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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
世界とのギャップ

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共闘



「あー……鳥の大群が戦闘機を」


 鳥たちが戦闘機のプロペラを器用に避け、前方の窓めがけて一斉に糞を落とす。わざと邪魔になるように降り立ち、視界を遮る。


 特に猛禽類やその他大型の鳥たちは、船の甲板上で右往左往する兵士達に向かって、日頃の恨みを晴らすかのように襲い掛かっていく。大きな鷲が2羽で人間を運んで飛び去る姿も目撃した。

 よく戦闘服を腕まくりしたり、上着を脱いで下着姿でだらしなく行動する軍人がいるが、彼らは恰好の餌食だろう。


「人間が野生に還っていく」


「いや、海に投げ出されたからって野生になったとは言わねえよ」


「そうなんだね」


 大型で肉食のクジラ達が戦艦に一斉突進を与え、船はどんどん沈没していく。シャチは海に投げ出され泳いで逃げようとする兵士を咥えては投げ飛ばす。

 まるでおもちゃだ。


「こ、こええよ……なんだこれ」


 アザラシが溺れた兵士を海へと引きずり込み、ダイオウイカやサメ達が受け取って深海へと持ち帰る。

 共闘中の他の生き物を狙わない辺り、魔獣の躾が余程効いているのだろう。


「吾輩は強制しておらぬからな。人間がどれだけ他の生き物の恨みを買っているかが分かったに過ぎぬ」


 巨大戦艦には太刀打ちできないまでも、そんな船にはおびただしい数の鳥達が糞を落とし続けている。そこにレノン軍が爆撃を与え、ここ数年なかった快進撃の始まりになろうとしていた。





* * * * * * * * *





 数時間の航行で、幾つもの炎上する船、墜落する戦闘機を見てきた。今頃ジョエル軍は大慌てだ。それに、もうそろそろジョエル連邦内で野生生物や家畜が暴れ出す。

 鳥も虫も、人間を良く思っていない個体が軍人に襲い掛かる。


 人間には地獄という概念を持つ民族もいるが、これはまるで地獄の再現。不喜処(ふきしょ)野干吼処(やかんくしょ)など、動物によって処刑される地獄は色々ある。まさに目の前の景色そのものだ。


「まあ、地獄って生きてる間に経験させないと意味ねえもんな」


「その通りだ。悪人共はどのような結末を迎えるか、実際に見るか経験でもしなければ理解出来ぬからな。最初から理解できる知性と理性があれば、そもそも問題など起こさぬ」


「オルキはそれでいいのかい」


 ふとイングスがいつもののんびりした口調で尋ねる。

 もちろん、狙われた事が分かれば対象に投石を繰り出す事は忘れていない。


「それでいいとはどういう意味だ」


「悪人がいなくなってしまうと、オルキは美味しいものが食べられなくなるよ」


「それは吾輩も考えたのだ。しかし、今は我が国民のため止む無しと受け入れた」


「ピキュキュ! キキィー!」


 会話の途中、突然イルカの群れが船と並走を始めた。数頭がオルキに向かって何かを訴え、オルキがゆっくりと頷く。

 イルカは嬉しそうにジャンプを繰り返しながら、ジョエル軍の船へと泳いでいった。


「何て言ってたんだ?」


「最近歯が痒く、噛みやすいものを探しておるそうだ。人間は不味いから食べないが、とにかく噛みたい。人間の服の噛み心地が一番しっくりくる。問題ないかと」


「それで、島長はなんて答えた」


「連合軍の輩であればいくらでも噛みついておけと答えた」


 オルキは連合軍の旗や恰好、「ジョガル語」で話す様子を念力で伝え、それが伝えられた個体の周囲に伝播していく。オルキがもう止めて良いぞというか飽きるまで、動物たちにとってのボーナスタイムは止まらない。


「陸地が見えてきたが、あれはフェイン王国か」


「あんなに小さくねえよ。でもあれはフェイン王国領とジョエル連邦の境界になる島だ。フェイン領なんだけど、もしかしたら奪われてるかも」


「もう間もなくだな。なに、我々は正当防衛を繰り返すまで。現地の連合軍が襲い掛かって来なければ、我々が痛い目を見せる事もない」


 本当にオルキにとって、人間などダンゴ虫くらいの存在なのだろう。

 人間がダンゴ虫との対決に敗北する可能性を考えられないように、オルキはいったいどんな事態なら人間に負けるのか、いくら考えても思いつかない。


 なんとかなる。オルキ国を出発する時にそう感じていたケヴィンは、自分の予想が当たり始めた事を理解した。





 * * * * * * * * *




 ジョエル連邦の北西600kmに浮かぶ小さな国、フェイン王国。18の島々からなり、人口5万人弱、気温は高くても20度前後、冬の気温は海流のおかげで0度を下回らない。

 雨は多く適度な日照時間があり、農業が盛ん。年中風が吹き続けるため、風車での粉ひきや風力発電など、風と共に生きる国だ。


 近代的なセイスフランナやガーデオースタンのような便利さはなくとも、恵まれた気候と自然の恵み、聡明な国王など評価は高い。

 ジョエル連邦さえ近くなければ世界で一番幸福な国と呼ばれた、小さくとも皆が羨む国だった。


 面積僅か1400㎢ほど、小さなオルキ諸島と比べても5倍ほどしかないこの島々は、現在ジョエルの占領下となっている。


「首都にすぐ乗り込むのか」


「偵察できるような場所があるならそこでも良いが」


 フェイン王国はまともな軍隊を持たず、島外への脱出手段も限られる。

 諸島の西に位置する空港は連合軍に押さえられ、首都とレノン、ガーデ・オースタンを結ぶ船も連合軍が検閲。

 あるのは島間を行き来する4航路の内航船くらいで、漁船ではとても大海を渡れない。


 交通の要所として便利良く使うつもりでも、労力をかけてガチガチの警備をする必要性は感じていないようだ。付近には、航行する戦艦も上空を飛ぶ戦闘機も見当たらない。


「首都に大型の戦艦が1隻、戦闘艇が3隻、警備艇が4隻……占領して、軍人が何百人か滞在しているくらいか。多くても1000人」


 双眼鏡を覗くケヴィンは、物々しい雰囲気に変わってしまった祖国の港を見て肩を落とす。


「往復してかなりの数を送り込んでおるやもしれぬぞ」


「いや、実際にフェイン王国は1000人以上を受け入れられないんだ。ホテルも足りなくて、空いた一軒家を宿代わりに共同で使うくらい受け入れ態勢が整ってない」


「住民を追い出した所で、数千もの兵を送るのは現実的ではないようだな」


「これから夜の気温は0度近くなっていくし、平地も少ない。常に風が吹き続けるからテント生活も厳しいだろう」


「他の港にはいないのかな」


「島の周辺はとても浅いんだ。首都の港もかつては浅過ぎるから掘削して整備した。他に大きな港はない」


「乗り付けるにしても、他の港は警備艇1隻、2隻が限界か」


「俺の地元は港が北にあるんだけど、ずっと湾を入った所にあって狭いんだ。現実的じゃない」


 このまま首都に乗り入れたい気持ちはあったが、どのような状況なのか、レノン軍からおおまかに聞かされただけだ。

 それに、気付かれずに上陸できるならその方が都合もいい。


「ケヴィン、貴様に任せる。そうだな、故郷の港に向かってみぬか」


「……分かった。首都からは島と島の間を抜けたら見えない航路だし、行けるかも」


「ケヴィンの故郷、僕のラストネームと同じだね」


「ああ。クラクスヴィークはいい村だったよ。俺が出た後に町に昇格したらしいけど、破壊されていなければ綺麗な景色は変わっていないと思う」


 野生生物達はフェイン王国周辺ではなく、ジョエル連邦本土の方へ戻った。ジョエルは陸にいても海に逃げても空に逃げても、もう阿鼻叫喚の地獄になっているところだろう。


 どこかオルキ諸島の風景にも似た島々の間を縫って、オルキ国の旗を掲げた戦闘艇はゆっくりとクラクスヴィークを目指す。


 やがて到着した湾は幅が狭く、漁船がびっしり接岸されていた。乗員乗客100名程度の内航船の発着がやっとな港を見れば、戦艦が入れないという言葉にも納得だった。


 船は港を避け、湾の入り口ギリギリの小さな桟橋へと着岸した。町の港からは島陰となり見えていない。

 接岸してすぐにケヴィンが付近の家を訪れ、船の事、訪れた理由を話す。


 ケヴィンはフェイン王国の国籍を放棄しておらず、オルキは魔獣、イングスは人形。

 誰も密入国はしていない。堂々たるものだ。


「ん? どこかで……」


「グリュックスの息子じゃないか!」


「ああ、ちょっと見ないうちに大きくなって! お父さんとお母さんの事は、本当に残念だったわ」


「みんな無事で何より。俺達が来たからにはもう大丈夫、時期にジョエル軍は出て行くから」


 ケヴィンは自分に言い聞かせているかのように説明し、数軒を回って船の見張りを頼んだ。

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