交戦
「撃て!」
さすがに目を狙われてはたまらない。オルキは前足を上げて防ぎ、早々に突進する事を決めた。
「来るべ!」
「対戦車用の発射砲さ持ってけろじゃ!」
「ぶ、ぶっかえではんで……」
「どへばよ! ったく、かちゃぺねぐてまねだな!」
オルキが突進を始め、路地から出てきたばかりの兵士達が散り散りに逃げていく。その1人が逃げる際、目の前にいた住民の女性を突き飛ばした。
「うわっ! ……えっ」
「町の者が誰1人として傷付かないよう守れと言われているからね」
イングスが目にも止まらぬ速さで駆け寄り、地面に倒れる寸前で受け止めた。兵士の男はそのまま走って行く。
「あ、有難う」
「はーい」
イングスは女性の無事を確認すると、兵士の後を追う。路地を通れば自分が他人とぶつかる恐れがあると判断し、なんと軽々と屋根に跳び上がって、そのまま走り出した。
「なんだば? なんだあのずるすけぼんず!」
「屋根の上さぴょんぴょんと……」
一方は巨大な黒豹、一方は屋根の上を飛び移りながら駆け抜ける青年。どちらも気にするうち、青年はフッと路地に飛び降りた。
「うおっ!?」
「僕は魚じゃないよ」
「だだば! どけ!」
兵士は上から降って来たイングスに驚き、止まりきれずに転ぶ。イングスは兵士の胸元を軽々と持ち上げた。
「名前を聞く前に、名乗るのが人間の当たり前なんだよ」
「あ? なんだ、連合軍さ盾突く気だびょん!」
「盾は持っていないでしょ」
凄んでも脅しても、何をしてもイングスは全く動じない。兵士はイングスに気味の悪さを感じながらもがき、拘束から逃れようとする。
「なんだべ! 放せ!」
「他人にぶつかったなら、謝らないといけないんだよ」
「知るか! さすねじゃずるすけが!」
「え、他人にぶつかったら謝るって、知らないのかい? おかしいな、人間の常識だってソフィアが言ってたのに」
銃で脅そうにも、手に持っていた銃はイングスの足元に転がっている。おまけにもがき、時には蹴りを入れる兵士に対してもイングスは全く動じない。
そのうち、イングスは目の前の兵士に対し、自身のこれまでの学習と経験を踏まえとんでもない判断を下してしまった。
「君は野生の人間なのかな。だから他人にぶつかったら謝るという決まりを知らないんだね」
イングスはそう言うが早いか、足元に転がった銃を拾い、兵士の胸倉を掴み上げたまま走り出した。
「放せ! ま、待で! そかっかめがねふても、く、苦し……」
兵士の顔色がみるみる赤くなっていく。首元にはイングスの拳がしっかりめり込んでいる。
イングスは屋根の上に跳び上がり、他にも兵士がいないかを探し始めた。と、ちょうど1ブロック先で女を人質にして建物に入ろうとする兵士が視界に入る。
「見つけた」
自分が片腕で兵士を1人掴み上げている事を忘れているのか、イングスはその兵士めがけて走り、瞬時に飛び降りて小石を掴み、男の腕を狙って投げた。
「痛っ!? 撃だれた!? なんだべ!? 貴様だびょん!」
「わ、私は何もしてません!」
「う……クソっ! はやぐ来い!」
兵士は激痛に顔を歪ませながらも、若い女性に扉を開けさせようとする。イングスはその男の腕を掴み、思い切り引き寄せた。
「うおっ!?」
「魚はどこにもないよ」
「な、何しやが……」
銃を構えようとした隙に女性は兵士の腕を振りほどき、悲鳴を上げながら逃げていく。イングスは男が銃を持つ腕が折れるかと思う程強く握り、とうとう兵士の手から銃が落ちた。
「町の者が誰1人として傷付かないよう守れと言われているから、銃で町の者を撃たせる訳にはいかないんだ」
「な、なんだば!」
「人形だよ」
「に、人形? えぱだだ名前だな、俺の腕を放せ!」
「僕に指示を出せるのは君じゃないよ」
「いーでば放せ!」
「人間の腕は外せないはずだけれど。ああ、そうか。君は人形なんだね」
先程も見たような事がまた繰り返される。イングスはまたもや兵士の胸倉を掴み上げ、地面に落ちた銃は足で掬い上げて指にかけた。そのままオルキがいる方へと走り出す。
「邪魔をす……る、な! 下ろせ!」
片腕にはもがき苦しむ兵士。もう片腕にはもうもがく事もない兵士。
イングスが2人の兵士を掲げるように走る姿を見て、住民達は戸惑いの表情を隠せずに見守る事しか出来なかった。
* * * * * * * * *
「なすて効かね! 他の武器さけれ!」
「少佐まいねだ! 騒動でぶ、ぶっかえではんで……」
「クッソ、ようたいねじゃ……うわっ!?」
港前では、逃げる事が出来なかった兵士達が次々と襲われていた。
オルキの巨体で踏みつけられ、または爪で切り裂かれ。もしくは体当たりで弾き飛ばされた者もいる。
皆がオルキの一撃で足を折られ、背中をパックリと裂かれ、あるいは地面に激突して血を流し倒れている。
転がっているのは全部で11人。意識がある者もない者も、逃げる事は出来ない状態だ。
あと39人いるはずだと周囲を見回す中、イングスが路地から現れ、オルキの足元に2人の兵士を投げた。
「イングスか。よく仕留めた」
「それは野生の人間。こっちは人形」
「なんだと?」
「こっちは他人にぶつかったら謝るって常識を知らないから、野生の人間だと思う。こっちは腕を分離できると言うから人形だね」
「……おそらく言葉の齟齬とは思うが、まあ良い。残りの兵士を探し出し、逃げられないようにしてここに転がしておけ」
「はーい」
イングスが「はーい」と言ったなら、それは必ず実行される。オルキはのちのメインディッシュ候補を美味しそうに見つめながら、自身も他の兵士を追い始めた。
「おいフェインの国民よ。連合軍の輩はどっちに逃げた」
「ひえっ……しゃ、しゃべっ」
「誰も獲って食うとは言っておらぬであろう。案ずるな、連合軍の兵士を探しておるだけだ」
若い男が腰を抜かして座り込んだまま、通りの先を指し示す。
「礼を言おう、若者よ」
オルキは大通りをたった数歩で駆け抜け、家の陰に隠れていた兵士を見つけては爪で足を突き刺して回る。
一方のイングスも、オルキの命令に忠実だ。
兵士が銃を見せつけイングスに発砲するぞと脅しても、住民の頭に銃を突き付けてイングスに立ち去るよう命じても、何をしても結果は同じだった。
住民が傷つかないように守る。そのためだけに行動し、銃を突きつける男の指の動きよりも早く、その腕を掴んで骨の限界など関係なく手首を上に向ける。
発砲されてもその弾丸を指で掴み、兵士の足へと投げ返す。
「な、なんだば!」
「人形だよ」
誰だと言われる、つまり名前を尋ねられると「先に名乗るのが常識」と言って、常識を知らないから野生の人間と判断。
野生生物が人間を襲う場合は害獣として扱う、そう理解しているため、どんな手段を使ってでも捕獲。
何だお前はと問われると素直に人形である事を明かすが、結局はどこかに行けと言われようが放せと言われようが、命令を聞く事はない。
港に積まれる兵士の数は、どんどん増えていく。
「もう演技は終わりだ、伯父さん、全員を縄で縛ろう」
「あ、ああ……」
「ルダ! どういう事だ、あの化け物と青年はなんだ!?」
「話は後だ、クラクスヴィークの解放に来てくれた頼もしい味方さ。皆、漁網とロープを持ってきてくれ! こいつらを捕える!」
「イングス、町の中に残った兵士はもう数名だろう。残りは隣町まで逃げたかもしれない」
「そうなんだね」
イングスはケヴィンとルダにその場を託し、自分は逃げた兵士を追う事にした。
「ごめんください。連合軍の兵士を見かけましたか」
「こ、この辺りにはいません、きっと隣町の方へ逃げて行ったのかと」
「そうなんだね。行ってみるよ。有難う」
イングスは礼儀正しくお辞儀をし、町から伸びる唯一の道へと向かう。イングスが走るその速度は、恐らく地上を走る人工物の何よりも勝る。
そのうち、海沿いを走る道の先に、頑丈な四輪駆動 の多目的車が見えた。
それが町で軍人達が使っていた物と一致したため、イングスは更に速度を上げ追いかける。
島の斜面沿いに作られた道は、曲がりくねって直線が殆どない。難なく追いついたイングスが僅か数メータ後方に付けた時、荷台に乗っていた兵士2人が何かを構えた。
「ち、ちぢぐばってどすべ! こえでも喰らえ! 化け物!」
それは対戦車用発射砲。明らかにイングスを殺そうとしている。いくらイングスでも、戦車用を相手に無事では済まない。
「発射!」
2発が同時に発射され、すぐにイングスへと着弾した。
「フッ……な、なんだばあの化け物は」
僅かな直線。砲弾の爆発した煙が漂うだけで、その後方にイングスの姿は跡形もない。
「いがら先を急ぐべ! 本部さ連絡だ! おい、通信機はまだだか!」
「調子が……おい! なすてだ、牛こでも目の前さ飛び出て来ただか? 急に止まるな!」
車が急に止まり、荷台の兵士達が全員転んで体のあちこちを打ち付け文句を言う。
「め、目の前……あ、あの化け物……!」
「貴様ら、よくも我が傀儡を」




