主権ある未承認国
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「有難うございましたー!」
「殆ど売れちゃったね、びっくり」
「安いって声が多かったから、もうちょっと値段上げても良かったかな」
「良い印象を植え付け、また欲しいと思わせる程度の値段で良い。島に戻ればまだいくらでもあるのだから」
「塩漬けした干し肉も出したら飛ぶように売れてすぐなくなった。特に馬肉とタラはあっという間だった」
オルキ国物産展は、端切れほどの革を除いて商品を全て売り尽くしてしまった。5時間の販売期間中、踊って演奏出来たのも最初のうちだけ。
後は全員が販売員となり、国王のオルキまでもが警備のため手を貸し、泥棒を許すまいと目を光らせたくらいだ。
途中参戦のアリヤも、大繁盛っぷりに驚き、商品の受け渡しなどを手伝った。生まれて初めての商売はとても楽しかったようだ。
「アイザスには馬がいないって言っていたね」
「元々野生馬もいなかったみたいだし、前身のゴレイは馬肉を輸出していない。ギタンギュは?」
「基本的には超高級品ね。ギタンギュだと生肉で売っとるんやけど、100g買おうっち思ったら部位によっては600クロムかな」
「た、高え……」
島ではありふれたものが、他所ではとても高い事が発覚した。
現状では輸送手段がないものの、大型の船で行き来が出来るようになれば、生きたままのウニや牡蠣、サザエなどの需要も高いことが分かった。
「いっそ、オルキまで観光に来てくれたらいいんだよな」
「それだと最低でも2隻は船が必要になりますね。しかも、この戦闘艇の10倍は大きいものを」
「絶対買えねえよ……それで? イングス、売り上げの計算はいくらになった?」
「165,550クロム」
「は? 16万……!?」
イングスがごく当たり前に告げた数字は、皆が予想もしていない金額だった。
全部売れたら幾らになるのかを考えていなかった方も問題だが、この売上と持ってきた額を合わせたなら、税金を納めたとしても更に往復出来る以上の燃料が買える。
無一文だった島国は、戦闘艇とその中の軍資金……正しく言えば連合軍が寄港先で補給するための金だったが……を手に入れ、とうとう船での航行に不自由ない金まで手に入れた。
これを国家予算と考えるならあまりにも心許ない。残念ながら、まだアイザスの平均年収に僅かに届かない程度だ。しかもこれは今から使い切ることになる。
幾ら人口が少ない国であっても、最低100倍、いや、1000倍は持っていなければ立ち行かなくなる事は想像に容易い。
早々に輸出できるものと環境を整える事が今後の課題になる。
「既に帰る分の燃料はある。それで往復分を買えるなら、また来れる。次は本格的に商売に来ることを考えてもいいな」
「フューサーさんが欲しがっていたものも、幾らか買えるのではないでしょうか」
帰りの食料と、1トン程度の鉄も買って帰る事ができる。野菜の種と、リネンも当面のものは買えるだろう。
「フン、足りなければ稼ぐ手段は幾らでもあるだろう」
「例えば?」
「イングスの力があれば、大抵の事はこなせるだろう。釣りなどは特に」
「そんなちまちま稼いでも船は買えねえぞ」
戦闘艇の中に売上金を運び入れ、今日は泥棒対策のためオルキとイングスが船を見張る事になった。人通りが多い目立つ港でも、いくら治安が良い国だと言っても、犯罪者は0ではないのだ。
「イングス、今日は別の本を持ってきてあげるね」
「はーい」
買うべきものを買うだけで、節約はしなければならない。もし迎賓館に無料招待されていなければ、鉄材の購入は諦める事になっただろう。
贅沢な食事、煌びやかな服と装飾品に憧れながらも、オルキ国の旅行者たちは慎ましく無駄のない滞在を心に誓った。
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翌日、皆は朝から嬉しそうに帰り支度を始めていた。
「セイスフランナと、アイザス! 2か国の承認を貰えただけでも大収穫よ!」
「しかも、これから我が国にはアイザスの特使が来る。セイスフランナに我が国の建国証明と位置を記した地図も送った。いずれ貿易も始まる」
「しばらくは1次産業で勝負するしかないけれど、お金が貯まったら機械を買ったりして、自然を壊さない程度に工業化してもいいと思います」
上質紙は買えたが、タイプライターを買う余裕はない。リネンは買えてもミシンや自動織機は買えない。野菜の種は買えても、耕運機は買えない。
しかし、オルキ国は特に困っていない。自分達で国を作っていく楽しみの方が、何よりも上回っているからだ。
おまけにオルキが世界の楽園にすると宣言している。魔獣はいささか自信過剰でも、嘘を付かない。
また、融資という形での提案はあったが、オルキは頑なに首を振った。
「すまぬな、国としての承認は請わなければならないとしても、吾輩はそれ以外の部分については他国のおかげで成り立ったとは思いたくないのだ」
「いいさ、俺達は別に都会の生活を送りたいわけじゃないんだよ」
「まあ、そうね。発展の必要はあるけれど、こんなに豊かな暮らしが送れるアイザスよりオルキ国に帰りたいっち思ってしまうもん」
すぐに100人、1000人を受け入れるわけでもない。今はこれでいい。
何もかもを欲しがった結果が戦争なら、今あるもので満足しよう。物には不足しても、心は満たせる。それがオルキ国流であり、国民性だ。
「目標があった方が頑張れるし、何とかなるさ!」
迎賓館で役人や世話係に感謝を伝え、イングスの待つ船へと向かう。
出港の準備をしていると、オルキ国のものよりふた回りは大きな軍艦が現れ、大統領も港に駆け付けた。
「アリヤ様、私は国を離れられません。その代わりに信頼できる大臣と4人の議員、海軍兵を10名を派遣します。大丈夫、ズシム語も堪能ですよ」
「有難うございます、ドイル大統領。久しぶりにお会いできて良かったです」
「吾輩からも感謝を。この好待遇には相応の謝礼を約束する」
「有難うございます、オルキ王。謝礼など何百年後でも構わないのです。いつかきっと、建国よりも維持の方が難しい事を痛感する時が来ます。そこを乗り越えた時、もう1度会いに来て下さい」
歴史の浅いアイザスならではの激励に、オルキも必ずと答える。
「アリヤ様をお願いします。アイザスとセイスフランナが建国を承認し国交を結んだとしても、正式な承認国を名乗るにはあと5か国が必要です。なるべく早く行動して下さい」
「ああ。人間は吾輩が思うよりも複雑だと分かった。気を付けよう」
どこかの国が領有を主張し、その正当性が認められたなら、オルキ国は自治領のような扱いになってしまう。
既に他国と国交がある以上、自治は認められる事になるが、独立運動からのスタートは大きな遅れだ。
アイザスへの渡航とドイル大統領という味方は大きな収穫。オルキは味方の助言は聞くものだと学んでいる。
「それと。人は移住させられないけれど、ねごっこは認めましょうか。野良猫に戻せと言う訳にもいきませんからね」
「ありがとう」
イングスが撫でているぶち猫は、アイザスからの友好の証として贈られる事になった。人間とはどこか違う事を感じ取りながらも、助けてくれた恩を感じ、何をするにもイングスの後をついてくる。
魔獣をも恐れない様子を見るに、きっとオルキ以上にふてぶてしい猫になるのだろう。
一行は名残惜しい会話を切り上げ、1人ずつ握手とハグを交わし、護衛の役目も担ってくれる軍艦の皆にも感謝を告げた後、皆で船に乗り込んだ。
大統領は時間を心配する秘書に急かされながらも、最後にアリヤへと手を振る。
「アリヤちゃん! んでまずごめんね! またございね!」
「おばさま! お元気で! また必ず会いに来ます! 皆様も、ごきげんよう!」




