イングスにまつわる真相
拗ねていた黒猫が戻って来て、オルキ諸島流の食事を無事に終える事が出来た。
勇気を出して生の切り身を醤油に浸けて食べる者、ダシを何度も継ぎ足して飲み干す者。
ポテトサラダの皿はすっかりと平らげられ、味も好評だったようだ。
一応は外交の場だと断りを入れつつも、アイザスで購入したビールやワインもその場の雰囲気をやわらげた。
「アイザスで入手したと仰っていましたが、このような食べ方は初めてでした。とても美味しかったです」
「良かった、ずっと作りたかったんで」
「ケヴィン、あれは故郷でよく食べとったん?」
「ああ、フェイン王国の料理はダシの文化だからな。大豆栽培に成功したら醤油を作りたいけど、この島の気温で麹菌がうまく繁殖してくれるか……」
ケヴィンが振舞った質素に見えて手の込んだ料理は、終始質問が飛び交っていた程。
ペースト状になったポテトは失敗かと思われたが、子供の頃の学校給食として出されていたものを思い出したという感想もあり、これはこれで良かったようだ。
「む、もうワインはないのか」
「島長が飲み過ぎたから、準備した分はもうないよ」
「ヒック、そうか。ヒック、それは残念だ」
「魔獣もしゃっくりするんだな」
「ヒクッ、ごく稀になるのだが、しゃっくりと言うのか。勝手にびくりとし、勝手に声が出るのだ。吾輩はヒクッ、吾輩自身にそのような行動はヒック、許しておらぬのに」
魔獣の引きずらない性分のおかげか、もうアイザスの行為に何かを言う事もない。
イングスに連れて来られた際も、何か発言を求めた訳でもなく、自らも対応に言及しなかった。
ただ、アイザスの大臣らは、どうしても理由を説明しておきたかったようだ。
「あの、オルキ国王。我々がこの島を訪れなければ判断できないとお伝えした理由、改めてお話したいのですが」
「録音の件はもう不問としておるぞ。罰が欲しいなら考えてやるが」
「い、いえ、そうではなくてですね。その……我々はあなた方が、連合軍に利用され、何かの指示でアイザスに来たのではないかと警戒していたのです」
「皆さんの話を聞いておったらですね、国王も皆さんも、誠実な方だと分かっておったんです。ですが、連合軍と同じ型の戦闘艇で見えたもんですから」
録音の件を聞き、オルキは成程と頷いた。
船から降りてきた者が善良でも、裏で脅迫をされている可能性はある。連合軍に肩入れする国が新たに1つ誕生するとなれば、それは中立国にとって脅威だ。
「我々軍人は、万が一の際、希望者の島外退避および、その際の安全確保のためにやって来たであります!」
「あー、そういう事か。島に着いたら連合軍が待ち構えているって可能性、ないと言い切れないもんな。心配ないですよ、俺とガーミッドさんだけで帰りを待つ間も、誰も来ていません」
「クニガ島の北や、ウグイ島の西岸にコッソリ忍び込まれたら分かりませんが……」
「それはなかろう。もし忍び込まれたなら、牛や羊たちが騒いで知らせる」
「え? そうなの?」
「吾輩がそのように言いつけた。従うだろう」
「魔獣って、動物も従える事が出来るのか……すげえ」
オルキ国には連合軍の魔の手が及んでいない。それどころか、連合軍の船を奪う事に成功している。
人口は極端に少ないが、簡単に攻め込まれ降伏する島ではない事が分かり、大臣たちは心の底から安堵した。
「それで、その、イングスさんについてですが……」
「何か付いている?」
「あ、いえ、そうじゃなくてですね。イングスさんに関するお話を聞かせて欲しいのです」
「僕は人形、名前はイングス・クラクスヴィークだよ」
「その人形というのは、どういうことなのだね。何度言われても人間のようにしか見えなくて」
「人間のように見えなかったら、人形じゃないでしょ」
首を左右に180度回す姿は、明らかに人間ではない。イングスは言葉をそのまま受け取ってしまうため、オルキが代わりに答える。
「何度か説明したが、イングスを作り上げたのは神だ。奴は何でもできる癖に、何一つとして思い通りにいかなかった。世界を放棄して出て行ったが、その際に吾輩に寄越したのだよ」
「具体的に、どのようにして作られたのか、ご存じでしょうか」
「どのようにと言われてもな。貴様らは腹でどうやって子を作っていくか説明できるか」
オルキの発言で数名が耳を赤くする。もう少し気の利いた言葉で表現できればいいものを、その辺りの感覚はオルキもイングスも似たり寄ったりかもしれない。
「こ、子作りのほ、方法はその、国王もご存じかと」
「何を訳の分からぬことを。まーったく人間という奴は。吾輩が交尾も知らぬマヌケに見えるか。交尾の方法ではなく、貴様らは腹で子種にいちいち脳や肺を作ってやり、顔面を整えてやるのかと聞いておる」
「……え?」
「ん?」
「いや、えっと、え?」
オルキの発言とアイザスの議員の話はイマイチ噛み合っていない。
議員はイングスの製造方法を知らないかと尋ねたつもりだったが、オルキの返答ではまるで神がイングスを産み落としたかのように受け取れる。
「イングスさんは、何で作られているのですか? 材料はゴム? ブリキ板? それとも粘土? 髪は人毛でしょうか。とても精巧な機械が使われているのでしょうね」
「は?」
「えっ?」
「いや、吾輩が尋ねたいのだが」
オルキの発言とアイザスの議員の話は、確実に噛み合っていない。
材料は何かと問われているのに、オルキにはその質問の意味がさっぱり分かっていないのだ。
「先程問うたであろう。人間は腹の中にゴムやらブリキ板やらを入れて子の形を作るのか? 吾輩、生き物は交尾の後、栄養を与えたなら勝手に子が大きくなると認識していたが」
「えっと」
「作るだけならどうにでもなる。栄養を与えただけで親を名乗れるのは産むまでであろう。そこからは餌を与えて体が大きくなるだけではなく、躾と経験を与えなければ子育てとは言わぬ。何か間違っておるか」
「えっ……と? すみません、イングスさんは神様が作ったのですよね?」
「そうだが、敬称を付ける程の者でもないぞ。あの偏屈はこの世界を捨てておるのだからな」
オルキの言葉を、アイザスの者だけでなくオルキ国の面々も困惑顔で整理する。
「イングスを作ったのは、神で間違いない、よな」
「んで、別にトタンや粘土で作ったわけでもない」
「人間の子供はお腹で育つ……って、もしかして、神様がイングスを産んだっち事!?」
「えっ」
「えっ!?」
ソフィアの迷推理が炸裂し、皆が目を真ん丸に見開く。と同時に、皆もまた、同じ事を考えていた。
その視線が全てオルキに注がれる。
「人形を産んだと表現するのが適切かは知らぬが。神の股から滑り出てきたのは確かだ」
「ちょっと、言い方」
「嘘だろ、え、じゃあ神が妊娠して、神が出産したって事だよな!? その、イングスの今の身長のまま産んだのか!?」
「人形に赤子も大人もないわ。さっきからそう言っておるつもりだが」
「えええええ~ッ!?」
「うるさいのう」
皆の悲鳴にも似た声が集会所内に響き渡る。神が作ったとは聞いていたが、まさか人間と同じように生まれたとは思ってもいなかったのだ。
「か、神様は女っち事? あたし、てっきり男っち思っとった」
「見た目は男だったね」
「え?」
「オルキから教わった見分け方では男だったけれど、女だったのかもしれないね」
「神はどちらでもあり、どちらでもないぞ。人間は一体神の何を知っていてそんなに崇めておったのだ? 奴が仕向けたとはいえ何も知らずに崇拝とは、ちと頭が軽過ぎぬか」
衝撃の事実と、何でもないように語るオルキ。皆の頭の中はパンク状態だ。
イングスの製造秘話で理解が進んだどころか、謎が際限なく増えていく。
「あの、相手はどなたなのでしょう」
「さあ、吾輩の与り知らぬところ。人形として産む事にしたとは聞いておるが」
「……未知の技術と言うべきか……これは、人間が研究してイングスと同じ人形を作るのは無理って事だよな」
「まあ、うん。そうね。そもそも神様はあたし達生き物とは全然違う存在なのかもしれん」
「女の子が欲しかったけど、男の子が生まれたから捨てたという事ですか? だとすれば私は神を許せません」
「それだけ聞くと外道だよな。ただ、俺達にとってはむしろ良かったと思う。オルキさんとイングスを置いてってくれたのは、人類にとって間違いなく幸運だから」




