オルキ国が目指す形
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「ハァ、まったく人間という生き物は面倒くさいのう。税金だ福祉だ権利だとそこまで決められねばならぬ程か」
「島長、悪人っつうのは抜け道を探すもんなんだよ。法律に書いてないから合法とか、平気で言い出すんだ。おおよそ想像できるだろ」
「確かに、人間は悪事の才に関しては殊更に秀でておるからな。よくも魔獣を悪魔だ邪悪だと蔑めるものだと呆れるわ」
「だから、前もって法律で決めておくの。ほら、次は薬物の禁止の項」
「どうせその薬物も何が当てはまるのか書き連ねなければならぬのだろう?」
法律の具体的な肉付けを行っていくうちに、気が付けば夕方になっていた。
どのような税金を制度として盛り込むか、土地をどのように与えるのか。
人口が数百人、数千人になった時、今のように互いの思いやりや節度に頼り切った集団は維持できない。
猫……いや、魔獣のようにある程度の縄張りを感じ取り、干渉しないように程よい距離を保つだけではいけないのだ。
「それは私達が調べてまとめますから。えっと、まずは大麻でしょう? それから、覚せい剤という恐ろしいものもあるんです」
「アリヤ、他にも種類があるって知ってるか? 右脳に作用するとか左脳に作用するとか色々」
「えっ!?」
「お嬢様がいちいちコカインだフェンタニルだと語り出す方が怖いだろ。そこは俺達スレた庶民がまとめるからさ」
ケヴィンが笑いながら「上官は休みの日になるとクスリでぶっ飛んでた」と物騒な事を語り始める。ソフィアがそんなケヴィンの頭を叩き、アリヤに聞かせる気かと睨みを利かせた。
「後は、勤労の義務も書いておかなくちゃね」
「なんだ、いちいち法律に書かれなければ働かぬ奴がいるというのか。どうやって生きていくつもりだ」
「いつまでも親に頼っていたり、他人を働かせて分け前を貰ったり、物乞いをしたり」
「死刑だ」
「もう、すぐ死刑にしたがる! 今は刑法の話はしてないでしょ」
「砂糖水の味を覚えた畜生と同じではないか! 愛玩動物程に情が湧くならまだしも、施しを受けるだけで何の役にもたたぬ人間など愛でるものか。この国には要らぬぞ」
弱肉強食が当たり前の魔獣にとって、自分の食い扶持を自分で賄えない事が信じられないようだ。
「体や精神を病んでしまって難しい人もいるから、そういう人をどう保護するかも重要ですよ。高齢になれば体も思うように動かなくなるし」
「高齢になって働けなくなったら用無しなんて言ってたら、若者だっていずれ高齢者になった時の事を考えてこの国を避けるはずですよ」
「ならばそれまでの貢献に応じた褒美をやれば良い」
「それが年金。その為に、みんなから少しずつお金を集めて積み立てていくんです」
「アリヤさん、あなたが福祉方面の事を決めるべきでしょう。世界有数の先進国であるセイスフランナの社会福祉は見本に相応しい」
「アイザスの社会福祉制度と並べて、そこから検討するのもいいんじゃないか。ガーデ・オースタンはその辺遅れていたからな」
「ギタンギュも遅れとる。だって年金制度なんてなかったし、病院も全額自己負担だもん」
「ノウェイコーストにも年金制度はありましたが、医療制度は無いに等しかったですね」
「ほら、無い国もあるではないか!」
「島長、オルキ国を世界でレベルの低い方に合わせてどうすんだよ」
オルキは国の運営をもっと簡単なものだと思っていたようだ。社会福祉とは何かから講義を受けなければならないくらいだから、年金や医療制度など考えた事もない。
「この国を魅力ある国にしないといけない。他国が羨み、オルキ国王は偉大だと思われる国にしないといけない。じゃないと島長はずっとその姿のままだぞ」
「それは困る。こんな悪人の1人も丸のみに出来ぬ体はもう嫌なのだ」
次々と決められていく法律に、オルキは何度も何度もため息をつく。
決まり事が多過ぎてオルキ自身が粗相をし罰せられるのではと心配になってきたようだ。
「その福祉とやらは貴様らに任せる。吾輩は裁きを与える部分を重点的に担う。特に極悪人の裁判は吾輩が担う」
「まあ運用してみて駄目だったらその時また考えましょう」
「とにかく、規範意識は重要なんだ。決まりを守らない奴が多ければ、その程度の民度、その程度の歯止めも利かない行政だ国家だと蔑まれる」
「ましてやそもそも決まりがないなんて言ったら、野蛮な未開の島扱いだろうな」
情治国家ではなく、法治国家である事。他国に認められるにはそれが不可欠だ。国民の感情、政治的な理由、宗教的な理由、それらで罪が変わる事は許されない。
感情で何もかも決まるなら、商売人はいつ利益を奪われるか分からない。滞在の権利も危うくなる。そんな国に誰が好んで来てくれるのか。
「とにかく、働かぬ者は我が国には要らぬ。働けぬというなら致し方ないが」
「どうやって働けるか、働けないのかを決めるんだい」
「ふむ、そうだな」
イングスの問いに、皆が考え込む。しばらくして医者の診断が必要という意見で一致した。
だが、生憎このオルキ国にはまだ医者がいない。
「働けない事を証明するって、難しいな」
「何が難しいというのか。働けない理由を考えるのではなく、どうやったら働けるのかを考え、その最後の最後に残った所が働けない事の証明だ」
「まあ、手がなくても大地を踏み固める事は出来るし、足がなくても編み物は出来るけど」
「寝たきりでも誰かに声でお願いして、小説を書く人もいるものね」
体が不自由だから働けない。目が見えないから働けない。病気だから働けない。そう言ってしまえば何でも理由になってしまう。
オルキは先程フューサーが言った「抜け道を探す」習性に対策を打つつもりだ。
「働きたくないというなら誰もがそうだろう。怠けて飯を食い、好きな事だけ出来るなら誰もがそうしたかろうよ」
「まあ、確かにそうだな。中には今働いている人間は働きたいから働いていると思ってるとんでもない野郎もいるみたいだけど」
「我が国では働きたくないを理由にした無職は追放とする。どんな仕事もやってみて、どうにも可能な仕事がない場合は考慮するとしよう」
何とも厳しいが、今のオルキ国に怠け者を飼う余裕はない。厳しいようだが、国民全員の権利のためだ。皆が皆、したい仕事で生活できるわけでもない。
「嫌だからしない。そうなると、その嫌な事を誰かが代わりにやらなければならない。その誰かのために、自分は何をするのか。そこを意識出来ぬ者は要らぬ」
「その方針については島長の考えに従うわ。泥棒や詐欺師でもない限り、仕事に貴賤はないものね」
「就労の義務を課す年齢も定めないとな。90歳や3歳児に働けっつうわけにもいかねえだろ」
イングスが機関銃よりも高速でタイプライターを打ち続ける。他国に比べ随分と厳しい決まりが並ぶのも、いずれはオルキ国の特徴の1つになるだろう。
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「イングス」
「そうだね」
「貴様がイングスかどうかを確かめたのではない。吾輩が貴様に今から話しかける事を知らせるため呼んだのだよ」
「そうなんだね」
夜になり、それぞれが自身の家に帰った。集会所では、今頃兵士たちが寝息を立てている事だろう。
「貴様は人形だ。貴様は国民だが、法で縛るのは人間だけとするつもりだ」
「国民であるかどうかと、人間であるかどうかを分けて考えているんだね」
「にゃーん」
「ああ。子猫、貴様は国民ではないし、人間でもない。好きなようにして良いが、害獣とならぬ事だけは気を付ける事だ。害獣は駆除対象だからな」
「にゃあん」
「人形が棚から落ちて誰かが痛みを感じたからと言って、人形を磔にしても意味がない。人形には必ず持ち主がいる。その持ち主を罰する」
「つまり、オルキだね」
「ああ。吾輩は貴様に何の責任も取らせはせぬ。貴様は吾輩が操るのだから」
「はーい」
オルキはうんざりするほどの法律の数々を頭の中で振り返りながら、覚悟だけで国家運営できる程甘くないという現実を噛みしめていた。
自分で何でも決め、思い通りに事を運ぼうにも、魔獣の手足は役に立たない。
「神が置いて行ったものが人間ではなく貴様で良かった」
「そうなんだね」
「もしも他の人形と比べる事があれば、どの個体よりも貴様が優れ、恵まれていると見せつけてやらねばな。いや、それだけでは足りぬ」
オルキは足を投げ出して座るイングスの太ももの上にブランケットを咥えて飛び乗り、丸くなる。
「我が国民がどこの民よりも優れ、恵まれていると見せつけたいものだ。吾輩が偉大かどうかは、国民を見れば勝手に理解するだろう。それがこの世界の常識となれば尚良い。いつか、必ず」




