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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
世界とのギャップ

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目的



 オルキは疲れたと言い、猫の姿に戻った。


 オルキの言いたい放題の程度が酷過ぎるせいで、軍人達は怒りを感じてもうまく言葉にできない。

 おまけに、さきほど人間ではまず敵わない相手である事を知ってしまった。そもそも軍人だらけ、武器だらけの場所に乗り込んで平気な魔獣だ。軍人が何を強がろうと、蟻に噛まれるよりも些末な事。


 このままオルキの無双が続かないよう、ケヴィンがその場を収めようと口を開く。


「とりあえず、俺達が何者かは理解していただけたと思います」


「……」


「理解していただけましたよね?」


「……それで、何が目的だ。無事に帰りたいなら……」


「おい貴様。我が国民が理解できたかどうかと尋ねておろう。返事せぬのはどういう了見だ。どうせ貴様らのプライドなど我々に通用せぬのだから、素直に従え」


「……理解した、ああ理解したさ! これで満足かよ!」


 無礼な態度にはとことん無礼で返す。そんなオルキへの軍人として最後の強がりだ。


 対等な立場、屈したわけではない事を示したい気持ちはよく分かる。だが、それが通用するのは人間同士の場合に限る。


「貴様、そろそろ吾輩も我慢の限界というものだが。勿論その態度を貫くのならそれでもよいぞ。性根の悪い人間は殊更に美味いからな。元の姿に戻った事で腹も減った」


 反抗すれば喰うぞ、これ以上の脅しは無いだろう。少佐は悔しそうに唇を噛んだ後、ぶっきらぼうに降参だと言い、椅子に腰を落とした。





 * * * * * * * * *





「これで、オルキ国がレノン共和国を訪れた経緯と目的を分かって頂けたと思います」


「ああ、分かった。だがここから首都に向かいたいなら砲弾を撃ち込まれる覚悟が必要だ」


 オルキ達がレノンを訪れた目的を話し終わると、皆の表情が少しだけ緩んだ。少なくともこの末恐ろしい魔獣は、今のところ敵ではないと理解したからだ。


「機銃掃射出来る戦闘機もレノンより数倍多いですよ」


「覚悟? 必要だとも思わぬが」


「えっ」


「ん?」


「いや、俺は、覚悟なんて出来てないんだけど」


「心配せずとも貴様は船を操っておればいい。吾輩とイングスで蹴散らせばよいのだから。人間同士の争いごっこの何が恐ろしいのか、さっぱり分からん」


 オルキは戦況と相手の戦法を詳しく聞き、30分ほどで方針を固めた。


「ではケヴィン、行くぞ」


「え、どこに?」


「まったく、貴様は何をしに来たというのだ。大統領とやらに会って、オルキ国の存在を認めさせるに決まっておるだろう」


「いや、そうだけど無策過ぎるって! 俺は生身の人間で、砲撃も銃撃も耐えられねえの! それにレノンの大統領がオルキ国を認めるメリットを示さないと、こっちから遜る気はねえんだろ!?」


「ふむ、それは一理あるな。おい軍人、どうすれば吾輩とオルキ国を認めるか教えろ」


 オルキの問いかけに対し、答えなど1つしかない。


「この戦争を止めてくれるなら、誰だって認めるさ」


「セイスフランナやアイザスから官邸に連絡は入っているんですよね。それならば既にオルキ国がレノンを頼る……ああ、いや、レノンを訪れる事は想定済みでしょう」


「まあそうだろうな」


「本当にレノンにとって味方なのか。それを示してくれたなら歓迎こそすれ、拒否などあり得ない。政府は今、外交相手の調査に時間を費やせる状況にない」


「ならば、こちらから見せつけるという事だな」


 オルキは単純明快だと言ってたいそう気に入り、尻尾をぴんと立てて洞窟を引き返す。イングスも当然のように後を追うが、ケヴィンは動揺を隠せない。


「ケヴィン、早く来ぬか。ここに置いて行かれたいか」


「ちょ、本当に向かうのか!?」


「向かうフリなどしてどうする」


 オルキは自信満々でも、ついて行くには死ぬ覚悟が必要だ。

 ケヴィンは軍人として戦場に送り込まれた時、小舟で大海を彷徨っていた時、何度も死を覚悟した。

 だが、何度覚悟しても慣れるものではない。


「無謀だ! あんた国王なんだろう! 残った国民はどうする!」


「なんだ? 気になるなら後でもついてくれば良い。まーったく、何も出来ぬくせに他国の動きに口を出すでない。心配せずともレノンに悪いようにはならぬ」


 オルキが軽快に船へと飛び乗り、イングスは洞窟の入り口でしゃがみ込む。何かを拾っているようだ。


「イングス、何を拾ってんだ」


「石」


「石?」


「うん」


「石なんか拾ってどうすんだ? 何か珍しい色の石でも……」


 イングスの行動を不思議に思い問いただすと、イングスはおもむろに立ち上がり、掴んでいた石を洞窟の入り口に向かってぶん投げた。


「おい!」


「投げるために拾っているよ」


「投げ……もしかして投石で立ち向かう気なのか!?」


「向かうのは石だよ」


「そうじゃ、いや、まあ確かにそうだけど。んー、むしろイングスに銃を渡すより、投石の方が余程恐ろしい、か」


「ほら、早く行くぞ。国に帰るのが遅れる」


 イングスもオルキも一切恐怖を感じていない。そのせいかケヴィンの恐怖心も消えていく。


 イングスとケヴィンで石を10分程拾い続けては甲板に放り投げ、甲板が石で埋め尽くされたところでようやく出港だ。


 軍人達は目の前に現れた得体のしれない集団を、夢でも見ているかのような気分で見送った。





 * * * * * * * * *





「あの印は連合軍だね」


「そのようだな」


「あれもそうだね」


「そのようだな」


 ケヴィンが船を操舵し、イングスは見かけた……といっても遥か遠く目視など困難な程の距離の戦闘機や戦艦へ投石を繰り返す。


 拳ほどの大きさの石を遠くに投げた所で、戦艦にとって脅威になるはずがない。


 と思うのは人間が投げた場合の話だ。


「ほう、今のはなかなかに良いな。墜落した戦闘機が奴らの戦艦を巻き込んだぞ」


 飛距離は数キロメータ、狙いはドンピシャ、連投も可。そんな石が音速を余裕で超えて命中すれば、戦艦だろうが穴が開く。


 イングスが振りかぶって投げた音が耳に届いた時、既に数キロメータ先の目標物には命中した後。空気抵抗による減速も考慮すれば、いったい手を離れた瞬間の速度はマッハ幾つになるのか。


 敵はどこから、何に、どのようにして攻撃されたのか分からない。ケヴィンはびくびくしながら船を進めるが、長閑な昼下がりの演習帰りと何ら変わりない状況だ。


「我が船を狙う方が悪い。正当防衛だ」


 やがて首都に近い港が見えてくると、戦闘機や戦艦の数が多くなってきた。


「レノン軍は撃って来ぬようだ」


「多分、あの基地の連中が俺達の事を軍の本部に知らせてくれたんだ。オルキ国の旗を掲げた戦闘艇、つまり俺達を攻撃するなって」


「そうか。ならばあとは簡単な話だ」


 呑気にあくびをし、丁寧に伸びをしたオルキがイングスの肩に飛び乗った。オルキはその肩で空や陸地、海に向かって低く唸り続ける。


 その時、戦闘艇の真横にシャチの群れが現れた。遠くでは巨大なクジラが水面を飛び、見た事もない数の鳥達が種に関係なく上空を埋め尽くす。


 陸地には日頃群れる事のないクマが大行列を作り、脇目もふらずに進んでいく。


「なんか生き物がすげー数! どういう事だ、地震でもくるってのか!」


 ケヴィンが驚いて船室からを顔を出す。オルキはなんて事はないと言い、この騒動を起こしているのは自分だと告白した。


「これから連合軍とやらを退治しに行く。あの熊共はあのままジョエルに向かう」


「島長、動物を操れるのか!?」


「魔獣が獣を支配できなくてどうする。褒美は新鮮な肉だと言えば、皆喜んで向かいおったわ」


「間違ってレノンの町を襲わないのか」


「そのようなまるで出来の悪い人間のような真似はせぬ」


 数百メータ先の海では、クジラ数頭に突進された小型の戦闘艇があっという間に沈んでいった。シャチがキィキィと喜びの声を上げながら溺れた兵士めがけ泳いでいく。


「ひええ……」


「大抵の動物は命を刈るために己の命を賭けておるのだよ。吾輩もそうだ。人間はそれが出来ない癖に争い、相手の命を奪おうとする」


「そうなんだね」


「武器や道具がなければ、人間など並べられた肉と変わりない。これで少しは恐怖心が消えたか、ケヴィンよ」


「……そうだな。鳥もシャチもクジラも、俺達に加勢してくれてんだ。俺だけ泣き言言ってられない」


「ならば吾輩の指示通りに船を進めよ。フェイン王国へ」


「えっ」


「レノン軍が守れなかったフェイン王国を我々が解放出来たなら、レノンの奴らも吾輩にひれ伏してオルキ国を認める。まあ、実際に造作もないが」


「もしかして、最初からそのつもりで……」


 ケヴィンはようやくオルキの目的に気付いた。「そうだね」と答えたイングスに対し、オルキは照れ臭そうに顔を前足で洗っていた。

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