生きていくための知恵
廃村で残された物資を漁るのではなく、足りないものは自分達で作っていく。
そうして集落を村に変え、文明的な生活を維持できる島を目指す。
2人と1匹と1体は、動力、水、道、畑などあらゆるものに対し本格的な整備を始めた。
ケヴィンとイングスは残された鉄を高熱で溶かし、棒状にしていく。それをひたすら港の建設現場に運び続け、等間隔で立てると、次は広いコンクリートの下地の上に並べる。
まずは最初は縦に2本、次は横に2本を重ね、3段目は縦に1本を置く。4番目は1段目の下から横に置き、3段目の1本の上に出るように差し込む。
逆からも4番目と同じように差し込めば、人が乗って渡っても崩れない橋にも出来る構造の出来上がりだ。それを幾度も幾度も繰り返す。
長い鉄筋を用意できない中、強度を出すために悩んだ結果の方法。木板で囲んだ中にコンクリートを流し込めば、これでも立派な基礎になる。
「これはね、どっかの偉い人が木の棒だけで橋を作る方法って紹介したものなんだ。それを応用ってわけ」
「そうなんだね」
「これが終わったら、また焼いた石灰と水を必死にかき混ぜてコンクリート作りだ」
「はーい」
イングスとケヴィンだけで3か月。ひたすら作業を繰り返し、なんとか漁船が数隻停泊できる港が完成した。その次はいよいよ道づくりだ。
僅かにその名残が分かる程度だった道の跡は、2人が3か月歩き続けたおかげで草がなくなった。
ぬかるみになりやすい場所は、廃村にあった麻の袋を集められるだけ集め、土を入れて埋める。そうする事で強固な足場になり、雨の日でも崩れない。
「まさか、自分が親父に感謝する日が来るとはね。きつくて面白くなさそうだと馬鹿にしてたけど、人の役に立つ事だったって今更気付いた」
「人の役に立つためにやってるの? それとも面白いからやってるの?」
「今は両方だな。きついしイングスほど働けない俺でも、これから村を作るだなんて大仕事、わくわくしない方がおかしいってもんだ」
「人間の感情って、不思議だね」
「どうしてそう思った?」
「ケヴィンは面白いって言った。でも、わくわくしないのも面白いんだよね」
おかしいを面白いに変換したイングスに、ケヴィンが笑いながら訂正を入れる。人間らしい受け答えは出来ずとも、「そうきたか」と感銘を受ける発言はしばしば。
雪が本格的に振り出すまでに、集落への半分は立派な道になろうとしていた。
* * * * * * * * *
「この大きな台車に、鉄の桶を乗せて……こうすれば、便所の汲み取りが楽になる」
「その次は風車小屋だ。吾輩が言う通りに図面を描け」
「あいよー。っと、その前に1週間くれないか。畑を広げたいんだ、ジャガイモを出来るだけ増やしたくて」
「ならば、吾輩は島の地理を把握しに行こう。海岸線を辿り、後でイングスに説明する」
「何か使えそうなものを発見したら、俺達が後で取りに行くよ」
オルキとフューサーは、集落の開拓に取り組んでいた。この島で出来る限りの知識はオルキが授け、手先の器用なフューサーが形にしていく。
「ものづくりしてるとさ、完成した姿が分かるんだよな。自分が作ったものは、だけど」
らせん状の羽を付けた水車を作り、磁石と鉄線や銅線を使った即席の発電機に繋げて、不安定ながら電気が通るようになった。
抵抗を増やした電熱線のコイルが、ぼんやりとでも熱で赤く照らしてくれる。もう明かり欲しさに貴重な木材を燃やさなくても良い。
「炭は捨てずに取っておくのだぞ」
「何に使うんだ?」
「タールにして、防水に使う。冬の間は外の作業が出来ぬからな、その間、イングスに船を作らせるのだよ」
「防水か。でもそんなに隙間なく木を組んでいけるのか? 隙間を埋めるのはさすがに無理だよな」
「隙間には麻の紐を鑿で詰めていくのだ。それでも止水になるが、そこにタールを塗り染み込ませたならもっと丈夫になる」
「成程ね……そんな使い方があったとは。便利な鉄製の船に慣れて、そういった工夫でやり遂げる知恵を手放してんだなあ、俺達」
オルキが授けるのは学問ではなく、生活の知恵や物の仕組みに関するもの。最新鋭の電子機器や道具がなくても、オルキの言う通りにすれば生活に必要なものは揃った。
「この島には限りがある。貴様らの最新技術とやらは手に入らない。吾輩は自然を用いて出来る範囲の事しか出来ぬ。だが今はそれで十分だろう」
「ああ、電子機器が登場する前も、人はこうして生活できていたんだ。電子機器や機械がなけりゃ生きていけない人間だった事が恥ずかしいよ」
「ないものはない。どうしようもない。だが、必要なものは全部ある」
「そうだな、便利さを追い求めるより、生きる力を試せるくらいがちょうどいいよ」
フューサーは手を洗うと、いったんオルキとイングスの家に向かう。これから食事の準備だ。
「よし、朝のポトフのスープが残ってるから……島長、イングスを呼んできてくれないかい」
「いつもの作業だな」
「ああ、悪いね」
用意するのはポトフのスープ、今朝釣ったニシンを2匹、カニのほぐし身。放置された畑で野生化していた玉ねぎとトマトとにんにく。それに海水から作った塩。
牛乳はオルキが付近の野良牛を従わせて手に入れたもの。一部羊のものも含まれている。
イングスが到着するまでの間、フューサーは内臓を取った魚の頭と尻尾を落とし、3枚におろしてからぶつ切りにしていく。
「オリーブオイルもスパイス粉もないからな……さて、どうしよう」
「連れてきたぞ」
「僕が連れて来られたよ」
「有難う、お待たせでいいんだよ。まあ往復8kmを10分ちょっとで来られちゃ全然待ってなんかないけど」
「僕は待たせたかどうか、分からないんだ」
「そりゃ悪かった」
オリーブ油の代わりに大豆油。これを大さじ1杯。イングスの馬鹿力で絞ったものを使用。
生クリームは大さじ3杯。イングスの馬鹿力で牛乳から泡立てたものを使用。生クリームに使う砂糖がないため、甘みははちみつで加減だ。
スパイスは野生のハーブを数種類。パプリカ粉の代わりにトウガラシ。乾燥させたこれらを、イングスの馬鹿力ですり潰す。
「じゃ、火を起こして……フライパンに油をひく」
フューサーは料理の様子をイングスに観察させる。次からイングスでも作れるようにするためだ。
「スパイス粉を油で溶いて、油がビチビチ鳴り出したら、にんにくのスライスとみじん切りした玉ねぎを入れる」
「そうなんだね」
スパイスとにんにくが良い香りを放ち、食欲を掻き立てようと部屋の中を漂う。
「玉ねぎがなじんだら、ポトフのスープを500ml、水を1L(ml=ミリリッタ。1000ml=1L=1リッタ)、魚の切り身、トマトと、牛乳と、生クリームを入れて沸騰させる」
「僕が用意した材料は全部使っちゃったね」
「そうだな、有難う。俺じゃ力技で油絞り出したり生クリーム作るなんて無理だからな……。カニのほぐし身を入れて塩で味付け。ちょっと待てば完成さ」
完成したのはクリーミーな魚介のスープ。ケヴィンの故郷の料理を、ヒーゴ島の食材向けにアレンジしたものだ。
出汁の香りと味、そこに少しの酸味と辛味が合わさり、口の中でうまみが一気に広がる。
「本当はエビも使ってこれぞビスキュイ風じゃなくビスキュイ! って言いたいんだけど、ないものは仕方がない。ケヴィンもそろそろ到着するかな」
「噂をしていれば、帰って来たぞ」
「ただいまー、腹減った! お、いい匂いがする、俺の故郷の家庭料理だ」
「火を通して喰らう魚の味を覚えると、もう元には戻れぬな」
全員が揃ったところで皿にスープを盛る。
「イングス、舐めてみるか」
「……これは、美味しいのかな」
「人間はこれを美味しいと思うね」
「そうなんだね、覚えたよ」
「さあみんな、恵みに感謝を」
「島長、ちょっと冷めてからの方が……」
オルキがビクリとして毛を逆立てる。猫舌には熱かったに違いない。
イングスは食事を摂らない。何が栄養か動力源かさっぱり分からずとも、特に食べたいと言い出す事もない。必要な時が来れば、全力で与えるのみ。
いつか興味を示した日のため、そして仲間意識のため。イングスも含め必ず全員揃った状態で食事を摂る。今のところの数少ないルールの1つだ。
いずれはパンも育てたいと話す2人には、未来への明るい展望が広がっていた。




