フェイン王国へ
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3日後、港にはまた人々が集まっていた。
レノン王国との国交樹立へ向け、今度はきちんと法律も整備した。既に他国との国交があり、アイザスからの親書も預かっている。
予備燃料の提供も受けた事で、目的地との往復そのものに不安はない。
港は穏やかで、空は良く晴れている。うっすらと外海の端が白んでいるとしても、絶好の出航日和だ。
「んじゃ、行ってくる」
連合軍と同じ船という事で、和平軍から攻撃を受ける可能性がある。そのためオルキ国の国旗をより大きく作って掲げ、船体にも「オルキ諸島」とペイントを施した。
「10日以内に戻る。皆、島を頼むぞ」
「おう。島長、イングス、ケヴィンを頼んだ」
「ケヴィンを頼んだのなら、ここにいるよ」
「あーそうじゃなくて。ケヴィンが無事に帰って来られるよう、助けてやってくれってイングスにお願いするって意味」
「はーい」
「おい、俺がお守りされるみたいじゃないか」
操舵のためケヴィンが乗り込み、続いてイングスとケヴィンがタラップを登っていく。子猫が不安そうに鳴くが、動物の「持ち込み」は色々と面倒という事で、今回はお留守番だ。
「さーて、島に残る人間で作業に戻ろう!」
ガーミッドから南方の海を見張りやすい場所を教えて貰い、兵士たちは交代で見張りをしてくれている。
ソフィアとアリヤは干し肉作りや家畜の世話を、フューサーは服や工具の準備、ガーミッドは新しい家のために材料を準備し、家の基礎を打っていく。
長閑で時間に追われない生活を送っているとしても、やらなければならない事は山積みだ。
軍資金は5万クロム。もう5万クロムは島に残してきた。
羊毛はまだ沢山。干し肉も十分にある。売り物になりそうなものはしっかり積込んだ。これを売る事が出来たなら、貿易で多少のものを買えるようにもなる。
「いい結果に、なるよね」
「きっと。私がこの島に来てから、いい事しか起きていませんから」
「おーい、俺はちょっとだけ釣りしてから帰るから! ガーミッドさん、どうします?」
「私は家の基礎を途中にして来てしまったので戻りましょう」
船が島陰に隠れた所で皆が集落に戻り始める。アリヤは「こんなに歩く生活していなかったのに」と言いながら、いつの間にか疲れなくなった道の先を見つめていた。
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島を出て4日。海流を遡るように進むせいでやや遅れ蛇行しながら、オルキ国の船は大陸を視認出来る位置まで来ていた。
うっすらと青黒く見えていた陸地は、数時間経って海沿いの浜や崖、集落が見える程の距離になる。船は沿岸の小さな港町を目前とする沖合で停泊した。
「ここで待ってたら沿岸警備隊が来る。西に見える大きな島よりもっと西に進むと交戦海域だ。行かない方がいい」
「この付近では戦っていないのか」
「国の東側は殆ど人がいないからな。俺達が逃げようとしていたノバム島だって、島としては大きいけど人口は3万人しかいない」
レノン共和国は首都が内陸にあり、広さの割に人口は少ない。国民600万人のうち、半数が首都周辺に集まっていて、国の東岸に住んでいるのは50万人いるかどうか。
和平軍側で最も人口が多いゴーゼが2300万、ガーデ・オースタンは1600万。
連合軍側で3000万人を超えるゴレイ、5000万人のジョエル、4000万人のギャロンなどと接戦を行えているのは、レノンを囲むように存在する湿地の存在が大きい。
「結構善戦してると思うんだけどな。狭い海域の戦いになると、どうしても数で負けちまうんだ」
湿地では戦車や歩兵が進めない。せっかく進んでもレノン軍は国境付近の唯一の道を20kmに渡って破壊し尽くした。留まってはミサイルの的になるだけ。
海路も海峡に限られ、湿地を超える戦闘機の半数は撃ち落される。
戦闘機なら5000~7000メータ級の山を超える事は可能だが、高度1万メータともなると長距離を航行できず、そこから急激に高度を下げるのも難しい。
かと言って高高度から爆撃をしても、目標を爆撃できる可能性は数%もない。
山脈をぐるりと回り込んだところで東側には人がおらず、襲う意味もない。
大戦のせいで原油の価格は高騰し、略奪を警戒したセイスフランナやバーゴ王国、ラスターム王国等の産油国は船を出し渋っている。
決して何もかもを惜しみなく使えるわけではないため、ミサイル攻撃や海域封鎖などの消耗戦が続いているのが現状だ。
「レノンの中で、見えているあの港町はどれ程の規模になる」
「国内では5番目ってとこじゃねえかな。海沿いの町で言えば2番目には栄えてる。ほら、レノンの海軍艇が来た」
遠くから2隻の哨戒艇がやってきた。その間に戦闘機が上空を通り過ぎていく。
「イングス、横断幕を相手の船に向かって見せてくれ」
「はーい」
ケヴィンの合図でイングスが甲板に立ち、「オルキ国から来ました」と書かれた横断幕を掲げる。
海軍艇はオルキ国の戦闘艇の真横につき、数名の軍人が乗り込んで来た。
「どこから来た、オルキ国とはどこだ! どこかの自治区か!」
「あー、オルキ国はここから北東に2000kmくらい、死の海域に浮かぶ島国です」
「聞いた事がないな」
「この船はジョエル連邦の戦闘艇と同型だな? 船に連合軍が乗っているのか。何故ここに来た」
敵国と同型の船でやって来たなら警戒されるのは当たり前だ。ケヴィンはかつての同胞からの詰問に怯むことなく、自身が軍人だった頃の手帳を見せ、一緒にアイザスからの親書を手渡した。
「これは」
「アイザスからの親書です。ドイル大統領からレノンのネス大統領へ連絡が入っているはずです」
「レノン軍の軍証? お前、レノン人か」
「今はオルキ国民です。船が難破し、命からがら辿り着いた島で受け入れて貰いました」
親書であれば、大統領に開封させなければならない。途中で蝋印を切ってしまえばすり替えたと思われてしまう。
「そちらの少年は」
「僕は年が多いのか少ないのか、分からないね」
「オルキ国の住民です。一緒に来ました」
「少佐! 船内には他に誰もいません! 猫が1匹と、大量の羊毛と牛革と、保存食が」
「もし買い取って頂けるならと」
聞いた事もない国から敵国の船に乗り、元レノン軍人と島の少年がアイザスの親書を携えて羊毛を売りに来た。いったいどんな状況なのか、軍人は混乱している。
ただ、アイザスの総務大臣が記した「オルキ国民に、アイザス国民と同等の権利を持つパスポートを与える」という証明書を見て、海軍は特殊な状況にある事だけは察する事が出来る。
「アイザスからの船という事なら寄港許可は出せる。船を隠せる港まで来い」
海軍の後を追って岸に近づいた船は、入り江の近くにある崖の間から海蝕洞窟の中へと入って行った。
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「さて、どういう事かしっかり説明してもらおうか」
ケヴィン達は、海蝕洞窟の中に船を停泊させ、基地へと案内された。天然の洞窟を利用した洞窟は、天然の要塞と言うにふさわしい。
東方の拠点となる軍事施設だと聞き、ケヴィンはこの場所の事は知らなかったと驚く。
「わたしが海難事故で……」
ケヴィンが自分がオルキ諸島に辿り着いた経緯を多少意図的に省略して話し、現在のオルキ国の様子、ジョエル軍の船を奪った事、その中にセイスフランナの王女が捕えられていた事、アイザスと国交を結んだ事までを伝えた。
「セイスフランナの王女については諜報部隊が確認した。オルキ国にいるのか」
「はい。今はオルキ国にいるのが安全だと思います」
「ところで、そちらの少年はどうして連れて来たんだ。たった2人とは」
「僕はひと……」
「か、彼はイングスです。島の少年ですが、この大戦の中、大勢を連れていく事もできないので1人だけ連れてきました」
「……猫もか?」
ケヴィンの見た目はどう見ても未成年。イングスはさらに2,3歳年下だ。
島民が一致団結してジョエル軍を倒し船を奪ったと聞いて驚きはしたが、その島からの使者が子供というのはあまりにも情がない。
戸惑う軍人達に対し、ケヴィンが説明を続けようとする。だが、猫呼ばわりしたオルキが我慢ならずその説明を遮った。




