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【オルキ国】ー神に捨てられた魔獣と孤島開拓-  作者: 桜良 壽ノ丞
世界とのギャップ

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魔獣誕生秘話



「イングスがどうやって作られようが、神の性根が悪かろうが、関係はなかろう」


「いや、だって、俺らが崇めていた相手がそんなだったなんて」


「だから何だ、吾輩はそのような体たらくのまぬけと比べずとも神に成り代われる。吾輩は、相手の程度の低さを突かなければ自らを上に押しやれぬ程愚かではないわ」


 オルキはイングス誕生の秘話に長く戸惑う暇も与えない。

 何より、皆が神についてもっと知りたいと思っても、それは目の前にいるオルキよりも神の方が気になると言っているようなもの。


 皆はぐっとこらえ、そこでようやくオルキも十分不思議な存在である事を思い出した。


「オルキさんは、元々どちらにいらっしゃったのですか? 神に出会うまではどうされていたのでしょう」


「どうもこうも、ごく当たり前に暮らしておったが」


「仲間はどちらに? 親御さんも一緒でしたか」


「……ほう、魔獣について何も知らぬのか」


 神という存在、神が作った規格外の人形。喋る猫など霞んでしまう。あまりにも横柄で、それでいて当たり前に喋るため、人間側は感覚が麻痺していたようだ。


 オルキは驚いたように目をまんまるに見開き、人間の誰もが問いに答えられない事を信じられないと呟いた。


「魔獣は、元々魔獣なのではないのだよ」


「元々は何だったんだ?」


 オルキはフューサーの問いですくっと立ち上がり、その場をひとまわりして「にやあん」と少しも可愛くない声で低く鳴いてみせた。


「猫だったってこと?」


「そうだ。吾輩の今の姿は、吾輩が魔獣となる前の姿にまで戻されたと言って良いだろう」


「えっと、世の中の猫たちも島長みたいに……なるのか?」


 世界のどこかには「化け猫」という伝説がある。あり得ない話ではないと考えたようだ。


「ノウェイコーストの南に、ラスターム王国という砂漠の国があります。周辺にも小さな国が幾つか点在しているのですが、ご存じでしょうか」


「オーラシア大陸ですよね。セイスフランナからはぐるりと回り込むため遠いのですが、砂漠の地は一度行ってみたいと思っていました」


「アイザスからは遠過ぎて、何か国もの港を経由しなくてはなりません。富裕層のほんの一握りと、数名の外交官が行き来しただけで……」


「俺もあんまりわかんねえなあ、フェイン王国って小さい国だし。外に出る金持ちなんて殆どいねえから」


「ギタンギュでもあまり知られてないと思う。それで? ガーミッドさんの故郷の隣の国ってのは知っとるけど、何かあると?」


「はい、何千年も前の壁画が遺跡から発掘されたんです。王に従う民衆の様子などが描かれていたのですが……」


 世界の幾つかの国には、洞窟内に描かれた古代人の壁画や土器、王墓などの遺跡、遺構と呼べるものが幾つもある。

 壁画と言われても、どこの国にも1つや2つあるもの。そこまでの関心は惹いていないようだ。


 そんな反応は想定内だったのか、ガーミッドは特に動じる事もなく話を続ける。


「体が人間、頭が犬や猫や鳥という姿の王だったのです。そして民の中に動物も混ざっていました」


「体が人間で、頭が……動物?」


「ペットを飼うって習慣、その頃からあったんだな」


 今でこそ、想像上の生き物としてドラゴンや幽霊、ペガサスなどが広まっている。それが何千年も前から既にあったと知り、皆は感嘆の声を漏らす。


「ふーん、それで?」


「オルキさん。あなたに関係ありませんか」


「関係ないとは言わぬが」


「どういうこと? 島長は人間の体やないやん」


 オルキの口ぶりでは、壁画とオルキの関係が良く分からない。


「あの壁画は、魔獣を描いたものではないかと思ったんですよ」


「その時代から魔獣がおったっちこと? でも、それならその後の時代にもずっと語り継がれとると思うんやけど」


「だよなあ。魔獣ってあくまでも伝説だよな。そのせいで中世では魔女と一緒にいた黒猫を魔獣と呼んだって話が出たくらいだし」


 ソフィアとケヴィンは、数千年前の壁画が魔獣を描いたものだったなら、今頃史実として語り継がれていると主張する。


「アイザスにも、雪男という伝説があります。それはもしかして魔獣だったという事ですか」


 こじつけたなら何でも魔獣扱い出来てしまう。人間にはまったく伝わっていないと知って、オルキは深く深くため息をついた。


「どうやら長い年月の中で、壁画の意味は失われてしまったのだな。その壁画はかつて吾輩が見たものと同じだろう。神がまだ人々と共に暮らしていた頃のものだ」


「神が人間と暮らしていた!?」


「驚く事か? 神が人間の進化に合わせ、少しずつ知恵を付けて文明を与えていったのだぞ」


「神が、人間に教えたって事ですか」


「ああ。だがな、人間は知恵を付けるにつれ、欲深く浅ましい生き物になってしまった。気に入らぬ奴を陥れ、都合のいい願いを叶えるために神の言葉を利用し始めた」


 オルキは思い出すのも嫌だと言いたげに舌を出し、首を左右に振る。


「まるで見て来たかのように言うのですね。その知識はどこで入手なさったのでしょう」


「どこで? 実際に見てきたものを話しているだけだが」


「え?」


「ん?」


「島長、何歳?」


「魔獣が己の歳など気にするものか」


「いやいや、気にしてよ! 人類史の重要なものを全部見てきたっちことやん! その壁画はいつ描かれたん? その時の世界っちどんなやったん!」


「幾つも同時に質問するな、吾輩の耳は2つしかないぞ」


 オルキがとんでもなく長い歳月を過ごしてきたと分かり、皆は今日何度目になるか分からないくらいにまた驚いた。

 世の中の歴史学者、考古学者が追い求めてきた答えを、オルキは持っている。どれだけ歓喜され、落胆される事か。


「神は自らの姿を隠す事にした。姿を知られていなければ利用されないと考えていたからだろう。そして、その暫く前に動物を12匹ずつ何度か集めた」


「動物を12匹集めて、何したんだ?」


「空腹にし、争わせた。少しでも弱っていたなら喰われる。吾輩も喰われぬために戦った。結果的に他の個体を喰らいはしなかったが、殺し合いにはなった」


「まるで、蟲毒のようですね」


「うむ。何度か行われた中で、犬や鷲が生き残った事もあった。それらに人間相当の知能を与え、進化を促したのだ。それが魔獣だ」


 魔獣の誕生秘話を語られ、皆はオルキの話に釘づけだ。イングスだけは姿勢よく座ったままどう受け止めているか分からないが、聞いているのは確かだ。


「神は魔獣を神の使いとして皆に紹介し、神の姿を描いたり像を作る事を禁止するよう誘導した。だが、ある者が神の顔を描かなければいいと言い出し、代わりに魔獣の顔を描いた」


「魔獣の顔を描いたなら、神を描いた事にならない……?」


「そのせいで、神の姿は次第にあいまいなものとなった。姿をくらましたい神には好都合だったと言えよう。まあ、それも神が仕向けたのだがな」


 神の姿について記したものがないのは、神がそう仕向けたから。これでは学者達が浮かばれない。ただ、この神のやり方は一方で思わぬ失敗をしてしまう。


「魔獣のうち、まず選んだ犬が悪かった。犬は元々とある若者の飼い犬で、神よりも若者に忠実だった。神が人間を従えようとすると牙を剥いた」


「忠犬って事か」


「鷲に至っては、人々を監視するには良い体躯でも、翼となった腕を使えない事で、罠にはまり度々人間に捕まった」


「あー、島長が時々言ってた神のドジだな。何でもできるくせに、何も上手くいかないっていう」


「ああ。犬も鷲も、早々に寿命が尽きた。吾輩も神にとっては失敗と言って良かった。悪人の処刑に立ち会っては、その死体を喰らうのだからな。神聖どころか悪魔と言われる羽目に」


「それで、島長はどうして残れたの?」


「人間共の中で、吾輩が悪人を喰らうのは神の裁き、神の追認という考えが広まったのだ。神が自ら手を汚さぬとも、吾輩が喰らう。結果的に都合が良かったのだろう」


 オルキの言葉は、神が人間のためのものではなく、この世界を実験場にしているかのように聞こえるものだった。

 そして、皆はオルキもまた神の実験により生み出された存在だと知った。


「人々は吾輩を益獣と見做した。悪人を捕える時も積極的に手伝った。だがな、吾輩は気付いてしまったのだ」


「ん? 悪人が美味しいって事?」


「少し違うな。世界を我儘に操る神は悪しき存在で、とびきり美味いのではないかと」


「それを神に悟られた? でも人間に気に入られ神の使者と思われてるから今更消せないよな」


「ああ。だから奴は吾輩に死ぬか姿を縛られるかを迫った。吾輩はいつか神を喰らうと誓い、生きる事を選んだ」

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