罠と捕獲
兵士が半狂乱で銃を乱射しようが、オルキは面倒くさそうに目を守るだけ。
目が弱点だとして一度は意気込んだものの、結局はオルキの踏みつけで銃を手放す結果となった。
「馬鹿の1つ覚えという言葉は、よく言ったものだのう。どの兵士も銃を乱射し、目を狙う。攻撃される事はとっくに分かっているのだよ」
オルキは男を抑えつけ、我慢してもあふれ出てくる涎をすする。
「吾輩の事は聞き及んでおろうに。クラクスヴィークの人数で銃や砲弾を使ってもなお敵わぬ相手に、また同じ戦法とはな。頭が足らぬのではないか」
教会内の兵士は戦意を喪失し、ただ許される事だけを待っていた。
オルキは兵士達の様子も気に入らない。
「銃を向け発砲したという事は、相手を殺すつもりであったのだろう? 吾輩が貴様らを殺す事も受け入れるのが道理ではないか。吾輩は銃弾をきちんと受けきったのだから」
「か、かに、いだくへしたべ」
「イングスがおらねば、何を言っておるのか全く分からぬのう。ズシム語圏のフェイン王国におるのだから、ズシム語で話すのが道理ではないか」
「……」
「吾輩の言葉を理解しておるなら、話せるのではないか」
兵士達に目を向けるが、誰1人としてズシム語を話さない。
ジョガル語圏はそれなりに広い。特にジョエル連邦やギャロン帝国のように強大な国が複数含まれるためか、他に合わせる事を好まず、他国の言葉を学ばない。
本来はどこの国でも母国語と同じくらい教育を受けるのだが、自国でおおよそを賄える国は、母国語以外を使う必要性を感じないという。他国に頼る事も、国から出る必要もない。だから共通語を使う機会もない。
そこに輪をかけて大国のプライドが拍車をかける。
「なんだ、話せぬのか」
クラクスヴィークではインガが。オルキ国にやって来た時はガーミッドが。
そうやってズシム語が出来ない人間の集まりには、ズシム語を話せる者を同行させる。
そうやって連合軍は各国に攻め入っていた。恐らく、インガも他国からの移住者だろう。
「まあ良い、吾輩の言葉はある程度理解しておるようだからな。吾輩は貴様らに対し、正当防衛を主張できるというのに、まだ1人も殺しておらぬ」
オルキの口から、たまらず涎が落ちる。
「こんなにも愚かで性根が悪く、美味そうな餌が揃っていながら我慢しておるのだ」
「ひっ……」
オルキは腰を抜かした1人に扉を開けるよう命じ、全員を教会から出した。
その目の前にはいつもの穏やかな笑みを浮かべたイングスと、ため息をつくケヴィンがいた。
「もう戻ったのか」
「お帰りなさいました」
「ああ、お帰り。トンネルは塞いだか」
「僕は塞いでいないよ」
「という事は町の連中が塞ぐのだな。よくやった」
「本当にイングスが戻ってくる前に終わらせるんだからな、恐れ入ったよ」
オルキ達は手分けして兵士を運び、駐留軍の全員を地べたに転がした。
「これで全員だな。ズシム語を話せるものはいないか」
「は、話せます」
「全員揃っているな、嘘を付いて無事で済む状況ではない事は理解しておろう」
「そ、揃って、います」
ケヴィンに騙され、オルキに制圧され、強国のプライドなど見る影もない。町の者に全員を捕えて決して逃がすなと指示を出し、一行は北上して空港がある島を目指す。
そろそろ日が沈みそうな時刻。
オルキは食料を貰ってたらふく食べた後、ケヴィンとイングスを背に乗せて走り出した。
* * * * * * * * *
「なあ、島長。こっちから攻撃を仕掛けたらさすがに宣戦布告なしの参戦にならないか?」
「飛行艇に細工をするだけだ、向こうが撃ってくるまで攻撃はせぬ」
「うーん、誘発してるから過剰防衛というかもはや認められない気も」
「人の世の理は学んだが、まだ連合軍もフェイン王国も、吾輩を認めておらぬのだぞ。権利を認められておらぬのに決まりなど守ってやる義理はない」
「法律の中で、人間以外は物として扱うんだよね。人形にも決まりは適用されるのかい。魔獣や羊や牛も人間の決まりに従っているのかい」
「そう言われると……従う必要があると言えなくなるな」
空が完全に暗くなるのを待ち、小さなオルキとケヴィンとイングスは飛行場に侵入していた。
比較的平坦な場所にぽつんと建設された飛行場は、周囲を貧相な柵で囲まれただけ。占領軍も全周囲を警備するのは諦めているようだ。
レノン軍が守っていた時は幾分抵抗もあったが、今のフェインには反抗するような動きは一切ない。戦う事を最初から放棄しており、これではレノン軍が浮かばれないとさえ思う程。
連合軍はクラクスヴィークの事態が報じられるまで油断しきっていた。
「さて、行こうかの」
インガの情報では、10人程が駐留している。近隣の集落が小さく、飛行場に隣接していたホテルは軍事作戦で崩壊。飛行場はロビーや椅子があっても宿泊施設はなし。大勢を駐在させようにも、野営の設備が間に合っていなかった。
オルキはまず、格納庫の中へと侵入した。警備兵はいたが、猫を追いやる気はないらしい。警備する必要性も感じていないのか、柱にもたれかかって目を閉じていた。
その間、オルキは隙間に頭をねじ込み、中から通用口の扉を開けた。ドアノブをの鍵を回せずしばらくガチガチと音を鳴らしていたものの、1分かからなかったのは随分早い。
「何の武器も持たずに敵軍に乗り込むなんて、軍人だった頃でもお断りだったぞ」
「早く入れ」
「ああ」
ケヴィンが倉庫に入り、6機並んだプロペラ機を順番に確認していく。最新鋭の飛行艇ではなく2世代も前のものである理由は、その程度で十分という事。
これではオルキ国が解放したところで、どこの国に属するかが変わるだけ。
オルキは思わず「情けないのう」と呟いた。
「……フェインは今更後悔してるんだよ。こっちが友好的で平和主義なら、攻め込まれる事はないって考えていたんだ」
「そんなわけがなかろう。交渉材料もなしに、強き者が弱き者の権利を尊重すると思うか」
「……それも痛いくらい分かってる。レノンだって、フェイン王国周辺の海峡が連合軍の手に渡ったら貿易が滞るから守ってくれるんだろうし」
「誰かの味方であるには、味方につけるだけの有益なものが必要だ。同時に、それは敵にとっても有益という事」
「自分達を守るのが他人ってのは、今更ながらあり得ない考えだったよな」
力なき正義など存在できない。オルキがよく言っている事だ。祖国の状況を見れば、オルキの主張が正しかったと嫌でも理解できる。
「吾輩がフェインを救うのは、国民である貴様のためでもあり、我が国承認のため」
「それでも、フェインにとっては頼もしい。さあ、やるぞ」
全機タイヤの空気を抜いた。機体の鍵穴は全部塞いだ。更に警告灯のランプも抜いた。そして最後にイングスがシャッターを盛大に破壊。
この時点で、軍人達はようやく飛行場内に問題が起きたと気付く。
「な、なした!」
周囲にいた兵士は3人。格納庫に走って見つけたのは、特に問題などなさそうな1人の好青年。
「ごめんください」
「だだば!」
「まずは自分から名乗るのが礼儀なんだよ」
イングスは銃を向けられた事で、3人を敵と認識した。手には3つのボルト。
「撃つぞ!」
「見たら分かるよ」
「つけらっとすで、ごんぼほっても知らねはんで」
「そうなんだね。君達は僕を攻撃するつもりだから、僕は僕を正当防衛しなくちゃいけない」
「う、撃つぞ!」
「まねだ! 飛行艇に当たる!」
「なした!」
3人の後方に、慌てた様子の男が4人やってきて、兵士は現在合計7人。
イングスは地面に置かれたロープの端を静かに持ち上げる。それがバレないよう、ケヴィンが機体の上に現れ、皆の注意を引いた。
「よう」
「平和ボケしているのはフェイン王国の民だけではなかったか」
兵士達の背後からそう声が聞こえたと同時に、イングスが驚きの跳躍でロープを思い切り引っ張った。
「何!?」
一瞬の事で何が起こったのか分からず、飛行艇に当たるため銃も使えない。
混乱の最中、7人は突如強い力に引きずられ、全員が互いの体を圧し潰しそうな程引き寄せられる。
「捕獲完了」
ロープのもう片方の端はオルキが咥えていた。
予め円形に並べられたロープが両方から物凄い力で引っ張られた事で、全員の足が縛られたのだ。
「情報は入っていたはずだがな。こんな腑抜けに攻められる国があるとは嘆かわしい」




