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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
解放軍

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ヘッドライト

 


 オルキの言葉に兵士は絶句していた。


 そんな事が出来るはずない、本気ではない、他の条件が出てくるはず。普通ならそう思うところだ。

 けれど相手は魔獣。冗談を言うような性分ではない。


「貴様に答えを選択させる気などないぞ」


「島長、こいつを飛行艇に乗せたってそのまま逃げるだけだ。それなら俺が乗る。フェイン王国の人間が反撃すりゃ問題ないだろ」


「ふむ、それはそうだの。しかし操縦方法は分かるのか」


「問題はそこなんだよな。座学と機器の説明を受けただけで、飛行時間は賞味20分ってところだ」


 レノン軍での訓練中に、教育の一環で戦闘機を操縦した事はあった。とはいえそれは1度だけの経験であり、教官も一緒だった。

 言われた通りに言われた機器を操作し、良しと言われた状態で離陸や着陸を行ったが、その程度で感覚を身に着けたとはお世辞にも言えない。


 通常は何千時間もの飛行経験を積んで初めて一人前だというのに、たった20分など未経験と何も変わらないのだ。


 月夜の空は美しく、雲はない。こんな夜ならほんの僅かな警邏隊を除き、殆どが駐屯地で寝ている頃だ。

 フェイン王国の人間には、夜襲をかけ主権を取り戻すなどという気概はないのだから。


 それとも、オルキの情報を得て警備を強化し、各トンネルや橋が塞がれている事に気付いただろうか。いずれにしても、彼らが全員で山越えでもしていない限り、駐屯地への爆撃が無駄に終わる事はない。


「まあ、やってみるしかないか」


 ケヴィンは覚悟を決め、飛行艇の格納庫へと歩き出す。しかし、ケヴィンは飛行艇を素通りし、脇に止められていた4輪駆動車に乗って戻って来た。


「ケヴィン、どうした」


「操縦出来ねえんだから、操縦出来る人を連れてくるしかねえだろ。見てみろよ、旅客用の機体はもうすっかり古びてるけど、この島に留め置かれてる」


「そうだね」


「この機体、フェイン王国の飛行艇会社のものだったんだ。俺はこの飛行艇が動いていた頃を知らないけど、当時パイロットだった人が国内にいれば」


「ふむ、多少勝手は違えど、操縦できるやもしれぬのう」


「有難い事に、フェインを舐め切ってくれたおかげで戦闘機は旧型だ。最新鋭のシステムを使いこなせって訳でもない」


 そこまでの会話を聞き、3人は降参だと言って手を上げ、拘束される事を受け入れた。

 撃っても殺せない。それどころかオルキは悪人を御馳走だと言って憚らない。

 唯一まともなのはケヴィンだが、そのケヴィンはフェイン王国の人間でもある。当然、侵略者を許しはしない。


「ぐ、ぐだめぐ気はねはんで……」


「んでもよ、どへ撃ち返されてまねだ」


「ああ、どもなねだ。なんどにまがへても飛行艇さ1機潰すだけだべ」


「本部にはみやしあげたはんで、もうわんかで援軍が来る」


 ただ、爆撃については同意もせず、実行する気はないようだ。援軍が来ればこの状況を打破できると思っているのだろう。


「トンネルを塞ぎ、橋を塞ぎ、それでもここに援軍が来るとは思わぬが」


 オルキはそう言って3人を残りの者達と一緒に拘束し、詰所に押し込んだ。


「どへする気だ!」


「出せ! 出してくれ!」


 窓のない部屋で扉を叩く兵士達を無視し、ケヴィンは車に乗り込みオルキもそれに続く。だが、イングスだけは不思議そうに首を傾げ、扉越しに声を掛けた。


「どうして出して欲しいんだい」


 そう来るとは思わなかったのか、扉の向こうの声が一瞬途切れた。


「僕達の言う事は聞かなかったのに、君達は僕達に言う事を聞いてくれというのかい」


 イングスが続け、それに応えたのはズシム語ができる者だった。


「な、仲間を殺せと言われても、ハイ分かりましたと応じられるわけがない!」


「仲間じゃなければハイ分かりましたと応じるのかい」


「そ、それが戦争ってものだ! 殺さなければこっちが殺されるんだ!」


「フェイン王国の人間は、君達を殺そうとしたのかい」


 イングスは穏やかな口調ながら淡々と問いを被せていく。その問いの1つ1つが全員を確実に追い込んでいた。


「殺し合うのが戦争なら、フェイン王国の人間と殺し合ったんだよね」


「何が言いたい、つまり何だってんだ」


「もほらどして、よつもどねえもずらえねわらし子みてえななりして、かちゃくちゃねえこと語ってわがんねよ」


「きまぐつもりならそへばいいべ!」


「殺し合ったんじゃなければ、それは戦争じゃないよ。一方的に攻め込んでおいて、相手も戦争をした事にするのは卑怯だね」


 無抵抗な市民を弾圧し、抵抗する者を見せしめに銃殺した。王族を追放し、占領下に置き、家畜や作物、労働力までもを連合軍の養分にした。


 これは植民地ですらない。自国の人間を送り込んで住まわせるのではなく、奴隷化し、気に入らなければ圧政でストレスを発散し、怯えた様子を楽しむための占領だ。


 自国と同じ生活水準に引き上げてやる事も、生活基盤を整える事も、教育を施す事もしない。経済的な自立などされたら占領下に置けなくなってしまう。

 兵士達は大義名分を掲げてそれを何も疑わず、目の前にいる者達を自分と同じ人間だとは認識していなかった。


「助けてくれと言われた時、君達は助けたかい。どうして自分達だけ助けられるとおもったのかな」


「し、仕方のないことだろう! それが戦争ってもん……」


「だとしたらオルキ王国は戦争をしていないから、僕達には関係ないよ。君達がどうなろうと、僕には関係がない」


「……」


「イングス、どうした!」


 4輪駆動車のクラクションが響き渡る。イングスは振り返って車に乗り込み、扉を一瞥もせず前だけを見据える。


 扉を叩く音はもう聞こえなかった。





 * * * * * * * * *





「ケヴィン、あてはあるのか」


「ああ。この飛行場から西に行くと、小さな町がある。そこは飛行場に勤める人の宿舎があったし、家を建てて通っていた人もいたらしい」


「飛行場に縁のある者がいる、という事だな」


「そういうこと」


「そやつに頼み、爆撃させるのか」


「いや。イングスがさっき兵士達に投げかけた言葉で気が変わった。確かにフェイン王国は戦争に巻き込まれたけれど、戦争はしていないんだ」


 ケヴィンは車のヘッドライトだけが照らす暗闇の中、しっかり前を見据えている。


「一方的に攻め込まれただけ、確かにそうだと思った。ここでやり返したら、一方で戦争の加害者になってしまう。抵抗はしても反撃しなかった。それを貫かせてやるべきと思う」


「成程。しかし500人もの兵士を投降させるのはちと難しくないか」


「そこで、飛行艇の出番だよ」


 ケヴィンは暗闇の中でも分かる程白い歯を見せてにかっと笑う。オルキもイングスも、まだケヴィンなりの作戦を予測できていない。


「勿体ぶらずにさっさと明かせ。勝手に行動されては何の手助けもできぬだろう」


「そうだな。まず、操縦士を見つけて、戦闘艇を飛ばしてもらう。もちろん、俺達も乗り込む」


「それで?」


「連合国側がどんな状況にあるかを見せてやるんだ」


「……そういえば、そろそろ連合国側は大混乱の真っ只中の頃合いだ」


 オルキの「提案」により、野生生物が揃いも揃って連合軍を襲撃している。山では熊や虎が奇跡の共闘で人間を狩り、平地では猿、鳥、牛、馬、あらゆる動物が人間を襲う。

 海に逃れたならクジラが漁船を転覆させ、アザラシが人を海中へと引きずり込む。ラッコが人間に海藻を巻きつけ、鮫が人を喰らう。


 ただ人間に悪戯をしかけたいだけのイルカが噛みつき、シャチは人間を水面から放り投げて遊び、飽きたら喰らう。控えめに見ても、平穏に過ごす事は出来ない。


 命を賭け、彼らは人間の行いに反旗を翻している。これはオルキの指示ではなく、動物たちによる戦争だ。


「今、国がどんな状況になっているかを写真に撮って見せたなら、もう援軍が来るどころか次は自分達だと悟るだろ? 何せ、フェインには人間の数の倍の羊や海鳥がいるんだからな」


 オルキのように残忍にはなれない。イングスのように偏りなく割り切った思考も出来ない。そんなケヴィンらしい作戦に、オルキは大満足の様子。


 風に吹かれながら尻尾は嬉しそうに揺れ、イングスが撫でる手を強めると心地よさそうに目を閉じる。


「フン、人間のくせになかなかではないか。確かに愚か者と同じ床に立つ必要はない。貴様の作戦は気に入った、国王として誇らしい」


「あんがと、島長」


ヘッドライトの灯りが町を示す標識を捉えた。

心細いたった1対の夜道の光は、この国を救うための一筋の光になろうとしていた。

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