思ったんだけど。ああ、君ももう寝ると言うのなら出直します」


「いや、俺は寝ません。ここで朝まで釣りをしますから」


 少年は漆黒の水面に糸を垂らしている。脇の木箱にはまだ1匹も入っていない。しばらく無言の時が流れ、ケヴィンは自分がまだ名乗っていない事を思い出した。


「突然ですまない、俺はケヴィン、ケヴィン・グリュックス。こっちはオルキ」


「俺はニーマン・フェルスクです。飛行艇の操縦なら、かつて俺がしていましたよ」


「えっ」


 ケヴィンは驚き、ニーマンをまじまじと見ていた。容姿はどう見てもケヴィンより年下で、イングスよりも若く見える。


「君が? 失礼、何歳だろうか、俺は19歳で」


「俺が何歳かは関係ないと思いますけどね」


「あ、ああ、ごめん。その、俺達はオルキ国という国から来た。まだ出来たばかりの国で、世界で承認してくれた国はまだ2か国だけなんだ」


「それが飛行艇とどう関係するのでしょう。大陸を見る事と話が繋がりません」


 ケヴィンはニーマンにも分かり易いように詳しく話し、オルキ国の国家承認を条件にフェイン王国を連合国から解放したい旨を伝えた。


「礼は渡す、出来る限りの要望を飲むつもりだ」


 ケヴィンは軍隊時代に叩き込まれたように90度に腰を曲げて頭を下げた。ニーマンはしばらく考え込んだ後で立ち上がり、釣り竿のリールを巻く。


「私の養父に相談します」


 ニーマンからは特に感情を読み取れないが、冷たく突き放すわけでもない。オルキは喋らず猫である事に徹しているのか、ニーマンを見つめながらも素性を明かさない。


 ケヴィンはニーマンの後に続いて10分程歩き、アスファルト舗装のない小道に入った1つの小屋のような家へと案内された。


「あ、あの、君のお父さんはもう寝ているんじゃないか?」


「寝ていますね」


「起こすのは申し訳ないんだけど」


「急用なら、すぐに決める必要があるのでしょう」


「それは、そうなんだけど」


 ニーマンは躊躇わずに照明を点け、ダイニングから寝室へと続く古びた木戸を押し開けた。


「父、お客です」


「……はっ、何だニーマンか。どうしたこんな夜中に」


「俺にお客です」


 ニーマンに起こされた老人が寝起きながらサッと飛び起き、眼鏡をかけて現れた。

 白髪でボサボサの髪、杖をつく手は皴が深く刻まれている。父親にしては老いが過ぎるものの、養父であれば納得だ。


「どなたかね」


「ケヴィン・グリュックスと申します、夜分にすみません。その、ニーマンさんにお願いがあってやって来ました」


 老人は顔を顰めた後、扉を閉めて椅子に座るよう促す。


「ニーマン、座りなさい」


「はい」


「お前さん、ニーマンの事を知っているのか。どこから来た。どこで聞いた」


「え? いや、桟橋でたまたま見かけて……飛行艇を操縦できる人がいないか、尋ねたんです」


 ケヴィンの言動を怪しみながら、老人は1つ1つ質問を投げかけていく。

 現在オルキ国にいると言う話から始まり、元はフェイン王国の出身で和平軍の志願兵になった後でこうやって戻って来た事を伝えると、ようやく表情が柔らかくなった。


「クラクスヴィーク出身か。ここからはちと遠いの」


「はい。父母はもう死んで、人形技師の伯父が今も町にいます」


「そうか。グリュックス姓の知り合いはおらんが、ヴェゴールのレイフ・ニールセンと言えば分かるかもしれんの」


「ああ、そうか。ニーマンとは苗字が違うんですね。その、フェルスクという苗字が」


「……まあ、そうだな、ニーマンは養子だ。何者でもないなんて意味の苗字はどうかと思ったんだが、本人は構わないそうだ」


「え?」


「ニーマンは記憶喪失状態でこの集落に現れた。言葉も満足に話せず、自分が何者かも分からない状態で……」


「違うな」


 オルキがレイフの発言を遮る。レイフは突然喋った猫に驚き、もう少しで椅子ごと後ろに倒れるところだった。


「し、島長! 喋っちゃまずいだろ」


「申し遅れた、吾輩はオルキ国の王、オルキである」


「何てことだ、これは夢か、どういう……」


「吾輩の事はいい。おぬし、ニーマンは人形だな」


「えっ!?」


 オルキの発言にレイフは一瞬押し黙った。


「島長、どういう事だ?」


「吾輩、ずっとニーマンの様子を見ておったのだよ。人間らしく振舞っておるが、微動だにせず座る様子、それに受け答え。人ならと言いつつ、まるで自分は含まないかのようだった」


 オルキはニーマンを人形だと指摘する。レイフはまだ黙ったまま、ニーマンは表情一つ変えない。


「心配は要らぬ、吾輩にも人形がある。名はイングス、イングス・クラクスヴィークと名付けた」


「ニーマンの他に、人形が」


「知りたいか。ならばついて来い」


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