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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
解放軍

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59/113

自業自得

 


 辺りはもうすっかり暗くなった。

 何事もなければ、兵士達も見張りを除き全員ベッドに入る時間だ。


 そんな静寂の時刻に、イングスとケヴィンは7人の兵士を滑走路に転がし、格納庫前の照明を当てた。


 照明が薄っすらと漂いだした霧に反射し、広範囲を淡く照らし出す。

 こんな時間に滑走路を照らす事などまずない。必ず目立つ。


「動きがねえな、味方に連絡入れてんのか」


「そうだとしても橋もトンネルも塞いでおる。首都に飛行場はないし、山越えも厳しかろう。数時間でこれはせぬ」


 この状況を見逃すはずもない。案の上事態が伝わったのだろう。

 管制塔の中に動く影が見える。イングスは見逃さなかった。


「ん? イングス、何か見えたか」


「うん」


「何が見えた」


「人間だよ」


「どこだ」


「あの場所」


「早く言わぬか」


「しろって言わなかった」


「ふう、不便な人形だの」


 相変わらずなイングスのペースに飲まれつつ、オルキはすぐに体を元の大きさに変え始めていた。


「島長」


「貴様はあのろくでなし共を監視しておけ」


「……ここは俺の国なんだぞ。何でもやってもらう訳にはいかない。俺が行って奴らを」


「何かを勘違いしておらぬか? 貴様の欲望に応えるため来たのではない。役割に不満を言う暇があるなら初めから防衛せぬか」


 オルキの言い方はきつい。しかしケヴィンが無駄死にしないように配慮したつもりだ。オルキが言い方を配慮しないのは今更。ケヴィンも言い返さずに黙り込む。


「ケヴィン。貴様には相応の役割がある。吾輩がこの島から愚かな連合軍を撤退させたとして、どこが占領するかが変わっただけだ」


「占領ってつもりはないだろ」


「それをフェイン王国出身の貴様が説明するのだ。平和に浸かり麻痺しきった者達を相手に納得させるのは貴様だ。貴様が失敗すれば、この国の民はただ従うだけの傀儡と変わらぬ」


 だれが占領するかが変わるだけ。まさにそれがフェイン王国の姿勢に現れていた。国王が統治していた時代から、他国が統治する時代になっただけ。

 悲しみを口にしても、自分達でそれをどうするつもりもない。


「ケヴィン、貴様の祖国は何たる様だ。こんなにも奴隷適正を詳らかにする人間共がどうやって権利を守るつもりだったのか」


「……」


「今この国を解放したとて、いずれ強国に従う属国になるだけだろう。王族が帰還したとて、民の信頼を得て強固な国として再生できるか」


 可哀想だから助けてあげる。そんな慈善事業はオルキ以外の誰かも容易に思いつく事。実際、レノンはそれを実行しようとした。

 レノンの傘下となれば幸せになれるとは限らない。いや、実際に無理だ。攻め込まれ領主を奪われ、簡単に放棄し撤収した。

 レノンが苦渋の決断で撤退したのだとしても、守れなかったのは事実なのだ。


「我が国を承認させる、その後の事はフェイン王国が決める。吾輩は自国の事で()いっぱいだ」


 フェイン王国は甘い。オルキが各地で兵士を制圧しても喜ぶだけ。

 トンネルを塞げと言われたから塞ぐだけ。

 オルキに恩返しをするわけでもなく、共闘するつもりもない。殆どがああ、良かったと安堵するだけだった。


「自治なんて無理だった、そう言いたいわけだな。確かに俺もそう思うよ」


「オルキ国はそんな国も頼らねばならぬ。どれほど情けないか、よく考える事だ」


 そう言うと、オルキは再び大きくなり、管制塔へと走っていく。イングスがそれを追い、その場にいるのはケヴィンと7人の捕虜だけになった。


「なあ。あんたらにとってフェイン王国ってどんな国だった」


「……」


「ズシム語じゃなくてもいい、尋問じゃねえし。ただ、自分の考えを肯定したいだけさ」


 ケヴィンが力なく笑みを浮かべた。オルキの正論はよく刺さる。

 ケヴィンもまた、祖国を思いながら自分で何かを成す気がない事を思い知らされた。


「……まあ、こんなにもあっさりと国を明け渡すと思っていなかったよ。無血の終戦なんて言ってたけど、抵抗する気もなかったようだ。抵抗したのはレノン軍だけさ」


「……」


「あんた、この国の人間か? じゃあ教えてやるよ。フェイン王国なんかどこが攻め落とすかの問題でしかなかったんだよ。他人の善意で権利を維持できていただけなのに、のほほんと過ごしていた馬鹿な国って事さ」


 兵士は捕えられ、ケヴィンが数発殴るくらい簡単なものだ。けれどケヴィンはそうしなかった。

 攻めるのが悪いのは明らかでも、フェイン王国の方針も明らかに間違っていたからだ。


「他人の倫理観を試す事に自分達の人生を賭けるなんて、まあ馬鹿だよな」


「フン、そうだ」


「でも、他人を痛めつけて平気な奴が正しいとは思わない」


 そう言うと、ケヴィンが大きく振りかぶり、不遜な態度でニヤニヤしていた1人を渾身の力で殴り飛ばした。


 軍人として鍛え、過酷なオルキ諸島の生活で鍛えられ、どこに攻められようが抵抗できるよう鍛え続けた。そんなケヴィンにとって、兵士達を殴り飛ばすくらいわけもないことだった。ただ、しなかっただけだ。


「お、おめ、許さねはんで!」


「許してくれなんて言ってねえよ。フェイン王国が今この瞬間から抵抗を始めた、それだけだ」


 心を鬼にし、不躾な口を聞く者には容赦なく銃を突きつける。感情を捨てたケヴィンの覚悟に気付き、兵士達はフェイン王国への侮辱をやめた。


「てめ、おんべじょ! たんだで生きでいげると思うな!」


「性善説なんて、とっくになくなってんだよ。島長やイングスに教えられていたはずなのにな」


 そう言いながら、ケヴィンは1人の肩を掠めるように1発だけ放っておいた。兵士達はもう何も言わなかった。





 * * * * * * * * * 





「なんだば! 助けさ呼んだはんで、やっとに大勢駆けつげるべ」


「だから何だ」



 監視塔ではオルキとイングスが3人の兵士と対峙していた。

 兵士達は既に首都へ連絡を入れており、すぐに援軍が来ると言って余裕を見せる。


「わんどさ殺めても意味はねえ。首都の兵がおめだちさ許さねじゃ」


「誰が許せと言った、勝手に推測するな」


「トンネルを塞いだし、橋も塞いだよ。船を出すのかい」


「……塞いだ?」


 兵士達はイングスの馬鹿力と各町や集落の協力を知らない。イングスは付近の机を糧手で持ち上げ、兵士達の目の前に投げ落とす。


「こうすれば塞げるんだよ」


 数十キロのものを小石のように軽々と投げる青年。当然だが驚かないはずがない。


「さあ、撃ってくるが良い。どうした」


「良いのかい」


「何だ、貴様が良し悪しを判断してみるか」


「人形に出来るわけないでしょ」


「しようともせぬくせに」


 イングスは穏やかな笑みのまま、机をもう1つ投げ寄越した。


「ひっ……う、うわあああああ!」


 途端に1人の兵士がマシンガンを連射しだした。イングスとオルキへ放ってはいるが、恐怖のあまり的を狙う余裕はないようだ。


「撃づな! 機械さ当たってすまうでねが!」


「あああああああああ!」


 イングスは10発のうち8発ほどは叩き落とし、残り2発は受けてしまう。さすがのイングスも、連射し続けられたなら太刀打ちできない。ただ、痛みを感じる素振りも一切見せなかった。


 その様子はむしろ痛々しい。


「うわああああ化け物おぉぉぉオォォ!」


「化け物は僕じゃないよ」


 胸元には穴が開き、首元は抉れた。手の平の穴からは奥の壁が見える。

 それでもイングスは倒れることなく弾を叩き落とし続け、とうとう兵士のマシンガンは最後の弾を発射し終えてしまった。


「ひ、ひあああ……!」


「イングス、無事か」


「何をもって無事なのか教えてくれるかい」


「被弾した部分は修復できそうか」


「僕は勝手に修復されていくけれど、服は修復されないね」


 イングスが無事なのは分かりきっている事。しかし、オルキは我慢ならなかった。


「貴様ら、どんな()を使ってでも、吾輩の餌とできるよう全力を尽くしてやる」


 オルキがそう告げると、イングスがズボンのポケットから1つの鍵を取り出し、兵士の足元に投げる。


「な、なんだべ」


「今から飛行艇に乗れ。タイヤの空気を入れ、鍵穴を修理し、警告灯を元に戻せ」


「ほ、捕虜にするんだべ」


「馬鹿か。貴様に捕虜としての価値があると思うか」


 オルキは兵士の正面まで歩き、その目の前に鼻先を近づける。


「今まで貴様が行ってきた全てを、首都の駐留軍の基地へやり尽くせ」


「へっ」


「貴様が爆撃で首都の駐留軍を殲滅しろ、そう言ったのだが理解出来ぬか」

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