そよ風程度の抵抗を受けて
* * * * * * * * *
「……いったいその量がどこに消えてんだよ。明らかに島長の体より食べた量の方が多いぞ」
「ソフィアに透視でもさせねば分からぬ。やはり魚は焼くに限るな、吾輩は人間の魚や肉を焼く知恵だけは尊敬しておる」
「他にもあんだろ」
オルキ達は連合軍の車両を同意の下で譲り受け、首都を目指していた。
荷台には魚の骨が散乱している。
連合軍が住民から搾取するつもりだった食料を同意の下で分けてもらい、オルキは30人前の焼き魚をペロリと平らげた。
首都まで続く道は、クラクスヴィークの郊外から海底トンネルになっている。島の道が首都までトンネル続きではなかった頃は、1日に4便の渡船が出ていたという。
クラクスヴィークがある島から首都までたった25kmだというのに、行った事がない人もいたというから、驚きだ。
しかし、オルキ諸島も似たようなもの。島同士を結ぶ橋もトンネルもなく、今のところは戦闘艇が1隻、他にあるのは手漕ぎのボートのみ。
そうやってトンネルを抜け、連合軍が駐留しているというルナヴィークの町に差し掛かった。オルキとイングスが急峻な山肌を難なく登って町全体を見渡すと、ルナヴィークからもまた、トンネルになっている事が分かった。
「おかえり、どうだった」
「封鎖されてはいないと聞いていたが、軍による簡素な検問所が出来ていた。厄介だのう」
「まいったな、ルナヴィークと首都の間の海底トンネルが1番早いんだけどな」
「他に道があるのか」
「あるけどかなり遠回りになる。トンネルを抜けて南下する途中、海に突き当たって左右に分かれた道があっただろ。あれを右に進んでいくんだ」
「どれ程の距離になる」
「俺もバスで何度か行ったくらいだからなあ。クラクスヴィークからここまでの、3倍くらいの距離になるかも。しかも途中にトンネルが幾つもある」
「トンネルを抜けるのは一緒という事か」
「ああ、海底トンネルなら、その4分の1くらいの距離で済む」
島と島の間の海は浅い。とはいえ、夕暮れ時の海を泳ぐわけにもいかない。おまけにオルキはあまり濡れる事が好きではないのだ。
「仕方あるまい、ま、奴らを蹴散らせば問題ない事。吾輩についてこい」
「ちょ、待った待った! 作戦があるなら先に教えてくれ、計画通りに動けなくて足を引っ張るのはごめんだ」
躊躇いというものを知らないオルキと、その決定に何の躊躇いもないイングス。生身の人間はいくつ命があっても足りない。
「まず、吾輩が猫の真似をする。おおよそ人間というものは人に懐く動物に弱い」
「なんだそのガバガバな理論。猫嫌いだったら即撃たれるぞ」
「猫が嫌いな人間がいるのは承知。その時はさっさと諦めて2、3人喰らえば良かろう」
「よくねえよ。騒ぎになったら無線や電話で別の場所に連絡されて終わりだ。つかインガは検問の存在を知らなかっただろ。つう事は、既にクラクスヴィークの騒動が伝わってるんだと思う」
「ふむ、あやつが隠し通すつもりだったとは思えぬからのう。58人でまともに戦えもしない奴らが、たった数人を検問に置いたところで意味はない事は分かっていたはず」
「出口にもいるんだろうな。あの検問の兵士は6人、町から移動してきたにしては早いから、ルナヴィークの駐留軍だろう。ん、待った」
ケヴィンがオルキとイングスに隠れるよう指示を出す。しばらくして頭上を戦闘機が飛んで行った。
「ありゃ、クラクスヴィークの騒動が完全にバレてるな。こんな夕暮れにあっちまで飛んだって何もない。戦闘機が着陸出来る場所なんてないんだから」
「と言う事は、クラクスヴィーク上空から状況を確認する気だな。兵士達は捕えて教会に押し込めてくれると言っていたから、見かけは分からぬと思うが……」
「戦闘機はどこから飛んできた」
「ヴァグル島にある飛行場だと思う。世界大戦になる前は民間機の発着も可能だったらしい。今じゃ危なくて空路なんか無理だけど。インガの話だと連合軍に押さえられている」
「戦闘機は、その飛行場に戻るんだよね」
「まあ、そうだな」
イングスがそう言ってからまもなく、先ほどの戦闘機が戻って来た。その方向はヴァグル島で間違いないという。
「空から見張られるのは厄介だ。ふむ……ではこの町の駐留軍を全員捕まえたなら、先に飛行場へ向かわぬか」
「えっ」
「本体だけを残し、周囲の駐留軍は先に片付ける。この町の駐留軍を片付けたなら、町の者にトンネルの片方を塞ぐことに同意を求めよう」
「フェイン王国に来る時、飛行艇から飛び降りてくる兵士がいたよね」
「パラシュート隊か、確かにいたな」
「あんな風に逃げられるかもしれない。だから飛行艇が使えないようにしたらいいんじゃないかな」
「そうだな。おまけにトンネルを塞げば、奴らは諸島で第二の規模を誇るクラクスヴィークまでかなりの遠回りが必要になる」
「遠回りになるだけじゃなくて、クラクスヴィークまでの海底トンネルの出口も塞いでおいた方がいいね」
オルキが同意すると、イングスは来た道を猛スピードで引き返した。町の者にトンネルの出口を塞ぐように指示を出すためだ。
「では、イングスが戻ってくる前にさっさと片付けるか」
オルキは諸島の中で3番目に人口が多い町へと歩きながら、本来の大きさに戻る。
「ケヴィン、貴様はでかい化け物が出たと騒ぎながら町を駆け抜けろ。兵士がいるなら表に出てくるはず」
「島長は!」
「その間に検問の兵士を転がしてこよう。急がねばならぬからな」
「そうだな、トンネルの向こうから援軍が来たらまずいし」
「そんな事はどうでもよい」
オルキはケヴィンにあからさまなため息をついて見せる。
「イングスが戻ってくるまでに片付けねば、吾輩が嘘つきになってしまうではないか」
* * * * * * * * *
「ど、どさ!? わもへでけろや!」
「まねだ、なもまねか!」
「ああ、えさへえっで見つかった! どへばいいべ」
オルキが町を襲い、住民達は悲鳴を上げながら逃げ回っていた。クラクスヴィークから情報が漏れたせいで、兵士達はすぐに戦闘態勢に入る。
しかし、その数は20名しかおらず、ケヴィンが叫びながら町を駆け抜けた事で各家々は玄関扉の鍵を閉めた。これでは押し入る事も出来ない。
兵士達は隠れる術もなく見つかってしまい、次々とオルキによって地面に転がされていく。
その大半が逃げながら目指していた方向に目をやれば、何とも分かり易い理由がそこにあった。
ご丁寧に占領した教会に軍旗が翻っていたなら、それはもう目印でしかない。
なんとか逃げ延びた兵士達は教会の扉を閉め、絶体絶命の状況でどうするかを話し合う。残ったのは僅か5人。
「たんだでねえ、ぬだばる隙もねえ、銃もまねじゃ」
「ふとげりに撃っておけすのはどだべ」
「まねだ、効かねえ」
「にやーん」
「あんれ、猫だべ」
「あんま寄るな、ねごさかちゃがいでまねだ」
そんな兵士達の足元に、1匹の猫がすり寄って来た。見れば天窓の1つが開いたままになっている。
「屋根からへえっで来たな」
「にやーん」
「さしね、おい猫、とこしょにな」
兵士達が必死に猫を宥めようと「シーッ!」と人差し指を立てて口に当てる。とは言え、皆が皆、オルキから追われに追われて教会まで逃げ戻ったのだ。何ならオルキの目の前で扉を閉め、間一髪で逃げ切った者もいる。
猫の鳴き声がなかろうと、もう兵士達の居場所はバレているのだが。
その証拠に、足元で下手な鳴き声を響かせていた猫は急に大きくなった。
「やれやれ、ちょっと猫の真似でもすればすぐ騙されよって。わざわざ施錠までご苦労、これで貴様らの逃げ場はなくなったのう」
猫の正体は勿論オルキ。1人はその場で気を失って倒れ、2人は腰が抜けた。残りの1人は逃げようとして教会の椅子に躓き、脛を打って悶絶。
かろうじて1人だけが歯茎が見える程歯を食いしばり、オルキへ銃を向ける。
「き、きな! たんだでやられねど! 動けば撃ぐへっ」
兵士の震えた声は、最後まで紡がれずに途切れた。人間の動作など、猫パンチ……もとい、魔獣猫パンチの俊敏さに敵う訳がないのだ。
「さあ、美味そうな人間共、吾輩と戯れるか?」
オルキがそう問い尋ねると、皆が小刻みに首を左右に振り、両手を上げて降参を示した。
「まったく、そのような腑抜けが揃いも揃って、よくもまあ国を1つ制圧できたものだのう」




