オルキ国物産展
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「イングス?」
「そうだね」
「その返事だと、違った時が怖いね。寝ないの?」
「寝るように言われてないからね」
夜中、複数あるベッドルームをそれぞれが1人ずつ使い、イングスとオルキはリビングルームのソファにいた。オルキはぐっすりだ。
夜中に起きたソフィアは、イングスが座っているのを見て、気になって声をかけた。
「島長がそこでいいっち言ったけど、あたしのとこ来てもいいよ。ゆっくり寝てみたら?」
「寝るってどういう事なのか、分からないんだ」
「眠いとか、疲れたりとか、ないんやね」
「うん」
神は、人形に就寝の概念を与えなかった。イングスは毎日皆が起きるまでずっと身動き一つせず暗闇を見つめている。
外を散歩したいと思うことはなく、退屈と思う事もできない。
それを可哀想だと思ってしまうのは人間だけで、イングスにとっては当たり前の事。
「そうだ。眠くならないのなら、夜中は暇にならないように本を読むといいわ。面白いか面白くないか分からなくても、知識になるでしょ?」
「はーい」
ソフィアは本棚から、イングス向けに何がいいかを悩みながら1冊選んで手渡す。
「これなんか、どうかな。経済に関する本」
「読むね」
ソフィアはテーブルの灯りを点けてやり、自分は部屋へと戻る。
イングスは一晩中読んでいるようだった。
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次の日。一行は港からほど近い地区を散策していた。アリヤはセイスフランナ大使館に向かい、オルキ国の事を詳細に伝え助力を要請している最中だ。
アイザスとセイスフランナの時差は2時間で、連絡を取り合うのにあまり支障がない。
「アリヤがいないと、やっぱり人があまり寄って来ないよね」
「まあ、俺達だけならただの外国人だからな」
売上から税金を支払う事を条件に、革と羊毛の販売許可を貰っている。その前に市内の様子を見て回る事になった。
「ふむ、街並みが鮮やかだのう」
どの家を見ても2階、3階建てで赤や黄色の壁、小さく幾つもついた窓がある。それでいて画一的なのに重苦しさや単調さを感じさせない。
海には陽の光で反射した町が映り、鮮やかな青とのコントラストも素晴らしい。
軒先で野菜を売る店は繁盛し、花屋の周囲はいっそう明るく空気が軽く思える。
「この風景を見て歩く楽しみのために、わざわざ来る外国人もいるんだってさ。確かに俺達が生まれる前は、もっと海外旅行が盛んだったそうだ」
「戦争が始まってから長いけんね。ギタンギュに戦火が降り注いでから5年は経つし」
「いつからと正確には覚えておらぬが、もう20年は争い続けておるのではなかろうか」
「うーん、20年前はアイザスの独立運動の頃かな。ゴーゼとギャロンが島を巡って戦争やってた時期ね。それとは別で、世界大戦の開戦からはもう9年が経つ」
「フェイン王国は位置が悪すぎたな……」
観光客相手の商売も、ここ数年は下火になっている。船での行き来が基本だが、その船も連合軍に拿捕される数が増た。今や命懸けの貿易船が主流で旅行客向けの便は殆どない。
高級ホテルと呼べるものは数を減らし、民間人は南半球を中心とした中立国同士で多少行き交う程度。
一時期は対立関係になったアイザスとゴレイは、和解と国交樹立からたった2年でゴレイの参戦を受け行き来が止まった。
「確かに、外国人は少ないよな。ソフィアはアイザス人と似た雰囲気だけど俺はなんか浮いてる」
「そう……かなあ? どうしたのイングス」
散策を楽しんでいると、前を歩いていたイングスがくるりと振り返った。
「浮いてなかった」
「ん?」
イングスの視線はケヴィンの足元に向けられている。ケヴィンが宙に浮いていると思って振り返ったらしい。
「1人だけ目立つ、雰囲気が違う、不自然ってことよ」
「野生の人間はいないから、みんな不自然じゃないの?」
「……ケヴィン、あんたまだ自然と不自然の説明終わってなかったの?」
「うるせー、難しいんだよ」
1時間ほどの散策を終え、一行は船に戻って売り物を荷車に乗せる。フューサー渾身の民族服に着替えたなら、早速商売開始だ。
【オルキ諸島 物産展】
正規取扱店 アイザス商業省 許可番号 12-26号-5331番
どなたもどうかお買い求めください。決してご遠慮はありません。
りょうしゅう証 ござい〼。
お湯洗い、ゴミ取り、石鹸水2回洗い
羊毛 1kg 肩・脇 400クロム
その他 200クロム
牛革 ベンズ 1ds 10クロム
バット 1ds 20クロム
馬革 ベンズ 1ds 10クロム
バット 1ds 20クロム
即席の看板を掲げ、船から計量器とそれらしい机や椅子を出して並べたなら、青空市場のような売り場が完成する。
開店から暫くは、人々が遠くからチラチラと見つつ通り過ぎるだけだった。ソフィアもケヴィンも商売は初めてであり、値段設定も散策で見かけた金額と、ソフィアの昔の記憶から算出したもの。どう売り込んでいいのかが分からない。
値段設定がおかしいのかと悩む中、イングスがすくっと立ち上がる。
「どうしたの?」
「往復の燃料費を補う場合、10万クロムを利益として得る必要があるよね。原材料費は無料。中間投入物は燃料費のみ、税金を考慮して、労働を付加価値として乗せたら、適正な値段だと思うよ」
急に難しい事を言い出したイングスに、オルキまでもが驚きで目を見開く。
「ほう、なぜ急にそんな事を」
「もしかして、昨晩の本の内容、覚えたの?」
「うん」
イングスは暇つぶしになればと渡された本を、ひと晩でしっかり読み切ったらしい。
「値段設定は問題ないって事よね。羊毛も革も町の小売価格からは2割以上安くしているし、あたしの感覚では悪い品じゃない。革の傷も殆どない」
「じゃあ、売れてもいいはずだよな。みんな遠巻きで近づいてくれないと話にならないんだが」
「アリヤが来たら、人が集まって来るよ」
「最終手段ね、アリヤがいないと何も上手く行かないってのは悔しいじゃない」
まずは見てもらう。そのためには近寄ってもらう必要がある。その近寄ってもらうための手段として、ケヴィンは思い出したように迎賓館へ何かを取りに戻った。
「いらっしゃいませー」
女子供が健気にものを売っている。その状況を不憫に思ったのか、老夫婦が3組、それぞれ羊毛を5kgずつ、牛革と馬革をいくらか買ってくれた。まだまだ先は長い。
「ハァ、ハァ、お待たせ!」
「何取りに帰ってたの?」
「昨日洗って貰った服だよ、売っちまうと勿体ないけど、非売品として完成見本にしたら見栄えいいだろ?」
「成程ね、あたしとアリヤの服は革と毛糸を使ってるし、イングスとケヴィンの服は革製。いいかも」
また船からハンガーラック代わりの棒と棚を運び、服を吊るす。それからケヴィンはイングスにマーチングドラムとスティックを渡した。
「これは何?」
「戦艦が洋上で式典を行う時、演奏隊が使う楽器だよ。いいか、俺の動きを見ながら、このリズムでずっとドラムを叩いてくれ」
ケヴィンがドラムを叩いて見せ、覚えさせる。それから簡単なステップを真似させ、自身はアルミ製のローホイッスルを吹き始めた。
「え、ケヴィン?」
「軍隊に入る時、研修で隊の全ての部署を回ったんだ。演奏隊の研修の時は笛だったから、これだけは出来る」
フェイン王国の民謡をアレンジし、オルキ国っぽい長閑で優しい旋律を奏でながら、イングスは規則正しくドラムを叩く。
「島長はこの鈴を自分の好きなように鳴らして」
「ほう、吾輩にも役目があるならやぶさかではない」
「ソフィアはもし踊れるなら軽く踊ってくれたら」
「そんな簡単に言わんでよ、あたし運動音痴なんやけど……」
そう言いながらも稼がなければ国へは帰れない。ソフィアも立ち上がると、ぎこちなく体を揺らしたり、足を上げくるっと回って踊り出す。
数分もすれば、周囲には大勢の観客が集まっていた。




